高級車に仕込まれた化学の恩恵
悪環境による労働を終えてゲッソリとしていた。
沈みかけている夕日が酷く哀愁的だ。隣に並んで肉まんの袋を引っ提げる張は、満足そうに糸目をより細めている。
疲労の色さえ見せない彼に、沙羅は小さな溜息を吐いた。どうして、こんなにも飄々としていられるのか。この狂人には体力の上限といったものがないのか。
「ご苦労様だネ」
「昼に肉まん食べて、まだ食べるの? 幾つ入ってるのよ、それ」
「八個だヨ。一日に十五個は食べないと気が済まないからネ。仕方ないネ」
張紅露はこんなにも気さくな奴だったのかと疑問を抱く――初見の対応からして、もっと狂気に歪んでいるものかと思っていた。だが今日一日、共に働いてみて彼の印象がガラリを変わった。
真面目に仕事に打ち込み、職場内の従業員に気配りが出来る。小休憩時も他の従業員たちと談笑していたりもした。
そして、何より――。
「帰ったら伝えるヨ。『紅龍七』は、他組織と共に外敵を駆除するってネ。だから、一つ約束しようヨ。必ず生き残って、僕と殺し合ウ。それが条件」
「ふぅん、そんなに死にたいなら楽しみにしてなさいよ」
「あはは、楽しみダ! 強い奴との殺し合いは胸躍ル。特に女性の肉を削ぐのは快楽的ダ!」
糸目に浮かび上がる殺意の色は、純粋に命のやり取りを追い求めていた――勝敗はどうでもいい。ただただ強い奴と命の奪い合いに興じたいと。
張を相手に沙羅は万が一も勝てる自信が無かった。
間合いを無視した斬撃と他の追随を許さぬ速度こそが、張が磨き上げてきた強さの証明だというのなら、沙羅も探求の道で示すしかなかった――再び日の目を夢見る魔術師達の希望となるように。
「やぁ、お勤めご苦労様。張殿と沙羅殿。仲良くしてくれて嬉しいよ」
目の前で急停車した高級車――窓から顔を覗かせる金髪の青年――ルーガン・ジャックワードだった。
重労働とは無縁そうな爽やかな微笑みに、一発見舞ってやりたかったが、勝手に働きだしたのは自分の意志だったので止めておく。
「なにしてるのよ?」
「何って、キミ達二人を迎えに来たんだよ。夕飯代は僕が持つから少し付き合って欲しいんだ」
「カッコいい車だネ。僕は助手席に乗りたイ」
「構わないよ。じゃあ、沙羅殿は後部座席で」
「勝手に決めないでくれる」
「行かないの?」
「行かないのかイ?」
男性二人に意外そうな顔をされる。
疲れてはいたが、夕飯代が浮くのであれば付いて行ってやるかと後部座席に乗り込んだ。直ぐに携帯端末を取り出して、おばあちゃんには夕飯は済ませてくる事を伝えた。
おばあちゃんの手料理を一回分は高くつくと、どす黒い笑みを浮かべる沙羅に気が付いたのは張だけだった。
「ルーガン、高級店じゃなきゃ、後ろの獅子は満足しないヨ」
「そうなのかい?」
「そうよ、当然じゃない。大組織のトップ二人を連れ回すのだから、安い店になんか連れて行ったら、この車を解体してやるわ」
冗談だったが、ルーガンは引きつった笑みを浮かべた。
「おやおや、いつから沙羅殿は、こんなに怖い性格になってしまったんだろうか」
「女性は怖いヨ。僕の国もそうだっタ。いつも強者は女性なんだヨ」
「万国共通なんだね。さて、店はもう予約してある。全員揃っているよ」
全員揃っているということは五大組織会議か。
いつものように『繁栄には美酒と口付けを』の会議室でやればいいのではないか。もしかすると親睦会という奴だろうかと想像する沙羅に、ルーガンは車内の空気が張り詰める一言を発した。
「五大組織に加えて、例の魔法使いが参列する」
「――は?」
「おヤ?」
ルーガンが何を言ったのか脳が理解できなかった。それくらいに、彼は普通の流れで言った。
『魔法使い』は現在、『探求者の家』が血眼になって行方を追っている。そんな苦労も虚しく、これから例の『魔法使い』と食事をするのか。
沙羅は携帯端末を再び起動させようとしたが、ルーガンが、ハンドルの脇に設置した薄いガラスプレートをなぞる――端末は圏外となった。
「なにこれ? どうして圏外に?」
「悪いけど、彼等には知らせないでもらえるかな。それが彼の条件だから。静かに話がしたいという意向に沿ってもらいたいんだ」
「殺すのもダメかナ?」
「あはは、当然だよ。そもそも、張殿に彼が殺せるかな?」
「僕は焚きつけられると、とことん燃え上がるヨ」
前部座席の大人二人はカッカと笑う――冗談を言い合う古い友人の様に。
補修工事が済んでいる首都高――速度上限を無視してエンジンを唸らせる。車を追い越す度に重力が沙羅の身体を揺さぶり、食事前に吐き気さえしてくる。
「そういえば、こんな感じで車をぶっ飛ばして客を運ぶ映画があったよね」
「僕は中国のカンフー映画しかみないから、分からないなァ」
「私は映画なんてそもそもみないし」
「娯楽は人が生きる上で重要な役割を持っているんだよ。特に沙羅殿は、まだ年若い女の子なんだから、可愛らしい趣味をもったらどうかな――っと、余計なお世話だったかな」
「旧時代の娯楽なんて、プレミアがついてるでしょ? 貧乏組織には無縁よ。って、話が逸れたけど、どうして圏外になってるのよ!」
ルーガンがにやりと笑って、莫大な資金をつぎ込んで作り出した、科学の恩恵を指さした。
こんばんは、上月です(*'▽')
この後、多くの人類が命を散らしていきます。
人類と魔がぶつかり合い、繁栄していくのはどちらか。
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