曖昧なる魔法使い――アダム・ノスト・イヴリゲン
視界がグルグルと回っていた。
停車した車から倒れ込むように這い出す――夜風がとても心地よく、気分も落ち着いた。胃の内容物をぶちまける醜態を晒さずに済んだことに安堵する。
「映画の真似なんてしなくていいから――うぇっ」
運転席と助手席から何事も無かったかのように、ルーガンと張が涼しい顔で降りてきた。あんな乱暴な運転でどうして顔色一つ変えないでいられるのか。どうして自分だけが地面を這うように気分を悪くしなくてはいけないのか。釈然としなかった。
「吉祥寺は良い店が多いんだよ。沙羅殿も組織のトップなんだから、そんなみっともない姿を晒すのは控えたほうがいいよ」
「――ふざけるな! こんな運転で事故でも起こしたらどうするつもりだったのよ!」
「アトラクションだったネ! 僕は中々に楽しめたヨ」
「時間が惜しかったし、仕方がないよ」
そういう胃問題ではないと怒鳴り付けようとしたが、感情が昂ると吐き気も一緒に喉までせり上がってくる。
「先行ってて、私はもう少し休んだら行くから」
「わかった。従業員の人には『運営会社の会』と伝えれば、座敷に案内してもらえるから」
これ以上言葉を出すのが苦痛だったので、軽く手だけ挙げて応じた。
ルーガンと張は先に日本料亭の立派な白石詰めの庭を歩いて行った。沙羅は深呼吸をしながら身体を車に預ける。
「魔法使いがこの料亭に」
今ならだれの目も無い。『探求者の家』に連絡を入れて、津ケ原永理を筆頭に精鋭部隊に控えてもらう手もあった。
ポケットから取り出した端末は電波を受信している。連絡を入れるなら今しかない。どうするか悩んでいる沙羅の背後から男性とも女性ともとれる声が語り掛けた。
「何をしているのかな?」
「――っ!?」
突っ伏していた身体を条件反射で翻し、手首に巻いた鈴を流れ作業で指に引っかけた。
「気配が無かったんだけど?」
「俺は普通にしていただけだよ。キミが噂に聞く稲神沙羅か。筋は悪くはないが短絡的な探求理論だ。どうしてそこまで知っているか、なんて野暮な事は聞かないでくれ」
自分は何でも知っていますと言いたげな得意顔で、沙羅の素性の全てを口にした――誰にも話したことのない秘密の隅々まで。自分のあれこれを探られるのは不愉快だった。
「止めて! それ以上、私の事を喋るのなら解体すわよ」
「出来るのかな。落ちこぼれの魔術で」
「――クッ!!」
沙羅は魔術ではなく拳を男の顔面に放った――当たる寸前に一歩引かれて躱される。その程度なのかいと馬鹿にした笑顔が気に障る。
一撃目が駄目なら二撃目――魔力放出によるブーストを乗せた回し蹴り――加速冴えrた沙羅の右足が男の腹部にめり込んだ。
「ふふ、どうよ」
「人間だったら臓器に折れた骨が突き刺さり、無様にくたばっている。だが、残念だった。俺には通用しないよ。世界に溶けて再度人間として構成された俺にはね」
足先から伝わる軟体生物のような感触。
「あんた、何者なの。世界と溶けたとか、人間に再構成とか意味が分からないんだけど」
「分からなくても稲神沙羅の人生に何ら支障はない。稲神聖羅には、多少の支障を与えてしまったようだけど。まぁ、奴も人生を謳歌しているのなら問題はなかったのだろう」
稲神聖羅――稲神家最高の魔術師であり、旧時代では第一級危険人物と指定された『最強』の魔術師。以前に池袋で『鋼鉄の殺戮師団』に襲われた時も、一人でその全てを切り刻んだ超人。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はアダム・ノスト・イヴリゲン。かつて旧時代で魔術を極め、現在は魔法使いとして生きる世界の断片だ」
「あんたが、魔法使い」
ルーガンに入れ知恵をした魔法使いは偽りの笑みを浮かべた。感情なんて最初から宿っていない形だけの友好。沙羅は背筋を刃先で撫でられたようにゾッとした。理由は分からない。こんな表情をする奴は何人も見てきたが、目の前の異常だけは違うと察した。
脳内が搔き乱されるような痛みに膝を突き、瞼を閉じていないと眼球が飛び出してしまいそうな圧迫感。
「おっと、すまないね。キミには圧力が強すぎたか」
瞬間にふっと体が軽くなった。
全身を襲う痛みも無くなり、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。目の前には形だけの困った表情をするアダムが手を指し伸ばしていた。
「余計な、お世話よッ!」
差し伸ばされた手を払い、自分の気力だけで立ち上がる――立ち眩みでフラフラと足元がおぼつかないが、それも根性で押さえつける。
「優秀だ優秀だ。よく頑張ったな。じゃあ行こうか、夕飯が待っている。おれは腹が空いていてね。この時代にまともな食い物なんて、そうそう食べられるものじゃない。俺は今日のこの日を楽しみにしていたんだよ」
「私は全然、楽しみじゃないわよ」
二人は従業員に案内され、料亭の最奥――宴会場のような広さを持つ座敷に通された。
「おや、沙羅殿。遅かったじゃないか。魔法使い殿も、もう飲み始めているよ」
「えっ、そんなはずは――ッ!?」
先ほどまで隣を歩いていた男の姿はなく、座敷の上座に座って杯を傾けている女性と視線が合った。
「遅かったのね、稲神の魔術師。私がアダム・ノスト・イヴリゲンよ」
全てが混乱した――ルーガンの話では、魔法使いは青年だったと聞いていたし、何より今まで自分と一緒に居た青年こそが、アダム・ノスト・イヴリゲンではなかったか。
確かにルーガンは女性を指して、魔法使いと言った。
「稲神の魔術師――沙羅。貴女の席は私の右隣よ」
上座に座るアダムの隣には、もう一人分の料理が用意されていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
本来は『紅龍七』との戦闘で疲弊しきった人類に、『魔』を投入する予定でしたが大きく変更しました。
五大組織と魔の全面戦争にして人類が一つの外敵に一致団結するシーンを書きたかったからです。
上手く書ける自信はありませんが、最後まで是非ともお付き合いください^^
次回の投稿は20日の0時を予定しております!




