人類の生に隠れる不穏因子
これほどの緊張を味わったことがあったか。
上野公園にある元美術館――『探求者の家』の前に集う二百数名の魔術師。その大勢と向き合う沙羅と永理。
彼等に全体スピーチをした時とは比べ物にならない緊張で、お腹と頭が痛みだしてきた。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせるも、それは効果を発するどころか、逆に負担となって沙羅を圧し潰そうとする。
「えっと、今日集まってもらったのは、ここにいる鈴木から大事な話があるからよ。とても衝撃的な話かもしれないけど、黙して聞くように」
いったいこれから何が話されるのか。
魔術師たちは沙羅の言いつけ通り言葉を止め、その探求に向ける眼差しは永理へと向けている。私生活からなにまで謎が多い鈴木という存在。彼を少しでも知ろうと、一同は言葉を待つ。
「十年ほど前に起こった大規模な戦争。キミ達も多くの仲間や家族を失ったはずだ。魔術師としての在り方も奪われたものも」
魔王の声質に緊張はなかった。
告げるべくを告げ、真摯に彼等と向かい合う。永理は何も臆することなく彼等の視線を受け止め、永理もまた彼等一人一人と視線を合わせていく。
「先の大戦を引き起こした『魔王』と呼ばれる人物。それは俺だ」
全体を奔るどよめき。
沙羅の黙して聞けという命令を忘れ、周りとひそめき合う。自分が戦争を引き起こした。これは何の冗談だろうか。彼の言葉の真偽は何処にある。動揺を隠せない彼等に沙羅は何も発しない。ただただ、彼等が落ち着きを取り戻すまで黙して待つ。それは永理が何も言わないから、自分が言葉を挟むべきではないと判断して。
黙する沙羅と永理に気付いた彼等もまた、言葉と動揺を隠し、彼の話を聞き終えてから判断しようと至った。
「俺が戦争を引き起こした理由は、人類の延命を願ってのことだった。世界を呑み込むほどの強大な歪みを消滅させるには、大規模な熱量をぶつける必要があった。もう、魔術師や信仰者、飢えた狼ではどうにもならない切羽詰まった状況だった」
「それで、戦争を引き起こして、膨大な人の命を捧げて、残った人類を救った。という事でしょうか」
遠慮がちに恐る恐る問う魔術師に、永理は首肯した。
「そうだ。俺の引き起こした戦争で『探求者の家』も倒壊し、日本国を隷属の国へと変えてしまった」
「本当に、鈴木さん。あなたが魔王、なんですか?」
「鈴木は偽名だ。俺の名は――津ケ原永理。それが、俺という真実」
名を明かす。
その苗字が持つ絶大な影響力にその場の誰もが息をのむ。日本の魔術御三家である一角――『津ケ原』。
その中でも『正道』を歩み続けた津ケ原家は、国内外から嫉妬とは別に尊敬も抱かれていた。
邪道の『久世』、外道の『稲神』、正道の『津ケ原』。
三家が歩む三本の道。
正道とは、本来在るべき誰もが通る道を指す。探求者の模範となるべく、自分の行動に他人を巻き込まない。魔術師の理想とする個人主義を掲げる一族――誠実であり、事なかれ主義者が多い。
邪道とは、誰もが躊躇い忌避する道を指す。他人の命や意見を軽んじて、人として異質で異端な探求理論を真っ当であるように歩む、迷惑な利己主義を掲げる一族――自己中心的や暴力性に長けた者が多い。
外道とは、全ての道から外れる新道を指す。基本に忠実な魔術師の在り方を否定し、常に探求理論に最適な手段や思考を兼ね揃え、時としては正道や邪道を歩む効率主義を掲げる一族――故に魔術理論が単純であったり、人格破綻者であったりと一定というものがない。
その中で正道を歩む家柄に生まれた彼が引き起こした犠牲。
永理は自分が『不老不死者』であること。どうしてその探求理論を芽生えたのか。要点を絞って手短に全てを話した。
「この話を聞いて、何を感じ、思考し、至ったか。遠慮なく言って欲しい。最悪の場合は俺は組織を抜けてもいい」
「ちょっと、待ちなさいよ! 私を支えてくれるって約束は反故にする気?」
「いや、個人的に支えてこうかと。組織内に俺のような異端者と探求を求めたくはないという者もいるかもしれない」
言葉を続けようとした永理に整列した魔術師が一斉に挙手をした。一糸乱れぬ動きは訓練された軍隊を連想させた。
「たぶん、ここにいる全員が同じ思いですので、代表させて言わせてください。すず――ごほん。津ケ原永理さま、あなたの引き起こした戦争のせいで、俺は弟を亡くしました。どうして戦争が起きてしまったのか。引き起こす原因や人物を恨み悩みました。ですが、その、戦争を引き起こさなければ人類に未来はない。そう仰った貴方は、とても辛く断腸の想いで決断されたんだと思います。津ケ原様、一つだけ聞かせてください。本当に、戦争を引き起こす以外に手はなかったのでしょうか!」
「なかった」
感情を排した答え。
「戦争で散っていく魂の全を、俺の魔力に変換し、不足分は俺の愛した女の魂を捧げた。そこまでして、ようやく歪みを消失させることには成功させた――一つの大きな問題を残して」
愛した女とは恋人の事だろう。流石にこの状況で言及するほど空気を読めなくはない。だから、その後の不穏な発言について問う。
「大きな問題って、何よ」
こんばんは、上月です(*'▽')
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