津ケ原透理の絆
幸せは長く続かない。
この日は母の二十八の誕生日だった。
人との交流を避けるように森林の中に建てられた洋館。蔦が絡まり、幽霊が出てきそうな雰囲気だが、屋敷内は毎日が賑やかだった。この日は母と父と親交がある人たちが集まっていた。
「荻先生、結構老けたねぇ!」
「津ケ原君。思っていても口にしてはいけない事もあるんですよ。津ケ原君の素直なところは、先生的には高評価ですが、いまの正直な発言は先生を凹ませましたよ」
くたびれたスーツが似合う柔和な顔付きの男性――かつて透理の担任の教師。過去に透理やルアに敵として立ち塞がった――世界の傀儡として自然神秘を扱う『魔法使い』。
「あはは、ごめんごめん。とうとうボクも三十路手前かぁ。あんまり実感湧かないかも」
「そんなものなんですよ。先生も内面は中学男子のように純粋ですからねぇ」
「クク、それは人間的に成長していないだけじゃないのかぁ? そう思うだろ、犬っころ」
荻に鋭利な発言をぶつける妖艶な女性――赤茶色の長髪と自信に満ちた眼。魔術史において人の身で世界真理に至った『最強』を冠する魔術師――稲神聖羅。
聖羅に話を振られ、テーブルに慣れた動きで次々と料理を並べていく二十代半ばくらいの女性――非難を色濃く上乗せした視線で聖羅を睨む。
「私、犬じゃない。ウォル・アンクリオット・ディーラデイル。年齢詐称は、名前覚える」
「年齢詐称なんてよく難しい言葉を覚えたものだ。だが、痛い所を突かれたぞ」
「執刀魔術師、貴女も手伝いなさいよ!」
「私は長旅で疲れた。この犬っころが言うように私は老体だからなぁ。手伝ってやりたくても手伝えん」
「うぐぐ、最初から手伝う気もないくせに」
「分かっているなら聞くなよ。執行会の方は、どうだ。最近では、歪みの対応に追われているんだろう?」
歪みという単語に面倒そうな顔をした金髪の女性――修道服に身を包む敬虔なる神の使徒。彼女もまた組織的には敵であったが、透理という仲介人のお陰で、ある事件から個人的に付き合うようになった。煽り耐性が著しく低く、昔はウォルの一言に飽きることなく目くじらを立てて反論していたのも、透理にとっては『楽かった過去』だ。
「ライナさん、ごめんね、ボクも手伝いたいんだけどさ。皆が手伝わせてくれなくて」
「い、いえ。透理さんはいいんですよ。主役はどっしりと構えていてください。それにしても、本当に、透理さんは変わりませんね」
「うん、ボクも実感ない。でも、ボクを取り巻く環境は変わったよ。今は息子の永理がいるしね。本当に、幸せだよ」
全員が押し黙る――変容する空気。誕生日という祝福すべき日に相応しくはない、どんよりとした雰囲気。永理はどうしてみんな暗い顔をしているのだろうと思った。
息苦しい雰囲気を払ったのはやはり透理だった。
「もう、ボクの誕生日だよ! ちゃんとプレゼント買ってきてくれたんだよね! 凄く期待してるんだからね。だって、ルアは何でもボクに与えようとするから、他の人からもらえるプレゼントが新鮮なんだから」
「クク、アイツは透理が望めば、月丸々一つをプレゼントするだろうな。妻にベタ惚れとは、見せつけてくれるじゃないかぁ。独身会を再び結成させるか? 荻、ライナ」
「そうね。透理さんだけじゃなく、飢えた狼にまで先こされて悔しいですもの」
ライナは銀髪の少女――ウォルに視線を向ける。その視線に宿った不穏な感情を感覚で嗅ぎ取ったウォルは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「私とトゥリ、勝ち組。でもお酒、安心する。お酒は寝かせておいた方が美味しい」
「クク、あははははははは! おいおい、この犬っころは面白い事を言ったぞ! なぁ、聞いたか透理?」
透理の幸せはここに溢れている。
誰もかれもが楽しそうに誕生会の準備をして、計十四の悪魔は、厨房組と買い出し組に分かれて動き回っている。
「どうだ。準備は順調か?」
今まで姿を見せなかった透理の夫――ルア・ウィレイカシス。
彼の背後にはウォルと同様に銀髪をした――第三帝国親衛隊風の衣服に身を包んだ女性。その女性と聖羅の視線が意味ありげに合う。
「お久しぶりですね、津ケ原透理さん。お誕生会のお誘いを受け、探求者の家を代表し、アレッタ・フォルトバイン。お祝いに参じました」
「アレッタさん、お久しぶり! ごめんね、忙しいのにわざわざ来てもらっちゃって」
「アレッタ? アレッタ――ちょっと! 魔術師の最高位にして管理者じゃない!」
ライナの顔が引きつる。荻も表情を硬くしてウォルの背中に回り込む。
「魔法使い、隠れてない。私の身長、考慮するべき」
「しー! 先生は魔法使いですからね。バレちゃ不味いんですよ」
「今日は津ケ原透理さんの誕生会ですよ。執行会、魔法使い、飢えた狼という枠組みは取り払ったつもりで、今日は参りましたので。そう、魔術師の『汚点』も含めて、です」
「ほぅ、気が利いて助かるぞ。なぁに、互いに不老不死同士で飲むのもいいなぁ。昔を思い出す。おい、透理。お前も飲むぞ」
「あはは、いいねぇ。ルア、ボクのウォッカはちゃんと買ってきた?」
「問題はない。数か月分纏めて買ってきた」
ルアの脇を抜けてきた筋肉質の大きな猫――キャストールの背には酒瓶が紐で固定されていた。
「お嬢ちゃんも、女子ならもう少し、可愛らしい酒を飲んだらどうじゃ?」
「えへへ、これが好きなんだよぅ」
楽しい誕生会は役者がそろったところで開催された。
組織間の対立を忘れた一時の夢のような時間。透理に残された時間は残り一年を切った。個々に集った者達は全て、透理が自ら作り上げた『絆』に導かれた者達。彼等もまた透理を愛する――我が子のように。親友のように。恋人のように。教え子のように。
永理は知らない――透理の寿命が尽きかけている事を。
こんばんは、上月です(*'▽')
『世界真理と魔術式』の主要人物達を久しぶりに書けて楽しかったです。
『鈴鳴りの解体魔術』から入った読者さんは、是非とも『世界真理と魔術式』も読んでみてはどうでしょうか。
透理の寿命も残り一年。
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