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扉の向こうの狂気に染まる食欲

 沙羅は右肩口から血を溢れ出させていた。


 右足を引き摺りながら、周囲に警戒をしつつ身を隠せる場所を探す。一歩踏み出す度に、激痛が体中を駆け抜けて表情を引きつらせる。橙色の蛍光灯に照らされた右太ももは青紫色の内出血を起こし、色白い顔色も今では幽鬼のように青味がかっていた。


「あれが噂に聞く『鋼鉄の殺戮師団』か。世界中の兵士にんげんが、太刀打ちできない、わけだ」


 コンパス針を突き刺して壁や天井を移動する速度はゴキブリ並み。鋭利な『足先』や右肘から先の『草刈り鎌』を初め、左手の十本の指で巧みに計三丁の『回転式拳銃』を手繰り――沙羅の右肩はその拳銃の一発を受けたもの。太ももの内出血――コンパス針の蹴りを一撃貰って負傷した。


「二体は解体バラせたけど、あと何体いるのよ。魔術も使えて二回が限度ってとこよ」


 鈴を鳴らした際――危険を察知して彼らは大きく後退した。それから、何度も領域内に誘い入れて五、六回鈴を鳴らして二体の解体に成功した。彼らの知能は人間の限界を踏破している。思考も動きも読まれ、拳銃での遠距離攻撃を主体とした戦闘に切り替えたが――弾丸さえも沙羅の魔術の前では意味を成さない。領域に入った途端に鈴の奏でる共振動によって解体されるからだ。だが、弱点はある――弾丸を解体出来ても、その弾速までは見極められない。発砲するその瞬間を見極めて鳴らさなければならない。見誤った結果がこの右肩だ。


「止血しようにも道具が無い。魔力も残り少なく、敵の数も不明。ホント最悪の状況、ね」


 『魔術』は『魔法』ではない。魔術は『魔力』で自分の『理論』に形を与え、『魔術媒体』から現世にその理論を提示する神秘。理論も必要ない、望めば何でも願いが叶ってしまうお伽の『魔法』とは違う。


「世界を解体して真理に至る、か。どうしてこんな馬鹿げた理論なんて持ってるのよ。ホント、子供の想像力ってのは侮れないわね。思想思考が自由メチャクチャ過ぎる」


 幼少期に抱いた世界の探り方は、子供らしい発想から生まれた――難しいのなら、一度バラバらにしてから知ればいいという短絡的な探求理論。


 苦笑交じりに息を吐き、その場で座り込む。


 自分が死ぬ未来像が一瞬脳裏をよぎった。無残で無様な屍が、機械人間共に好き勝手弄ばれる終幕――直ぐに頭を小さく振って打ち消す。まだ死ぬと決まったわけではないが、この出血量は早期手当を受けねば過程は違えど迎える結末は同じ。ならば短期決戦で掃討したあと、近くの病院に駆け込むしか生き残る道はない。


 隠れても血痕や息遣いで直ぐに見つかる。沙羅は手掌に収まる鈴の感触をしっかりと握り確かめる。まだ終わってはいないのだから、最後まで足掻いてやろう。『意味のない行為』『意味のない死』を沙羅は嫌う。行動には意味を持たせるのが沙羅の流儀。だから意味のない死を受け入れてやるつもりはなかった。


「最低でも二体は上手くやれば解体バラせる。残りはもうなるようになれ、ね」


 敵の奇襲も見られない今のうちにコートの肩口を食い破り、右肩の傷口を圧迫するように巻き付け止血する。今更では遅いかもしれないが、やらないよりかはやった方が良いに決まっている。鈴紐を一度解いて健全な左手首に巻きなおす。


「マンマ。どぉぉぉぉぉぉこぉぉぉぉぉぉ? 僕ね、お腹空いたのぉぉぉぉぉぉ」

「マンマッ、ニャー、ニャー。猫しゃんだよ」


 二人分の声――沙羅は悪運の強さに静かに笑った。相手は残り二体。魔術の使用回数も二回。後はどうやって警戒する彼らを一回ずつの魔術で解体するか。望ましい展開は一回でまとめて二体の撃退。人間より上手く脳を制御できる彼等は馬鹿ではない。仲間の死により一層の警戒に努めてくるはずだ。


「対峙すれば遠距離からの掃射で私はお陀仏になる。私は奴らの裏を掻かなければならないわけだ」


 じっくりと作戦を練る時間もない。沙羅は思い付きでコートを脱ぎ棄て、部屋の隅に積まれた角材を左手で引き摺る――室外から聞こえる声が止む。


「間に合って、よねっ!」


 肩口の痛みに耐えながら角材を踏み割って、テントを作るように三本に割れた角材を交差させて立たせる。その上からコートを羽織らせ――不格好だが人間に見えなくもない後姿。部屋を照らす心許ない脚立式蛍光灯を乱雑に引っ張って、近すぎず遠すぎずの位置でコートに照射させる。


「良い感じね。後は私が隠れるだけ、なんだけど」


 室内は殺風景だ――身を隠す場所は当然ない。窓ガラスが嵌め込まれていないベランダくらいが唯一身を隠せそうだった。思案する時間はない――廊下から響く足音は此方に近づいて来ている。考えるより先に直感を頼りにその賭けに出る。


「マンマッ! 美味しいマンマッ! いっぱい、食べるぅぅぅぅぅぅ!」

「ニャー、ニャー、猫しゃんだよ。マンマ! マンマをガブってする!」


 扉越しから聞こえる殺意と食欲の意思。


 沙羅は冷や汗を垂らし生唾を呑み込んだ。魔術領域を目測で確認して身を潜ませる。

こんばんは、上月です(*'▽')


8話は3時間後に投稿します!


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