魔王の秘めた過去
これまで自分の事を誰にも話したことが無かった。
話す気もなかったし、話す必要もないと思っていたからだ。だが今、目の前の少女に自分の過去を話そうとしている。上司と部下としての相互関係に関わると判断したからだ。だが、それ以外にも理由はあった。
自分の事を知って欲しい――『探求者の家』に集った魔術師達が、自身の細事に至るまでをレポートに書き綴ったように、魔王もまた、少女に自分がどういった『人』であるのかを知ってほしかったのか。もしくは現代の魔術師に、過去の魔術師がどういった在り方を生きていたのかを知って、覚えていてほしかったのか。
「そんな所に立っていても、話しにくいだけでしょ。こっち来て座りなさいよ」
沙羅は向かい合うソファの対面を指さした。
魔王は頷き指定された場所に腰を落とす。これから話すことは長くなる話だ。これまでの時間は何を話すべきかの取捨選択に費やし、それでもまだ話すと長くなってしまう。どうしても知って欲しい箇所が多すぎたのだ。どんなに長くなっても全てを聞くと言って聞かない沙羅に魔王は覚悟を決めた。
二人の間には小さなテーブルがあり、紅茶と茶菓子が置かれている。
「さっ、話して。あなたの事を」
「そうだな、では俺と両親の思い出から聞いてもらおう。旧時代で最高位の魔術師として在り続けた二人について」
魔王は自我を過去の記憶に触れさせる。
遠く遥かな時代も一カ月前の出来事のように思い出す事が出来た。温もりに包まれた時間。孤独も焦燥もその当時の魔王は何も抱いてはいない。
「お父さん。お母さんがまた僕に頬ずりして離さないんだ。見て、頬が少し赤くなってる」
七歳になった少年は、母の必要以上のスキンシップに恥ずかしさを抱いていた。少年の訴えに、表情が寂しい父は何か考えるそぶりを見せて、少年の頭に掌を置いた。
「透理は、お前の事を愛しているんだ。だから、少しでいい。大目に見てあげてくれ」
宥めるような父の言葉には、微笑ましいという感情と寂しそうな感情が入り混じっているように、当時の魔王は感じていた。父が母を見つめる視線――時折見せた悲しそうな色。どうしてそんな色を瞳に宿すのか。幼い自分には分からなかった。こんな幸せな時間を過ごせているはずなのに、どうしてそのような顔をするのか。無表情を常とする父と八年も過ごしていれば、微々たる眉や口角の動きで感情を読む事が出来るようになる。
「お父さんとお母さんって幾つなの?」
「透理は二十七で、私は四十だ」
だいぶ年の離れた夫婦だが、父――ルア・ウィレイカシスは年不相応に若く見えた。まだ三十代前半と言っても通用しそうな程に。母――津ケ原透理も同じく、子供っぽい所や容姿も含めて二十代前半くらいに見える。
「私も年を取ったものだ。今日はキャストール達とは遊ばないのか?」
キャストールとは母が契約している悪魔のうちの一匹。物心つく前から自分の傍にいてくれて、身体を温め合っていたと母が良く聞かせてくれた。魔王もキャストールが大好きだったし、キャストールも父や母の愚痴をよく吐いて笑っていた。十三世界の悪魔と呼ばれる高位の悪魔達や、異界の悪魔王と契約しており、母は周囲から『超越絆の魔術師』等と呼ばれていた。『超越』という称号は、Sランクの魔術師のみが授かることのできる称号だが、透理に当て嵌めている超越とは、種族間を超越しての『超越』という意。
「キャストールは昼寝してる。お父さんとお母さんって、どうして結婚したの?」
子供ながらに抱いた好奇心。
聞かれて少し恥ずかしかったのか、ルアは少しだけ表情を和らげた。だがその問いをはぐらかすでもなく、魔王を近くにあった椅子に座らせた。
「透理は、私の弟子だった」
「魔術師の? 僕が勉強してる職業だよね! お母さんが、あんな難しそうな本を読めたの?」
「魔術師は正確に言えば職業ではないが。まぁ、そうだな。お前はよく頑張っている。昔の透理は何を教えても聞いた瞬間から、忘れるような子だった。最初は弟子に取ったことを後悔したこともあったが、勧誘したのは私だからな。辛抱強く教えたよ」
「やっぱり、頭悪かったんだね」
「透理には言うなよ。むくれると面倒だ」
「大丈夫! 僕とお父さんの秘密だよ」
ルアは一拍の間を置いた。
息子に語り聞かせる透理との過去――それは一瞬一秒も大切にした時間。残りの『時間』も大切に過ごしたいと願っている。だから、この幸せで温かな時間を息子にも引き継いで覚えていてほしかった。
「確かに少々頭は弱かったが、前向きに突き進んでいく姿に惹かれていった。子供っぽいかもしれないが、それでも彼女は偉業を成した。小さな町を救ったんだ。私や執行会、飢えた狼といった敵視し合う間柄の者達を束ねて、脅威に立ち向かった英雄だ」
「ふぅん。じゃあ、僕には天才のお父さんと、英雄のお母さんの血が流れているんだね! 絶対に最高位に到達して、お父さんとお母さんは僕の自慢の両親ですって言ってあげるんだ」
「自慢の両親か。そうであるように努めよう」
「だから、僕がSランクになるまで長生きしててよね!」
「長生き、か。そうだな。きっと透理も喜んで、周囲に自慢の息子だと言いふらすだろうな」
父と子の約束。
その頃の魔王は何も知らなかった――英雄が英雄になる為に支払った代償を。
「永理! ルア! ご飯だよぉ! 早く降りてこないと冷めちゃうぞ!」
魔王――津ケ原永理は、大きな声で返事をして、父の手を取って大きな屋敷の――葉はや悪魔達が待つ大所帯のリビングに降りて行った。
こんばんは、上月です(*'▽')
名は体を表す。
『世界真理と魔術式』で稲神聖羅が言ったセリフです。透理は常識の壁も良い意味で通じない、常識にとらわれないでっほしいと名付けられました。魔王の本名――津ケ原永理とはどういった意味合いで付けられたのかは、次回に判明します。
字でだいたい察しはつきますね(;´∀`)
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