同じ境遇だからこその共感
人生にリセットなんて都合の良い機能はない。
死んだらお終い――やり直しなんて利かないから一度きりの人生なのだ。今世での魂を燃やし尽くしながら、生を謳歌するのが人間だ。肉体が死を迎えれば魂は輪廻の法則に従って、来世での新たな肉体と結合する。同じ個としては生まれる事は無いが、個の本質は予め魂に情報として刻み込まれており、結局は似たような人間が形成される。
後頭部の痛みで意識が覚醒した沙羅は、昔の記憶――まだ自分が稲神家の人間として生きていた時のことだ。ある日、母が人間の魂の在り方について語って聞かせてくれた。幼少の自分に魂だ、来世だという小難しい話はサッパリだったが、難しすぎる内容だからこそ、事詳しく脳が思い出として記録していたのだろう。
「私は囲まれて、撃たれて、そして――」
死んだ。
半人半機の兵士によって、死への『恐怖』と、生への『渇望』を、人間として強く意識した。だが、沙羅の生死感の変化が起きたと同時に向けられる無数の銃口――一発目の発砲によって意識は途切れた。
「死って、思っていたほど軽くはないのね。身体は凄く重いし、頭も痛いし。まったく、誰よ。死は痛みと苦痛からの解放って言い始めた馬鹿は。全然生きているときと変わらないじゃな――」
「クク、独り言を良く喋る奴だなァ、お前は」
「――だれ!?」
沙羅の意識がようやく鮮明になり――自分が池袋駅構内の通路の壁に座り込んでいると認識した。突如として右隣りから自分に向けたであろう発言に、ギョッとなって反射的に顔を向ける。
座り込む自分の隣で立つ人物――頭から膝までを覆い隠す黒いローブ。顔は見えない。ローブから覗く、スラックスと革靴という怪しい出で立ち。退屈そうな女性の声――ゆっくりと大きな溜息を吐いた。
「お前のような礼知らずに名乗ってやる義理はないだろ。それにしても、今の稲神には減滅したぞ。上野で稲神の魔術師が、シェルシェール・ラ・メゾンを再興させたと聞いて、さぞ優れた魔術師だと期待してみれば、こんな雑魚に囲まれて死にかける阿呆だとはな」
呆れたと肩を竦める女性に沙羅は何も言えなかった。
言えないどころか――。
「そうだ、『鋼鉄の殺戮師団』は!?」
キョロキョロと顔を振るい、自分を殺そうと取り囲んだ殺意の塊を探す。何処を見渡してもいない。どうして自分を殺さなかったのか。直ぐにその答えを隣の女性が口にした。
「あの胡散臭いSFモノは、私が切り刻んでおいた。ほら、そこらに破片が細かくなって散ってるだろ。クク、あぁ、不思議な感覚だな。人間と機械を切り裂くというのも。私達ファンタジー相手に、人間の技術の粋が敵うと思っている時点で、奴らに勝ち目はない」
「あんたがっ――貴女が、倒した? 切り裂いたってどうやって」
「お前の母は、礼の一つも教えなかったのか?」
「うっ、あ、ありがとうございました。それで、貴女はいったい何者なの?」
「私の事を知りたいのか、鉄くずの倒し方を知りたいのか、どっちなんだ? 二つも答えてやるほど、私は甘くはないぞ」
「じゃ、じゃあ、貴女の事を」
独特な口調で話す女性に、沙羅は苦手意識を持っていた。その理由は不明だが、どうしてか苦手だった。どうしてか、彼女を前にしていると圧倒されてしまう。
「そう緊張するなよ。クク、せっかくの美形家系に生まれた賜物が台無しになるぞ」
「稲神について詳しい、みたいですね」
「ああ、詳しいぞ。お前なんかよりかはな。私の事を知りたいか? 知ってどうする。腹の足しにも、お前の探求に貢献するものでもない些細な情報だ」
「確かに私に何かのプラスになるとは思ってはいません。ですけど、あの状況で私を助ける実力がある人の事を知りたいと抱くのは、人として何一つ不思議ではないと思います」
ついつい丁寧語になってしまう――そうしなければならない。この相手にはそう在るべきだと、奥底に秘めた個我が口を動かす。
「クク、良い態度だ。それが人に教えを乞う者の在り方だな。だが、魔術師は己で思考し、探求し、至る者を指す。全ての答えを教えては、お前の為にもならない。そうだなぁ、お前は『不老不死者』をどう捉える? 彼と触れ合って何を感じ、何を思考した? そして、彼とはどのように接するべきだと至った?」
不老不死者――沙羅の頭の中に描かれる魔王の姿。彼の在り方に何を抱き、彼の生涯をどのようなものか想像し、それを踏まえたうえで彼とどう付き合っていくか。沙羅はゆっくりと魔王の身になって考えてみた。
この問い掛けが、目の前の女にどう結び付くのかは分からない。
「彼は、幼い頃に母親を失くして、それで、死を嫌悪して探求の辿り着く答えとした。不老不死は他人と共に在るのではなく、一生の別れを何度も繰り返させる『呪い』だと捉えています。人類を延命させるために、多くの人の命が失われる戦争を引き起こして、その重責を背負いながら日々を生きてきた。百数人の命を背負う私と、全世界の命を背負う彼とでは、その身に背負う重責は、私が想像できるものでもありません。でも、彼は私にとって友人ですし、私を支えてくれる大切な相棒だと私は、そう信じています」
「お前が死んでもアイツは生き続けるぞ。お前も所詮はアイツの重荷の一つだ。それでも、お前はアイツを大事に手元に置き、人として――友人として接すると?」
「はい。私は先に死んで彼に辛い想いをさせます。ですが、生きている間は、それ以上に楽しい時間を過ごして欲しいです。今までが辛かったのなら、それ以上に笑って過ごせる時間を。私はそのために彼を手元に置いて、私の在り方を探しながら、彼の在り方を支えていきます。それが彼の上司として、彼の友人としての私の、彼への在り方です」
スラスラと言葉が出たことに驚いた。まるで、あらかじめ用意していた台本を読んでいる気分だった。だが、そこには確実に嘘偽りのない沙羅の意志が籠っていた。籠っていなければ今、顔を熱くさせているはずがないから。
「お前は馬鹿か。命の量に軽いも重いもないんだ。確かにアイツは全世界の命を救ったよ。ああ、立派だと私は思う。だがな、自分の寿命の大半を捧げて小さな町に住む命達を救った小娘もいる。私はその二人に対して、どっちが偉いとか、どっちが英雄だとかの優劣を押し付ける気はない。それは背負っている重責も同じだ。数億の命を背負っていようが、百数人だろうが、私はどっちも同じ重責だと考えている。ああ、馬鹿なお前にも分かりやすく言ってやろう。よく漫画で言うだろう?」
「いえ、漫画は読まな――」
「いいから聞け。世界中がお前の敵になっても、俺はお前だけは守って見せる。なんて目先しか見えていない阿呆を抜かす主人公とかいるだろ。出来もしない事を真っ直ぐに言う良い意味での馬鹿だ。だが、その主人公は、一人の命を守る為に、世界中の命を散らしてもいいと言っている。主人公の感情云々もあるだろうが、確かにそいつは億の命より一つの命を選んだ。どうだ、その主人公の型に嵌めるのなら、お前もアイツも等しい命を背負っている。数なんてどうでもいいんだ。一番大事なのは、誰かの為に何かを成したいという決意と、その決意に見合う力なんだよ」
話が複雑に絡み合い、何について話しているのか分からなくなってきた。沙羅は思考する――放棄は魔術師が選ぶべきではない最悪の一手。
「つまり、それは――」
「簡潔に言ってやる。命に数なんて関係ない。小を切り捨て大を救うも良し。大を切り捨て小を救うも良し。己の命一つで全てを救うも良し。同じ重責を背負うのであれば、気持ちも分かるだろう。『同じ境遇』だからこそ、分かり合えるし、支え合うことができる」
女性が何を言いたいのかぼんやりとだか分かってきた。
だが、問題は残る。
「この問いは、貴女について辿り着きませ――」
「何度も言わせてくれるな阿呆。同じ境遇だからこそ、分かり合うと」
それだけ言って女性は背を向けて去っていった――沙羅は黙って声を掛けることなく、その背を見送った。
こんばんは、上月です(*'▽')
53話の投稿時間についてですが、0時に予約投稿をしようとしたら、いつもの調子でそのまま投稿してしまいました。
今回は文字数が多いです(;´∀`)
沙羅と話していた女性は、世界真理シリーズ『世界真理と魔術式』を読んでいた方なら、誰か分かるのではないでしょうか。
次回の投稿は24日の0時を予定しております!




