学生気分を味わう
沙羅は自分の部屋で頭を悩ませていた。
それは大きな悩みだ。
一つは魔王の件――彼が第三次世界大戦を引き起こさせた、魔術史でも特にその名を馳せた『津ケ原』家の者だったこと。その事実を仲間に公言するというのだから、自分以上に緊張しているはずだ。そもそもどうして自分までも緊張しているのか。これまで彼の正体を隠してきた自分にも非があると抗議されることを恐れているのか――違う。
これは仲間としてだ。
「大丈夫。きっとみんな受け入れてくれる」
受け入れられないわけがない。言ってしまえば、ここまで『探求者の家』を作り上げたのは永理の功績が一番大きい。沙羅自身は『稲神』の名に甘んじて統括者の席に座っているだけだ。もしかしたら、自分より『津ケ原』である彼が座っていた方が円滑に回るのかもしれない。
そんなことを考えていたりもする。組織が大きく反映していくのなら喜んで統括者の席を譲る心つもりだ。永理は自分より経験があり、一点集中型の自分と違って周りが見える。
「でも絶対、やってくれないわよね」
表立って何か成すことをしない魔王だからこそ、二番目として支える立場に身を置いていたいのかもしれない。
「永理なら、きっと大丈夫。問題は」
二つ目は荒巻の件――むしろこっちが最大の悩みだった。警察機関が日本国から『繁栄には美酒と口付けを』に移行したお陰で、治安部隊から正規軍へと姿を変えてしまった。大日本武装警邏隊――かつて第三次世界大戦で戦場を警邏し、日本技術の粋を極めた最新の装備で、各国と渡り合った部隊。終戦後は粛清を受け解体されたが、つい先ほどルーガンの日本国支配の一段階として再び名を掲げた。そして荒巻はその組織の総監役。大本はルーガンだが、彼の指示一つで日本国中の警察機関が出動することとなる。
『紅龍七』をはるかに上回る戦力を有し、『兵器製造技術』までもルーガンが掌握した。事の真相を聞くために明後日の日曜――各組織が集まる事となった。
「明日は永理の件で、明後日は荒巻さんの件。はぁ、胃が痛くなってきた」
布団に入ってもどうやら眠れそうにはなかった。このまま何もしないで朝を迎えるなんて無駄な時間を過ごしたくはなかった。意味のない行為は彼女の在り方にとって許せるものではなかった。
静まり返った千駄木の街。沙羅は自分を一度落ち着かせるために、ダッフルコートを羽織り、散歩に繰り出すべく自宅を出た。まるで自分以外に生きている人がいないような静けさだった。不気味というよりかは清々しい。東京都心で星なんてものは浮かび上がらないが、月は常に不変だと魔王が言っていた事を思い出した。
夜を照らす涼し気な明りは何とも言えずに安心させてくれる。
「うぅ、寒い。でも、思考で熱した頭にはちょうどいいわ」
手がかじかんできた。こういう時はホットミルク等があればいいのだが、千駄木には二十四時間経営している店などもなく、自動販売機は飢えた者達によって破壊されている。
団子坂通りに出ると左に曲がり、道なりに歩いていく。
「東洋大学ねぇ。昔は私くらいの歳の子達がここで勉強していたって思うと、感慨深いわね。友人たちと勉強したり、遊んだりする学生時代ってどんな感じだったのかしら。まぁ、私には一生関りの無い事だけど」
魔術家系に生まれた沙羅は、『学校』という組織に所属したことが無かった。だからこそ、学校がどのような場所なのかは良く分からない。授業は家で母から教えてもらう毎日。遊ぶ時間も無く、一分一秒を管理された家族の在り方。それが沙羅にとっての普通であった。意味のない行為を嫌うようになったのは、実家での生活のせいかもしれない。
「でも、ちょっと羨ましいかな」
そんな風に思ってしまう自分に苦笑し、廃校になってはいるがその敷地に足を踏み入れた。正門から階段が続いている。階段を上った先には苔だらけの銅像が寂しく立っている。訪れぬ学生を待ち続けている様に見えた。一号館や二号館などと建物ごとに記載されている。更にはこれがどういった意味合いで付けられたのかは分からない。
崩落している館には入らず、比較的にしっかりしていそうな館内の詮索を初めた。天井から水が漏れていて地面が水浸しになっている個所や、壁一面に落書きをされた場所もあり、見ているだけでちょっと楽しいと感じた。
「ここは、図書館よね。湿気って、まともに読める物はなさそうだけど、気分を味わうくらいなら、ね」
学生という身分を味わっておくのもいいかもしれない。廃校ではあるが、その当時の学生の生活を想像しながら、沙羅は立ち入れる構内を歩き回った。
こんばんは、上月です(*'▽')
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