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もう一人の不老不死者

 沙羅は再び正座をさせられていた。


 冬場で冷え切った元美術館の床は、膝から体温を奪っていく。この前、芽衣に正座をさせられて命を失いかけたが、今回は魔王によって魂が圧迫される、キツイお叱りをうけていた。


「ねぇ、魔王。かれこれ二時間くらいになるじゃない? アンタには慈悲というものがないわけ? 足が痺れて辛いんだけど」

「今はない。張と遭遇した時点で、俺に連絡を入れるべきだと思わなかったか? 奴が外出ている時点で、何かおかしいとも思えなかったのか?」

「思ったわよ。でも、せっかくの休日だし、瑠依との時間を割きたくなかったし」

「楽しい時間を優先し、命を落としては元も子もないだろう。キミが生き残れたのは奇跡だ。よく魔力が持ったものだ」

「死んでいたわよ。だって魔力尽きてたしね。怪しい格好した上から目線の女に助けられなきゃ、今ここに私はいない」

「怪しい女?」


 魔王は眉をひそめた――『鋼鉄に殺戮師団』を相手にして、対等以上にやり合える一般の人間が存在するはずがない。だとしたらその女性は何者か。自分たちの敵となるのか、味方となるのか。沙羅を助けたと考えれば敵ではないのかもしれない。怪しい女――どこら辺が怪しいのか沙羅に問う。


「そうね。頭からすっぽりとローブを着てて顔とかは見えないんだけど、私の家とかになんか詳しそうだったのよね。実際、私より詳しいって言われたわけだし」

「稲神家に詳しいとなると、その女性は魔術師、だったのか?」

「そうみたいね。どういう風にあの鉄くずを細切れにしたのかは知らないけど、変な問い掛けもされたわよ。『不老不死者』をどう思うとか、背負う命の量に――」

「少し待って欲しい。細切れ、だと?」


 沙羅の話をさえぎった魔王は珍しく興奮気味だ。沙羅はそんな彼の反応に気圧されたが、頷いて見せた。何かを思案する素振りを見せて、女性が他にどのような事を言っていたのか聞かれ、数日前の記憶を思い返す。


「そうだ! その女性は、あんたの事知ってたわよ。全世界の命を救った事を。それと、えっと、自分の寿命で小さな町の人を助けた馬鹿もいるって――って、ちょっと!?」


 沙羅の両肩を鷲掴まれ魔王の顔が鼻先まで迫った。鬼気迫る表情で沙羅の眼を真っ直ぐに見つめている。鼓動が早くなって顔全体が熱くなる。巡る思考さえ瞬時に蒸発してしまった。これから彼は自分に何をしてくるのだろうか。そもそも、どうしてこのタイミングで迫って来たのか。突き飛ばすべきか受け入れるべきか。そんな事も考える余裕はなく、直立不動になった姿勢のまま視線だけが右に左に泳ぐ。


 そんな沙羅の挙動を、一瞬にして停止させる魔王の言葉。


「キミが会ったのは、稲神聖羅だ。長い魔術史の中で、『最強』という二文字を冠するに相応しく、世界真理に至った数少ない魔術師だ」

「――まさか!」

「彼女もまた、不老不死者だ。祖母殿に聞かされなかったのか?」

「いや、聞いてはいたけど。だって、不老不死者は、あんたのような魔術理論でも有してなきゃ、不老不死者にはなれないはずでしょ。あの糞ババアも、理由までは知らないみたいだし。てっきり稲神聖羅の不老不死は作り話だとばっかり」


 今の科学技術を以てしても、人間を不老不死者に変える事は出来ない。稲神聖羅がどのような思惑があって、どのような神秘で不老不死者に至ったのか。本人ではない沙羅には分からないが、彼女と同じ時代を生きていた魔王であるならば、何かを知っているのかも知れない。目の前で腕を組んで見下ろしてくる魔王を見上げた。


「今回の事は本当に反省しているわ。だから、教えて。あんたの知っている稲神聖羅の全てを」

「以前も言ったが、俺が聖羅に会ったのは二回程度だ。ほとんどが母の――そうだな。キミが口にした、自らの寿命を捧げて小さな町一つを救った女性、に聞いた程度だ」

「お母さん?」


 沙羅の中には、稲神聖羅について知りたいという同等に、魔王の母の事も知りたいと思った。家庭環境を知れば、少しは謎多き魔王について知れるかもしれないという好奇心。ことわざに好奇心は猫を殺すという言葉があるが、募る好奇心を殺しては魔術師なんて務まらない。知りたいことは貪欲に知り尽くす――古き時代から在り続けた魔術師の本質。


 無意識のうちに母の愛情に飢えていたのかもしれない。だからこそ余計に魔王の母親について知りたいと思ったのだろう。魔王と『紅龍七』に潜入した時に言っていた――子供を大きくしたような人。そんな人からどうしてこんな堅物が産まれてきたのかも気になってしまう。


 少し前の沙羅であれば他人は他人で、自分は自分という在り方を徹底していた。自分主義者で、基本的には他人には興味を抱かない。それが数カ月程度で、ここまで人の在り方とは変わってしまうものかと、再度改めて驚いていた。


 知りたいという欲求が増して、沙羅は沙羅に相手との距離感に一歩踏み出した。


「魔王のお母さんのこと教えてよ。もちろん、魔王のこともね」

「キミは本当に変わった。前とは見違えるほどに魔術師らしく、人らしい在り方だ。だが、話せば長くなる」

「構わないわよ、少しくらい。『紅龍七』への警戒と、同盟組織とのやりとりに手を抜くつもりはないわ」

「分かった。そうだな、俺は部下として俺をキミに預ける身だ。キミからしたら得体のしれない部下は扱いにくいだろ。今のキミなら、俺の話を聞いて何かをヒントに、己の糧とすることができるかもしれないな」


 沙羅は立ち上がる――膝全体に走る痺れ――足がもつれ倒れそうになり、魔王がそっとその身を支えた。


「あ、ありがとう」

「今日はもう遅い。明日の朝にでも話すとしよう。俺も何を話すか整理しておきたい」

「わかったわ。じゃあ明日、絶対に聞かせなさいよ」


 魔王は頷いて、沙羅の執務室から出て行った。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は3日の0時を予定しております!

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