現実に背く防御反応
自分は生かされた。
あの場であの女性が居合わせていなかったと考えるとゾッとする。名も知らぬ実力のある魔術師は、沙羅に『不老不死』についての問い、その場を去っていった。
「あの人が居れば、『紅龍七』なんて目じゃないんだけど――って、瑠依!?」
戦力を分散させ、各自が思うように戦えるように別れた少女を思い出した。瑠依の実力があれば万が一にも負けるはずはない。だが、瑠依が使っていた得物は、普段持ち歩いている仕込み杖ではなく、『鋼鉄の殺戮師団』が装備していた大鎌。あの超重量武器をどれほど扱えるかが生死を分ける。
人の気配も感じない駅構内を駆ける。外は駅係員が封鎖しているのか、誰ともすれ違う事も無く、静寂とした駅構内に響く沙羅の靴音。音が反響する構内に銃撃音も響かない。もう片が付いたのだろう。沙羅の鼓動が次第に拍動感覚が狭まっていく――息苦しくなりつつも走る事を止めず、瑠依の姿を探し続けた。
「あの子、どこまで行ったのよ。はぁ、先に帰ってたら罰を与えてやるわ」
そんなことはあり得ないと沙羅自身は分かっていた。だが、ちょっとでも何かに対して毒付きたい気分だった。女性と話したことで、魔王の影が脳裏に張り付いて離れてくれないからだ。彼は友人で部下で相棒だと言い聞かせるが、そのどの在り方も真我が受け入れてくれない。納得が出来ない――説明のしづらいモヤが感情に翳る。
「あぁ! もう、止め! 考えない。どうして、こんなにも意識してんのよ。バッカじゃないの」
階段を一段飛ばしで降りていると痕跡に気が付いた――天井や壁に人の腕程の穴が点々と空いている事に。
「ここを通ったってわけね」
階段を下ると、障害物もない広大な通路に出た。
その通路中央に広がる真っ赤な液体。その中央には何かの塊が重なって放置されている。駅構内の至る箇所で人の亡骸が無残にも捨てられていた。だが、この広大な通路で一人分だけの死体は不自然だった。
近づく沙羅は息を飲んでそれを否定しようとした。
「嘘――嘘よ、瑠依! 瑠依! 瑠依ィィィィィィ!」
血溜まりに沈む少女の亡骸――両手足が切断され、関節部分で折られて並べられている。胴体部分は熊に食い千切られたように肉が抉れ、骨が覗き、腸が少しはみ出している。
生の温もりを感じさせない開ききった瞳孔。
全身の力が抜け落ちてその場で尻をついた。スカートや足が血に濡れようがお構いなく、呆然と瑠依の亡骸に視線を落とす。どうしてと自問を繰り返す。導き出せない答えと、受け入れ難き現実の歯車が合致せず、喘ぐような過呼吸を数回繰り返すと、魂が抜かれたように意識が落ち、瑠依の身体に覆い被さるように倒れた。
現実を受け止めきれないと判断した脳が、沙羅の意識を強制的に切断した。非常な現実から少しでも意識を逸らせるようにと夢を見せた。
幼い頃の唯一の安息の場所――人の温もりを感じられる母の腕の中。
「沙羅は、別に無理して魔術師になんかならなくてもいいのよ?」
厳しい訓練にベソをかいていた沙羅に言った母の声。自分には魔術師の才能が無い。そんなのは姉と妹の実力を見せつけられれば嫌でも自覚させられた。魔術はおろか魔術式さえろくに編めない落ちこぼれ。稲神の恥さらし――祖母に圧しつけられた不名誉な烙印。それは呪いとなって常に沙羅を蝕んだ。
「沙羅には、きっと沙羅にしか出来ない事があるはずだから、それを見つけるのも良いと、お母さんは思うの」
「私は何をやっても駄目だよ。あのババアが言ってたもん。お前は何をやらせてもダメだって」
「あら、ババアだなんて。ふふふ、沙羅はおばあちゃんが嫌いなのね。でも、大丈夫。おばあちゃんは魔術しかしらない人だから、そんな事しか言えないの。お母さんとおばあちゃんの言う事、どっちが正しいと思う?」
「んっと、お母さん?」
「ぴんぽーん。でも、できれば即答してほしかったのと、疑問形じゃなくてキッパリと言ってほしかったな」
母は笑っていた。
沙羅も笑っていた。あの温かで安らぎを与えてくれる時間は、居場所が無い沙羅にとって唯一の居場所だった。
「沙羅、もしお友達が出来たのなら、一生大切にしなさいよ。おばあちゃんは不要と切り捨てるかもしれないけど、お母さんはそうは思わないの。だから、沙羅もお母さんに倣って、友人や好きな人が出来たら大切に想ってあげてほしいの。そんな、優しい子に育ってくれたらお母さんはとても嬉しい」
「大切? 私に、そんな人が出来るのかな」
「出来るわよ、きっとね。こんな規律や在り方に拘る家に縛られる必要はないの。世界がこの家の中で完結しているなんて常識としてほしくないの。世界はもっと広いの。お母さんもまだ知らないものがいっぱいある。だから、沙羅も見聞を――えっと、外の世界の情報を見て聞いて自分のものにしてほしいの」
「私のものにする? 難しい事ばっかり話す」
「ふふふ、ごめんね。でも、大丈夫。沙羅は無価値じゃないわ。世界にはきっと貴女を必要としてくれる人がいる。その人の為にも、沙羅は真っ直ぐで素直に生きて」
そんな母との記憶を思い出していた。夢として見る懐かしい温もり。沙羅は縁側に二人腰かける微笑ましい光景をずっと後ろから眺めていた。今、この人は何処にいるのだろう。生きているのか、死んでいるのか、それさえも分からない。生きているのなら、また笑いかけて欲しい。自分は無価値じゃないって言ってほしかった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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