運に見放されて迎える死の恐怖、込み上げる生への渇望
瑠依の足音が遠ざかる。
それを追う鉄を打ち付ける音。
背後には敵の気配もない。瑠依に標的を向けていた『鋼鉄の殺戮師団』全機を引き連れてくれたようだった。これで数機だけ残って、領域外からの左右挟み撃ちなんてされれば、沙羅に生き残る未来は訪れない。
「まぁ、この状況で生き残れるかも分からないんだけどね」
鈴をもう何回鳴らしたかも覚えていない――数えている余裕なんてあるはずもなく、地面に転がる十数機の廃残品が、魔術使用回数のおおよそを計算させてくれた。
敵は魔術という情報では測れない神秘を警戒している。遠距離からの弾丸さえも解体するその力は、不用意に攻め込むべきではないと共有しているのだろう。領域に踏み入って解体された兵士の位置から割り出した境界線ギリギリ外側で銃器と鎌を構えている。
沙羅は内心で舌打ちをした――魔術行使による精神疲労が蓄積し、一人になったとたんに全身が訴えかける倦怠感。魔力の全体量は眼に見えるものではない。おおよその疲労の限界から見極め、魔術一回の使用回数の消費魔力から何回までなら行使できるか把握しておかねばならない。沙羅の一日の魔術使用回数――九回。無理をすれば十回使えるかもしれない。予想だが、残り使用回数は二回。
魔力の底が尽きた魔術師は、身体と精神が疲労に耐え切れずその場で身動きが取れなくなる。そうなってしまえば『鋼鉄の殺戮師団』によってこの命が悪戯に略奪される。
「瑠依は瑠依で、刀が折れてるし。私の魔力も微々たるもの。はぁ、お互いに絶体絶命かしらね。でも――」
自分が生きる為の自分の在り方を見つけ出すまで、死ぬわけにはいかなかった。
魔術領域を展開しているのも魔力を刻一刻と削られる。膠着状態による時間の経過は沙羅の死が狭まっていく。早期決着を付けねばならない。救援もなく、施設構造にも詳しくないこの状況下。残る二回の解体で全てを片付けなければならない。
「さぁ、来なさいよ。来ないなら、こっちから行くわよっ!」
沙羅は前方の敵に向かって駆け出した。
魔術領域は自分を中心に広がっている。中心点である自分が動けば領域も自然と移動する。
ポーチから取り出した、黒く重々しい塊――自動拳銃グロック。普段は使うことのない護身用拳銃。魔術使用回数が少ない沙羅の最後の足掻き。駆け出す沙羅に後退しながら機銃を掃射する『鋼鉄の殺戮師団』に合わせて鈴を鳴らす。ほとんどの弾丸は解体処理できたが、解体共鳴振動をすり抜けた弾丸の一発が、沙羅の右肩を抉った。
「――ッ、痛ったいじゃない!」
意識が朦朧とする――これは被弾による痛みによるものではない。魔力消耗による代償。まだ自分の意識が保てているのならば問題はない。銃弾を撃ち尽くし、魔術を使い切って殺しきれればいい。意識を失った後の事なんて一々考える必要はない。今考えるべきは拳銃と魔術の使うタイミング。
「もう少し――入った!」
全力で駆けていた沙羅の領域内に『鋼鉄の殺戮師団』全機が領域侵犯を視認。沙羅は右手でグロックを構え、左手に吊るしている鈴を鳴らそうと腕を振るった。
「これで仕舞いよって――うわっ!?」
運に見放されたのかもしれない。沙羅は大きく一歩踏み込んだ地面――人間の臓器や油でヌメっていた。見事に足を取られ、視界は天上を向いていた。体感速度の低下――全ての光景がスローモーションに映る。これが死ぬ直前に見ることのできる光景なのかと、妙に落ち着いた感想を抱きつつ、後頭部から響く衝撃と痛み。ひっくり返った衝撃で赤糸は左手首から放られて血染めの床に転がる。脳への衝撃か負荷の限界によるものか――指一本動かすのにも苦労する。
自分の在り方さえ見つけ出す事が出来ずに死ぬ事。
日常と非日常に在る自分を受け入れてくれる二つの家族。ルーガンや黒服達、瑠依といった自分に深く関わった人たちの顔が思い浮かんでは、霞のように消えていく。最後に振り向いた表情の乏しい青年の姿――彼は無表情でありながら、とても悲しそうな色を無表情に滲ませていた。
「魔王、結局あんたの本名分からなかったじゃない」
死にたくはない。だが抗えるだけの力も残されていない。受け入れ難きを無理やり受け入れるしかない。自分に殺された人たちも同じだったはずだ。悪党にも大切な人がいたかもしれない。善良な人にも成したい夢があったかもしれない。沙羅はそれらを命令の一つで、『無意味』な死がまた増える程度にしか考えずに、鈴を鳴らしてきた。彼らの命乞いを聞くだけ聞いて、彼等に鈴の音を聞かせてきた。自分が居の血を惜しむのは間違いだと分かってはいても、未成年という未熟で過ちを犯す人間だ。死にたくはない――その感情が胸中で溢れた時に感じた、頬を伝う温かな感触。
「死にたく、死にたくないよ。こんな人生で、終わりたくないっ」
天井がぼやけて見える。身体が痙攣する。喉はヒクつきしゃっくりが込み上げる。どうしようもない抑えきれない『感情』の渦が、少女の華奢な身体の内部で出口を探して猛り狂っている。
機械兵士に取り囲まれ、黒々とした銃口は沙羅へと一斉に向けられる。その照準は頭部と左胸と腹部。一斉掃射で何千発と近い銃弾が沙羅の身体を穿ち抉り爆ぜさせる。無様で醜い誰かも分からぬ死体に成り果てる。
「誰か、助けて」
最初の発砲音を聞いたと同時に意識は途切れた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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