SFとファンタジーの歩み寄り
後悔はなかったはずだ。
女性作業服に袖を通した沙羅は、張の隣で大量に流れてくるお菓子詰めに励んでいた。上から見ていたライン速度と実際に間近でみる速度が一致していない。
「ちょ、あ、待って! こんのぉ!」
沙羅は鷲掴みで纏めて三・四袋を箱に詰めていくが、次から次へとラインを埋め尽くすお菓子が流れていく――沙羅の隣ではその全てを余裕で詰め込んでいく張。
「ちょっと! そんな細っい眼で、流れを読み切れるわね」
「簡単だヨ。止まって見えるネ。これなら、眼をつぶっていても全て詰められル。勇ある獅子は食べるだけデ、詰めるのは駄目駄目かなァ?」
「ばっ、馬鹿にしないでよ! 私だって、こんくらい目が慣れれば詰め切ってやるわ」
高速で目の前を過ぎていくお菓子のパッケージさえ認識できない。
鼻歌を歌い始めた張は既に百もの箱を背後に積み上げている。彼は腕と手先だけしか動かしていないのに、詰め終わった箱がどんどん宙を舞って、きっちりと積み上げられる――化け物かとツッコミを入れたくなり、圧倒的な差を見せつけられて後悔し始めていた――どうして作業するなんて言ってしまったのか、と。
目が回ってくる。気持ち悪くなってくる。休みたいと意識が目の前の現実を放棄したがっている。だが、一度言いだしたことを途中で止めてやる気はないと、お菓子を箱に詰めていく。
「そろそろ休憩時間だヨ。よく頑張ったネ。魔術師は貧弱な奴等だと思ったけド、違うみたいダ。驚いたヨ、あはは」
「ふん、当然でしょ! 魔術師はそんなに弱くはないの。気力勝負ならどこの誰にも負けないわよ」
多量の汗を作業服に染み込ませる沙羅の眼は血走っていた――流れを見極めるべく、ずっと力んでいたから。
髪も肌に張り付き、気持ちが悪くて仕方ない。直ぐにでもシャワーを浴びてこの不快感を洗い流したいが、それもこの場では叶わない。ここの作業員は一日が終わるまでシャワーを許されてはいない。
休憩は各自で過ごして良いことになっているが、重武装した警備兵が常に視界の端に映る職場に、気の休まる場所なんてあるはずもない。
「そういえば聞いていなかったネ。キミはどうして倉庫に来たんだイ?」
「ああ、それは」
流石に馬鹿にして笑いに来ましたなんて言えるはずがない。
「あんたに話があったからよ」
「それだっったらサ、別に働かなくてもいいよネ?」
「うるっさいわね。私の勝手でしょ」
「日本人は頑張るねェ。関心しているヨ。嫌いだけド。それで、話ってなんだイ?」
工場内のコンビニで購入した肉まんを頬張る張。
沙羅も作業場の壁に背を預けながら、ツナおにぎりを口に運ぶ――とても美味しかった。普段が身体を動かす事も無いので、労働の空腹によっていつも以上にコンビニ飯が美味しく感じた。
「あぁ、美味し――じゃなかった。あんたの真意よ。本当に魔を信じているの? 荒唐無稽な話じゃない」
「SFがあって、キミ達ファンタジーが生きているんだヨ。きっと魔や宇宙人が居ても不思議じゃないよネ。正直、燃料もどうしようか悩んでタ。誘われなかったら、『繁栄には美酒と口付けを』を襲って貿易権を握ってやるつもりだったヨ。良かったネ、彼は運がいいヨ。嫌いだけド」
「ふぅん、というより本気でこの国を潰そうと思ってるわけ? 『紅龍七』は燃料不足でも、弱り切った日本国や、他組織を潰す人員と力があるでしょ。むしろルーガンを落とせば、好きなだけ資源や資材が手に入るわけだし」
『紅龍七』は日本国を陥落させるだけの実力を持っている。だが長い間、彼等はそれをしなかった。どういうことか。日本人が憎いなら早々に片付けてしまえばいい。張には何か考えがあるのか。
沙羅は隣で肉まんを美味しそうに咀嚼する張を一瞥した。
「やっぱり、肉まんは本場のが美味しいネ。まぁ、この国のも悪くはないけド。正直言うとネ、どうでもいいかなって思ってル」
「――はぁ!?」
どうでもいいとはどういうことか――日本が憎いから侵略して、その蜜を啜った後に潰すのではないのか。
張の言葉は飄々と探りにくいが、冗談を言っている風には感じられなかった。
怪訝な表情で睨む沙羅を可笑しそうに笑う張は、二つ目の肉まんを頬張り始めた。彼の隣には袋いっぱいの肉まんが詰め込まれている。これだけの量を食べないとあの作業が出来ないのか。それとも普段からこれくらい平らげてしまうのか。
そんな些細な疑問を抱いてしまう。
そして、自分が脅威の隣にいることを忘れてしまっていた。
「文化や風習は違ウ。でも、守りたい人が日本人にもいるんだって知っタ。中にはいいやつもいル。この間、僕と酒を笑って飲んだ誰かヤ、家族のように店に入れてくれた店主。彼の握った寿司は美味しいヨ。お勧めだヨ?」
「いや、別に寿司の話は良いから」
「そうかイ? まぁ、そうだネ。同じアジアに生きる民族だし、もう大きな争いもしたから、お互いに疲れたかなって思うんダ。いがみ合うのは先の大戦までで、これからは手を取り合うべきかなっテ」
日本を犯罪大国に仕立て上げた組織の頭の言葉とは思えない。では、どうして日本で犯罪を犯すのか。手を結びたいのならば、そんなことをしないで友好的に手を差し出せばいいはずだ。
「なかなか、上手くはいかないものだヨ。本国とのやりとりや、なにより部下が勝手に暴走するんダ。根深いネ。でも、僕は疲れたヨ」
「信じていいのね?」
「信じるカ、信じないかハ、キミ次第だヨ」
「なら信じてあげるわよ。どうしようもないのは部下ね。なら、頭領としてするべきは何? 部下をどうしてあげるのが、張――あんたの役目なの?」
沙羅の言葉を聞き流すでも茶化すでもなく、作業場の天上を眺めてポツリと呟いた。
「説教、かナ」
「導きなさいよ」
「でも強い奴とは殺し合いたイ。これは、国関係ないヨ。キミを殺したいのも本心だヨ。安心していいヨ。あはは、正々堂々と殺し合いが出来たらいいネ」
「勘弁してよ。私が死ぬ? 寝言は寝て言うものよ。私が本気出したら、あんたなんて即解体よ」
「楽しみにしてるヨ。稲神沙羅」
「えっ――」
張は手を差し出した――沙羅も戸惑いながら手を差し出す。
分かり合うには握手から始める。だが後悔した――張の手は肉まんの汁でベトベトしていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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