解体魔術師の諦め
音が連続して響く。
軽やかで涼やかな鈴の音――細胞の一つ一つが反発し合い、部位解体を引き起こす沙羅の魔術。
空気を同時に数十と切りつける音――曲刀を巧みに翻しながら切りつけ、小間切れ肉を製造していく剣術。
解体しても切り伏せてもキリがなく、次々と異形は不忍池湖面から顔を覗かせる。
「あぁ、もう!! コイツ等をあとどれだけ解体させれば気が済むのよ!」
「疲れたのかイ? 僕は全然ダ。その程度でバテていたら、僕には勝てないヨ?」
「うっさい! 魔術師は肉体労働に向かないの。あんたみたいに、返り血浴びて恍惚としてるキチガイと一緒にしないで」
魔力の消費が激しく、足に力が入らなくなってきている。
『探求者の家』を立ち上げてからというもの、事務作業が一日のスケージュールの主だったので、魔術師としての成長も芳しくなかった。それを言い訳にするわけではないが、六回目の鈴を鳴らした時点で立ち眩みがした。
万全の状態であれば六回目はまだどうという事もないはずだった。危機的状況で張り詰めた精神披露や日常の雑務で、体力や精神力が衰えてしまっていたのだろう。
「あと、三回が本来の限度だけど。持つかしら?」
ボソッと自分に言い聞かせる。
冷や汗を浮かべている沙羅と相反する張は健全そのものだった。呼吸を乱すどころか、異常気分になって、何やら母国語で何かを叫び始めている。
「張、あんたの神通力って神秘は使わないの?」
「高兴! 高兴! 好玩‼ え、何か言ったかナ?」
「神通力! 使わないのかって聞いたのよ!」
「使っているじゃないカ。ほら、人間がこんな動きが出来ると思ウ?」
よそ見をしながら、襲い来る異形の一体を瞬間で細切れ肉に変えた。
なるほどと納得した。
「その超人的な動きが神通力なわけね」
「そういう事だヨ! あぁ、楽しいなァ! 楽しいなァ!」
狂人的だと本来は吐き捨てるところだが、彼の実力あってこの戦線を維持できている。背後の敵と側面の敵を一任してくれているお陰で、沙羅は前面の敵に集中する事が出来るからだ。
自分の実力不足を嘆いている暇は無いし、頭にも残らなかった。
今はただ異形共を駆除する事だけを考える。その後の事はその後に考えればいい――思考探求で己の道を導き出す魔術師らしからぬ戦闘だが、これは致し方ない。死んでしまえば道は途絶えてしまう。その場その場での道を模索するのも魔術師だと、無理やりに自分を納得させる。
「――不味いっ!」
七回目の鈴を鳴らすと、脳と心臓が圧迫される息苦しさが襲った。
あまりに強烈だった圧迫感に肺の酸素は吐き出され、反射的に薄い胸を鷲掴んだ。呼吸の乱れが集中力を途絶えさせ、展開していた魔術が霧散してしまう。
数匹の異形が戦闘態勢を崩した沙羅に襲い掛かる――彼等の生やす名刀のような爪に視線が奪われる。ああ、これは死んだな、と無意識にそんなふざけた諦観を抱いた。
背後では張が何か叫んでいたが、その声さえも届かない。
沙羅はゆっくりと瞼を閉じて笑った。
奇跡はそう何度も起こらない。
自分一人だったら命を落としていた局面は幾度もあった。瑠依や永理、そして背後で戦っている張といった本当の強者がいたからこそ、今日の今まで生き延びる事が出来たんだと実感した。
所詮自分は固定砲台だと自虐してやった――張のように化け物じみた速度も無く、瑠依のような剣技もない。魔術師としての知識も永理には遠く及ばない。半端者だった。みこしに担ぎ上げられているだけの、ちっぽけな解体業者。
稲神家の『面汚し』が死ぬんだから、祖母もいい気味だとふんぞり返っているだろう。その映像が脳裏に鮮明に浮かび上がり、悔しい気持ちでいっぱいになった。
自分の『在り方』とは何だったのか。
魔術を『力から探求』へと意味を変えたことで見えると信じていた、自分の人生とはこんな結末だったのか。
「惨めね。ホントに私って」
肉に突き立てられた爪が難なくと肋骨と胸骨を断ち、臓器を切り開いていく感触は、表現が難かった。咲かれたと同時に痛みが来るものだと思っていたが、そうでもない事を知った。脳が理解に追いつかないのだ。爪が血を振り撒いて沙羅の肉を裂ききった時、初めて神経を奔った痛みを脳が理解する。
沙羅の華奢な身体は鮮血をまき散らしながら宙を舞った。
喉から逆流してきた鉄臭い粘液が口腔内を満たし、満たしきれなくなると口の端から、ゴボッという間抜けな音と共にみっともなく溢れ出した。
もし生まれ変われるなら、普通の時代に普通の女の子として生まれたかったが、魔術師に来世は訪れないという教えを思い出した。
世界に触れようとする愚者を、どうして世界が来世を用意しなければならないのか。魔術師という生き物は、世界にとってみれば悪性因子だ。このような存在が二度と生れない為にも、その命の円環を断ち切ってしまうという、旧時代に居た、柊という日本人の魔術師が伝えた教えだった。
厳格な祖母にそのことを聞かされた詞羅は本気で怖がっていたし、姉の希羅は下らないと鼻で笑っていた。自分はどんな顔をしていただろうか。そんな過去を手繰る走馬燈も段々とどうでもよくなってくる。
「お母さん」
視界に入る赤紐を通した鈴を見て、とても悲しくなった。
「ギャギャッ!」
宙に放り投げられた沙羅の背中を、異形が勢いよく爪を突き立てた。
「――カハッ」
力なく天上を眺める視界に、血濡れた五本の長い爪を自分の腹を破って生えていた。これが沙羅の最後に見た光景。
ぐったりと四肢は垂れ下がり、背中を反らして串刺された少女の心音は静かに活動を止めた。
こんばんは、上月です(*'▽')
あれ、主人公……
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