表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/130

津ケ原永理の動き出した時間

 グラスに浮き上がった結露がテーブルに広がっていた。


 壁に掛けられた時計は二時半を過ぎている。多忙で無ければもうベッドで夢に抱かれている時間。沙羅はソファーを座り直した。


「それが、あんたが不老不死を求めた理由」

「そうだ。母との死別が俺に死への『恐怖』を植え付けた。臆病だった。他の人間より死を忌避して必死に遠ざけた結果が、今の俺だ」


 過去を懐かしむように語った魔王――津ケ原永理は、話し続けて乾いた口内を麦茶で潤す。この話を長々と黙して聞いてくれた沙羅の反応を窺うように、ゆっくりと視線を合わせた。


 何を言うべきか。彼の抱いた理論どうきは家族の死別にある。幼心に芽吹いた死という恐怖による反発は、子供の駄々っ子と一言に片付けてしまえるものではない。


 自分の母親はどうしているのか。


 家を出て行ったきりその姿を一度たりとも見せることは無かった。末っ子の希羅は母を案じてはいたが、長女の詞羅と次女である沙羅は、もう帰っては来ないな程度にしか思ってはいなかった。会えるのならば会いたいが、会えないのなら会えないで仕方がない。割り切った考えだ。


『家族』に対する考え方が沙羅と永理では違うのかもしれない。


「母親が居ないのは私も同じよ。永理で良いわよね? 二人の時はそう呼ぶから。私は永理のように家族への愛なんてなかった。あっ、家族っていうのは、当然だけど稲神家の方ね。あんたのとこより温かくはなかったしね。でも、今の私には分かるわよ。大切な家族を失う辛さと恐怖が、ね」

 

 愛着も無い『稲神家』という家族より、今は『探求者の家』や『アパートの住人』という家族が在る。誰一人でも欠けたら、とても寂しい気持ちになるし、やり場のない怒りをどこかにぶつけるかもしれない。


「でも、今の永理がいたからこそ、人類は今を生きているんでしょ。その臆病な心があったから私は生きているの。誰にも永理の探求を馬鹿になどできないし、させないわ。だから、誇りなさいよ。津ケ原永理という一人の魔術師をね!」

「鈴木だか佐藤だなんて偽名より、津ケ原のあんたの方が、カッコいいわよ。心優しい『英雄』に相応しい名前。『魔王』なんて肩書は津ケ原永理には相応しくはないわ。だって、そうでしょ。太陽のように温かなお母さんと、誰よりも知識を有するお父さんが自慢する息子なんだもん。せっかく考えてくれた名前を誇ってやりなさいよ」


 考える必要もなく言葉が自然と口を伝っていく。


 永理は眼を一瞬だけ丸くした。それから考えるそぶりを見せ、石像のように固まってしまった。彼なりに今までの在り方と、沙羅の言葉を整理しているのだろう。そんな彼にこれ以上の言葉を掛けることはせずに黙して待つ。


「沙羅、時間が在るときで構わない。この組織に在籍する魔術師を、全員集めてくれないか」

「集めてどうするの?」

「話す。俺が、本当は何者なのかを」

「いいの?」

「言ったのは沙羅だ。誰にも俺の探求を馬鹿にはできないし、させないと。ならば俺は沙羅を信じて全員に打ち明ける。三次世界大戦をどういう経緯で起こしたのかを」


 いつも以上に落ち着いた魔王――永理は、その決意を沙羅に訴えた。


 彼の意志を尊重して明日にでも集めることにしたが、どうしてか反発もあった。その原因を探ろうにも探し出せない。局所的な痒みの位置を特定できないみたいに、その原因が分からなかった。モヤモヤとした気持ちが次第に膨れ上がり、イライラに置き換わっていく。


「沙羅、どうした? 顔が赤いぞ」

「どうもしてないわよ! 今週よ。今週の土曜日の昼に召集を掛ける。だから、臆せずに話しなさい。自分は人類を救った英雄なんだって。天国のご両親を安心させてあげるべきよ」

「感謝します。統括者」

「はぁ? いや、気持ち悪いからそういうの止めて。あんた――永理は私の相棒なんだから、いつも通りに接してよ。調子が狂うでしょ!」

「冗談だ。沙羅」

「まったく」

「ふふ」

「――ッ!?」


 これまで鉄面皮を徹底していた男が表情を崩した。とても自然な笑い方。顔面の筋肉が弛緩している。微笑を浮かべる事はあっても、このように表情全体を使った笑い方はしなかった。そんな彼に呆気に取られていた沙羅は、時間の経過さえ忘れ、その衝撃的な彼の一面を脳が記録した。


「本当に、大丈夫か?」

「へっ!? え、ええ。大丈夫よ、問題はないわ。もう眠いんだから部屋を出て行って! 早く、今すぐに!」


 自分の感情を押し隠すように席を立ち、永理の身体を引っ張って部屋から追い出した。扉を背にして一人、大きく深呼吸を繰り返す。


 消えない彼の表情。


「ああ、まったく。冗談じゃないわよ! これは気の迷い。あいつの話に同情してるだけ。うん、きっとそう」


 テーブルに置かれたグラスを一気に煽り、それは自分が飲んでいたグラスではない事に気づいて、口に含んだ麦茶を盛大に拭きだした。


 部屋の後片付けをしていて、ベッドに潜り込んだのは空が青白味がかった頃だった。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は16日を予定しております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ