理想の現実化
休暇を終えてようやく、自分の仕事のペースを掴めてきた。
毎日が各同盟組織からの提示報告書や、所属魔術師たちの管理。だがそれも最初の頃に比べ、余裕が持てた事でプライベートとの両立を組み込めるようになった。今では夕方に仕事を切り上げて帰宅する事も出来る。
これこそが充実した人生なのではないか、とさえ思えてくるほどに。
「今日はおばあちゃん、何を作ってくれるんだろう」
ここ最近の楽しみ――沙羅が借りるアパートの管理人である、心優しい老人の作る晩御飯。毎日のようにアパートの住人たちでおばあちゃん宅に上がり込んでは、みんなで卓を囲み夕飯を済ませる。家族の温かさも居心地がよく、沙羅にとって心休まる時間だった。
「おや、沙羅君か。タイミングがいいな」
千駄木駅から団子坂を上ろうとしたところで声を掛けられた。鍛えている身体は衣服を着ていてもハッキリと分かる。
官服ではなく私服だった荒巻は非番だったのだろう。休める日は何をやっているのかを聞こうとしたら、荒巻がニカっと笑って得意な謎々を子供に出すような口調で言った。
「さぁて、俺はいま、何をしてきたでしょうか?」
ヒントなんてない。そもそも出す気もないのだろう。ニタニタと笑ういつもと違う様子こそがヒントなのかもしれない。制限時間はおばあちゃん宅に着くまで。
「気持ちよくなってきました?」
「違う違う。俺は警察官だぞ。そんな場所に行ってたまるか!」
男一人で遊園地に行く歳でもない。私服姿の警察官は何処に行くのかと想像してみても、人それぞれであるのだから見当もつかない。もう少しで団子坂を上り切ってしまう。そうなれば脇道を入って五分も歩かずにゴールだ。
「まったくのノーヒントじゃ、流石に考えが進まないわ」
「ヒントその一。俺は今日の朝は制服を着ていた」
「――仕事をクビになった!」
「なってねぇからな!? なんで、仕事クビにされて、ニタニタとクイズだしてんだよ!」
「ですよね。ちょっと可能性を一つずつ潰していこうかと」
朝は制服を着ていて、今は着ていない。ということは非番ではなかったことになる。沙羅の頭の中から映画館等の娯楽施設の線は消えた。そしてこの笑顔と関連付けると昇進かなにかの祝い事なのだろう。だが、どうして制服を着ていないのか。考えれば考えるだけ謎の泥沼に思考が沈んでいく。
そんな様子の沙羅を面白がる荒巻がピースサインを出した。
「ははは、難しそうだな。ヒントその二だ。これ見てくれよ。カッコいいだろ!」
型遅れの携帯電話の荒い画面――荒巻が映っていた。いつもの制服姿に軍刀を手にしている。その表情は誇らしそうで、熱意と決意に満ちた姿勢を、低画質の写真からでも伝わってくる。
「何かのコスプレイベント?」
「流石に凹むぞ。俺がそんな催し物に興じる男に見えるか?」
「見えないわね。やっぱりクビになって頭が」
「おかしくなってねぇからな! じゃあ、この写真を見れば分かるだろ」
「――あ」
二枚目の写真――凛々しく敬礼する荒巻の隣り――大日本武装警邏隊の文字と隊章。
大日本武装警邏隊――第三次世界大戦の勃発に備えて日本国政府が設立させた『軍隊』。自衛隊と違って法に束縛をされない正規軍。全国の優秀な警察官から編成された機動隊とは異なり、相手を殺す事に長けた術を身に着けた者達の集まり。彼等は自らの武力を以て戦場を巡回する、お巡りさん。
だが、この部隊は終戦とともに各国から粛清され、歴史の汚点という不名誉なレッテルを貼り付けられ、二度と日の目の当たらぬ闇へと埋葬された。彼等の存在を作り上げた日本国政府だからこそ、余計に他国へ頭が上がらないのだ。
「どうして」
「本日な。警察組織の主導は日本国から『繁栄には美酒と口付けを』へと移り変わったんだ。日本政府下では思うように動けない俺達だが、ルーガン・ジャックワードの指揮下であれば、猛威を振るう事が出来る。日本国軍ではないからな」
「つまり、荒巻さんはその部隊に抜擢された?」
「ああ、しかもだ。総監を任されている。日本国を瓦解させる男がどんな男かと会ってみれば、ああ。あれはいい男だな。むしろ、今の日本国を瓦解させて、新しく彼に作り上げてもらいたいぐらいだ。日本の軍事技術も先程、日本国から正式に彼へと譲渡されたよ。これで、兵器を作ろうが、俺達が戦おうが他国は何にも言えなくなったわけだ」
自分が知らぬ間にもルーガンは着々と戦力を整えていく。日本国政府からしても『紅龍七』の脅威を封じ込められれば万々歳なのだろう。沙羅が一番危機を覚えたのは『日本国政府』が『繁栄には美酒と口付けを』に軍事技術の全てを譲渡したことだった。日本は一つの果実を失った。これがルーガンのやり方なのだ。無用な血を流さずにその蜜を懐にしまい込んでしまったのだ。
「ルーガンが、あ、いや。ルーガン殿が言うには、俺の指示一つで警視総監以下全国の警察を何処へでも進軍させる事が出来るらしいんだ」
「ちょ、ちょっと待って! それって、警察を束ねるって事!? どうして、そこまで」
「そこまで話してくれなかったが、まぁ俺が適任だと思われたんだろ」
普段はもっと冷静な男である荒巻を、こうまでして有頂天にさせてしまったルーガンに対し、改めて彼の恐ろしさを知った。だが、逆に言えば『紅龍七』に対抗する為の軍事力がこちら側に参戦するとなれば、向こうも容易に自由勝手な行動には出れないはずだ。
浮かれる荒巻の隣でメールを送信した。
こんばんは、上月です(*'▽')
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