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沙羅の交渉術

 驚きを隠せない沙羅を含めた魔術師達。


 『魔法使い』という存在は、裏社会の住人でさえ容認してはならない。表と裏の歴史に一点の痕跡さえ残さぬよう処理をする。だが、魔法使いは常識外の力を持つ脅威。魔術師を初め、信仰会、飢えた狼という強者たちであっても、対抗するには多くの犠牲を払う。


「ルーガン、私にその魔法使いの情報をちょうだい」

「沙羅君。キミはもう僕の部下じゃないんだ。一人の商売相手として話そうじゃないか。そう、これはビジネスだ」


 企業戦士としての炎を猛らせたルーガンに従う他ない。この場で駄々をこねても手に届くモノも、手を伸ばしても手に入らなくなる。不必要な発言や行為は、彼からのマイナスポイントを頂戴することになる。


 交渉事に向かない沙羅は、この状況を優位に進める札が無いし、考える時間も無い。永理であれば何か機転を利かせた話し合いに持ち込めたかもしれない。背後から心配そうに見守る彼等の存在もプレッシャーになる。


「ルーガンにとって有益な財を、私達は持ち合わせていないわ。でも、交渉を持ち出してくれたってことは、私達が持つ『何か』がアナタにとって有益になるってことよね?」

「さて、どうだろうか。もしかすると、情報を譲る気は最初から無くて、ただキミが、上に立つ者としてどれほど自覚しているのかを見極めたいだけかもしれない。さぁ、交渉事の始まりだよ、沙羅君」


 沙羅がどういう札を切ってくるのか楽しんでいる。切れる札も多くはない状況で、長い間を経営者として会社を運営してきた自分を、いったいどれほど背をのけ反らせてくれるのか。期待と不安が彼の奥底に秘めた魂が混じり合っている。


 普通の商売相手ではこうはならない――沙羅だからこそ、期待に胸が膨らむのだ。拾った日から自分の近くで育ててきた――お気に入りの娘だからこそ。彼女の才能を見極めたかったのだ。


 赤茶色の瞳には思考の色が滲んでいる。


「魔術師って、探求をし続けるものなんだよね。なら、僕が求める者を探究し、至ってみてほしい」


 彼の言葉の一言でも聞き逃してはならない――彼の一言をヒントに、至るべき場所への大樹に枝を伸ばしていく。伸びきった先にこそ、彼の答えという蕾に触れる事が出来るのだ。そこから、花を芽吹かせるために、沙羅は札を対価としての札を切っていかねばならない。


 もちろん、蕾に至っても。間違った札は蕾を落とすことにも繋がる。


 この交渉はなは絶対にもぎ取らねばならない。


「交渉は相手にとって魅力的な提示エサを小出しにして、釣り上げるのがコツだよ。いきなり、大きな餌を与えても、その後の餌が貧相であれば、見向きもされない。そう、舌が肥えてしまうからだよ」

「分かってるわよ、そんなことくらい。アナタの傍に何年居たと思ってるのよ」


 消去法で札を捨てていく――金、女、武力――この全ては、沙羅がルーガン相手に提示できる価値が無いもの。


 ルーガンが手に入らない魅力――魔術。魔術という神秘の何処から削り撒いていくか。


 だが、その前に――。


「ルーガンって車は好き?」

「まぁ、オプションに拘るくらいは好きかな」


 直ぐには餌を出してやらない。最初は相手の気を引く事から始める――ルーガンのいつもの手法。ルーガンは愛想良く、簡潔的に会話を打ち切ろうとする。


 繋げにくい反応――ここで挫けるわけにはいかない。一点を狙いすまして掘り下げていく。


「へぇ、いつ頃から?」

「子供のころから」

「何か理由があって、好きになったの? それとも、理由なく好きになったの?」


 面白味も無い酷い会話――だが、これでいい。このままで良いと、沙羅は会話を繋げていく。


「理由、ねぇ。強いて言えば魅力的、かな。人馬一体という言葉があるように、人と車が一つになって走り抜ける感覚が好きなんだよ。昔見た、サーキットがきっかけだよ。でも沙羅君。こんな会話じゃ、僕を――」

「なら、ルーガンは車を用いた魔術師になれそうね。媒体として。魔術媒体はね、術者が魔術と触れ合う最も身近な存在なの。自分が抱く魔術理論に適した形――それが、魔術媒体。自身の内面と現世を繋ぐトンネル、と言った方が分かりやすいかしら?」

「退屈してきた瞬間を見計らって、このような札を切ってくるなんてね。その反動は大きいものだよ。人の好機心にも波がある、常に興味を惹く会話ではなく、一度、相手の期待を悪い意味で裏切るのも、一つの手だね。それより、本当に興味があるな、その話。どうぞ、続けて」


 上手く食らいついてくれて安堵した――ここで調子こいて枝を伸ばし間違える訳にはいかない。彼にとっての蕾を『車』と仮定して、『魔術』という養分を与えて花を咲かせる。これはきっと、彼にとって『好き』と『興味』を併せ持つ花。


「私の魔術理論は、難しい理論ロジックは、解体バラして、答えの核だけを見つけるっていう突拍子もない子供理論よ。物心ついた頃に声でビンを割る芸を見て、そこからその不思議な現象に惹かれていたのね。だから、私は綺麗な音を鳴らす『鈴』を魔術媒体に選んだの。ルーガンも想像してみて。自分が何か形容しがたい謎に囚われた時の事を――その謎を振り切る為に、アクセルを踏み込む自分自身の姿を――空想で良いから、貴方は、どんな神秘を以って、闇夜の道を走り抜けるの?」

「ははは、あはははは。面白いよ! 稚気だっ、こんな愉快な気分にさせられたのは久方ぶりだよ。あはは! ユーモアを覚えたようで安心したよ。以前のキミは自分主義の詰まらない人間だったからね」


 腹を抱えて爆笑するルーガン――しばらくの間、収まる事が無さそうだった。目元に涙さえ浮かべて、咳き込んでいる。黒服達が心配そうに水を進めて、煽るように飲み干した。


「上々だよ、沙羅君。いいや、失礼したね。稲神沙羅殿」

「その殿付けで呼ぶってことは」

「認めるよ。キミは実に面白い。可愛いよ、あはは。魔法使いの件だったね。話すよ、話すけど、くくく。ごめんね、ちょっと待って――うぇ!」


 ヒィヒィと呼吸不全に陥っている――沙羅は、大きく溜息を吐き出した――なんとか、課題はクリアしたようだと。

こんばんは、上月です(*'▽')



今年最後の投稿となります。

次回の投稿は1月4日の0時を予定しておりますので、お楽しみに!


では皆さま、良いお年を!

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