哀れな生き方に救済を
今日は厄日だと肩が下がる。
部下が気を利かせてくれた休日なのだ。十分に羽休めをする予定だったのに、これでは余計に疲労が蓄積してしまう。
『シャリン』指に引っ掛けた赤紐を乱雑に揺らす――紐を通した鈴が宙で心地良い音を発し――空気が微振動を起こし、沙羅から振動の波が広がった。
本当に最悪の厄日だった。自分には何か良くないモノが憑いているのでは、と勘繰ってしまうほどに。
沙羅の領域内に踏み込んでいた半人半機の兵士――その身を構成する各部位ごとに解体された。地面には綺麗に解体された臓物や骨が艶やかに血に染まっている。見ていて心地の良いものではない。むしろ、この死体を医療発達の為に大学病院に寄付してやりたいくらいだった。
「瑠依、そっちはどう!?」
沙羅背後――領域外ギリギリの位置で、錆びたノコギリを振るって、次々と襲い来る『鋼鉄の殺戮師団』の首筋に叩きつけていく。切れ味も悪く、使い慣れた得物と質量や形状が異なり、研磨した技を活かし切れていない。
「沙羅ちゃん、二体領域に入れましたっ」
だから首筋への衝撃で怯んだ瞬間に手掌の当て身で、沙羅の展開した魔術領域へと押し込む。
「ありがと」
もう一度鈴を鳴らす――全方位に広がる波が対象の微細胞までを撫で、背後で重みのある音と水を撒いた音を耳が拾う。
池袋駅地下で機銃掃射の音が反響する。
沙羅の魔術領域を何発か掻い潜って耳を掠めた。耳たぶを持っていかれたのかと錯覚する痛み。だが耳一つの安否を確かめている余裕はない。背後で奮闘する瑠依も心配だが、今は自分の命を優先的に行動しなければ、間違いなく自分は死ぬ。
普段は人で溢れる駅構内だが、『鋼鉄の殺戮師団』の襲撃によって散り散りになって逃げだした。運悪く巻き込まれて命を落とした者もいる。多量の血液で地面がぬかるんでいる。血生臭さが構内に濃縮し、視覚と聴覚からもたらされる不快感。胸の内でくすぶる苛立ちは、刻々と募らせ爆発した。
「人様の休日を、誰の許可を得て台無しにしてくれてんのよッ!」
床を、壁を、天井を這う尊厳を奪われた兵士に向かって、怒声を乗せた解体振動を生み出した。
魔術という業で艶やかに奏でる沙羅に対し、剣術という技で舞姫のように立ち回る瑠依。
「そろそろノコギリの耐久も限界そうですね。仕方ありません、か」
瑠依はノコギリを放り捨てた。完全なる徒手空拳――構えもない自然体。機械兵士たちは瑠依の実力を見極め、手首から先に装着した禍々しい鎌を持ち上げる。
「マンマ、は死ぬ。可愛い、美味しいマンマ。怖いマンマは嫌ぁ」
「びゃああああああ! マンマァ!」
「ガルルゥ、マンマ、アソボアソボ」
狂ったように幼声と老声が合わさり駅全体に卑しく響く。いつ聞いても鳥肌が立つ声質だが、背後は瑠依に一任するしかない。眼前には十数体の追加分を相手しなければならず、沙羅はうんざりとした溜息を吐いた。前後で敵に挟まれている状況――両脇から掃射なんてされれば、いくら解体魔術でも凌ぎきれない。瑠依もそうだ。沙羅が魔術領域を広げたがために、そこは不可侵なる壁として移動範囲が限られている。
とてもじゃないが、二人固まっての戦闘は適していない。
「沙羅ちゃん」
「なによ?」
「ここは任せていいですか? このままだと――」
「ええ、構わないわよ。私も同じことを考えていたし。でも、一つ条件があるわ」
「うん、私もお願いがあります」
背中を預けられる友――初対面時に殺し合いをした相手と、このような間柄になるまで関係が良好になると誰が想像できたか。
「たぶん、同じよね。私の条件と、瑠依のお願いって」
「そうですね。では合わせますか?」
「嫌よ、恥ずかしい。正確に伝わっているなら、それでいいわ」
「沙羅ちゃん、ここはお任せします」
瑠依と沙羅は背を向け合ったまま正面に駆けだした。
身軽な瑠依は、スカートを翻しながら天上ギリギリを舞い、ブーツの踵で鎌を上段から叩きつけた。着地前に身を捻って瑠依に向けられる数体分の機銃の一つ――掌底で照準をずらし、仲間に誤射をさせた。情報照合から導きだされた未来認識は見事外れ、唯一の欠陥である情報混乱を上手く発生させた。
数秒間の機体停止でも瑠依は上手く利用した。
「借りますね」
ブーツで叩きつけられた兵士の腕――肘関節部分が脱臼していて、皮膚から油管や電子ケーブルが血肉のように飛び出していた。武器としての機能を失った腕に捻りを咥えた掌底を見舞った。
内部機関を皮膚諸共に捩じ切り、肘先から装着された大鎌を掴み取り、初撃を加えた勢いに任せた鋭利な月状刃を一閃。
「マンマァ、助け――」
音も無く首がスルリと落ちた。
「大丈夫です。もう、あなた達のような方を生み出させませんから。だから、安らかに眠ってください」
沈黙した狂気への手向けの誓い。
悲し気に伏せた瞳。人間としての尊厳を奪われた哀れな兵士に、黙祷を捧げる聖女然とした姿。
情報修正を終えて機能停止から返った機械兵士は、悦楽に濡れた歓喜の声を上げて、機銃を瑠依に向け掃射。
「哀しいですよね。辛いですよね。こんな姿に変えられて、酷いことをさせられて」
弾丸は一発たりとも慈悲に暮れる聖女には当たらない。
「マンマだぁ! ボクも遊ぶ、遊びたい。鬼ごっこするのぉ」
瑠依の方にも追加で十三機の兵士。瑠依は一度、沙羅を一瞥して微笑んだ。無垢に優しさを湛えた朗らかな表情。その視線は交わることは無い。自分に背を向けて鈴を鳴らす、勇ましく凛々しい、最愛の友を信じて、チェリーロードを駆け抜けた。
背後から機械音の群れが迫ってくる。
「大丈夫ですよね、沙羅ちゃん」
こんばんは、上月です(*'▽')
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