魔法使いに抗う魔術師と仙人
不可解だった。
沙羅の疑念は隣で和食を少しずつ口に運んでいる『魔法使い』――アダム・ノスト・イヴリゲンについて。どうして女性の姿をしているのか。ルーガン地震は男性だと言っていたし、先程まで外で会話していたアダムも男性の姿をしていた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい、なんでしょうか。稲神の魔術師」
「沙羅で良いわよ。そんなことより、あんたが本当に魔法使いなわけ?」
「ええ、自己紹介した通り、私がアダム・ノスト・イヴリゲン。何を疑問に思っているのかは知りませんが、紛れもなく魔法使いですが?」
さも当然といった口調。その態度からは何かを隠している様には見えなかった。沙羅はルーガンに一度席を立つように視線を送る。周囲から含みのある眼差しを向けられたが構うことなく、ほろ酔い状態のルーガン座敷から連れ出した。
「おやおや、沙羅殿が僕を連れ出して何か内密の話かな?」
「ふざけないで! ルーガン、あんた言ったわよね。魔法使いは青年だって。じゃあ、あそこにいるアダム・ノスト・イヴリゲンは、誰なわけ!?」
「何を言っているんだい、沙羅殿。彼が魔法使いだけど、キミにはどのように見えているんだい?」
「――ちょっと待って。いま彼って言った? アイツどう見ても女性じゃない」
「いや、僕はふざけてはいないよ。むしろ、沙羅殿の方がふざけていると、僕は捉えているんだけど」
酔ってはいるが、ふざけている印象は見て取れない。これはどういう事か。自分とルーガンでは同じ対象を見ていても、別の人間として脳が認識している。
人間の視覚認識も曖昧なもので、思い込みや精神状態によっては事実と異なるモノを見たと認識してしまう。だが、そんな思い込みや精神状況で性別を見間違うはずもない。
「なにやら、楽しそうな密会であるのぅ」
頬をほんのりと朱色に染めた和服美人が、襖から半顔を覗かせて含み笑っていた。
「いや、そういうのじゃないわ」
「そうそう、渚殿。一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「構わぬ。何かえ?」
「あの魔法使いは中々に若いですが、渚殿から見てどう映りますか?」
「どうと聞くか、そうさな。気さくで色男ではあるようだが、私は正直言えば好かないのう」
「ほぅ、それはどうして?」
沙羅はここまで聞ければ十分だった。ルーガンもその後の会話は他愛ない物にすり替える。
アダムが女性に見えているのは自分だけ。そして先程まで一緒に居たアダムは誰なのか。真実の一端が見えても掴みどころのない霧が全てを覆い隠してしまう。一生真実に辿り着けない気がしてならない。
「そろそろ戻るわよ。他の奴に勘違いされるのも癪だしね」
「そうかい? 僕は別に勘違いされても良いけど」
「――私が嫌なの!!」
酒は飲めないからこの赤くなった顔をどう誤魔化そうなんて考える余裕もなく、勢いよく襖を開けると、張が魔法使い相手に殺気立っていた――飄々とした様子もなく、冷や汗を流し、その表情を引きつらせている。
「ちょ、ちょっと何してるのよ!?」
沙羅の背後からルーガンと渚も何事かと顔を覗かせる。
「それが、分からないのよねぇ。普通にお酒を飲んでたと思ったら、急に青ざめた顔で臨戦態勢を取ったのよぉ」
マグダレーナも何がどうなっているのか分からない状況だ。
「『紅龍七』首領――張紅露。何を驚いている? 今夜は顔合わせの席。対立し合う理由はないかと思います」
「顔合わせの席? じゃあ、今まで僕達と顔を合わせていた奴は誰なんダ!」
「私です」
「説明になっていないヨ。僕が聞きたいのは――」
「誰でもよろしいかと思いますが。まぁ、宴の席では喧嘩も華。私でよろしければ、少々戯れましょう」
アダムは膳をそっと脇にずらしてゆっくりと腰を上げ、張の手を払った。
「張! どうしたっていうのよ」
「勇ある獅子には、彼――コイツがどういう風に見える?」
その言葉で沙羅は確信した――張も自分と同じように、アダムを女性として認識している。
「女性よ」
沙羅の発言に渚とマグダレーナが息をのんだ。
「何を言っているのかしらぁ。彼はどう見ても男性」
「ぼぉいっしゅ、という奴でもないだろうに。何処をどう見て、稲神は女性だと言うのかえ?」
「全部よ。鳴宮さんのように長くて綺麗な髪。マグダレーナさんのように豊かな胸。少し前の私の様に他人に興味が無さそうな顔つき、かしらね」
最後は証明にならないが、それでも先二つの特徴は女性的だ。
「稲神沙羅と張紅露。本質を見抜く目があるようで、安心しました。世界的魔術四家の筆頭でもある稲神の魔術師。己の身体を稲神に切り刻まれ、半人半機としての肉体を得た仙人。神通力と魔術。異なる神秘を追い求めるファンタジーの住人達。愛おしいものですね。こんな腐敗した時代にまだ、私達を見抜く目を持つ者に」
仙人とはなんなのかよくわからなかったが、アダムの話を要約すると、魔術師に似た存在なのだろうと納得しておく。
アダムは冷たい慈愛を張と沙羅に向けた。
「くっ、身体が!?」
「面白いことをするじゃないカっ! これが魔法? 僕の電子系統さえもマヒさせるとはネ」
身体が硬直し内臓が絞られる苦痛が二人を襲った――肺の酸素も全てを吐き出され、恐縮する肺には酸素を取り入れる事は出来ない。
「あはっははァ! 最高だネ。いいなァ! そうだね、そうサ! 殺戮こそが僕の求めた道なんだヨ。魔法使いなんてご都合主義を殺すのも興奮するネ!」
息も絶え絶えに吠える張の姿は、それこそ獅子に挑む子犬のように映った。アダムが纏う神秘と、張の纏う殺意では、比べるのがおこがましい程に圧倒的な差だった。それでも我が身を興奮させて吠える彼を、どうしてか羨ましいと思えてしまった。今の世の中は利己主義。日々を生き長らえるのがやっとの時代で、彼は良くも悪くも人間性を主張しているようだった。
抑圧されて生きながらに死んでいる現代人と、奪ってでも喜びを見出そうとする張。この両者を比べて、どちらが充実しているかと問われれば後者だ。
やり方には問題があるが、彼の生き方は熱く、人間そのものだった。
「付き合って、やるわよ。とことん、燃え上がるわよ、張!」
「捕食者の目ダ。僕好みの戦士だネ」
魔術師と仙人――やり方はあり方は違っていても、探求者には変わりない――道と真理を求めた二人は、絶対的な呪縛を受けてなお、己の神秘を以って抗てやろうと不敵な笑みを浮かべた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次話では張がSFと神通力というファンタジーを駆使して暴れ回ります!
次回の投稿は22日の0時を予定しております!




