抜刀殺しの一撃
首筋に毒牙を突き立てられている気分だった。
瑠依は気づいてはいない。彼が誰なのか。糸目をした細い体つきの男は『紅龍七』の首領――張紅露。纏う殺意さえ芯が希薄で感知しづらいが、最大の殺意と快楽をないまぜに濃縮させた陽炎のような男。
「ああ、キミは初めましだネ。『無明先見党』断頭の剣術を得意とする、波多江瑠依君。僕は、『紅龍七』首領の張紅露だヨ。よろしくネ!」
柔和な雰囲気と表情を崩さず自己紹介をする張。
周囲を視線だけで見渡しても護衛と思しき影は何処にも見受けられない。一人で来たのならば何が目的なのか。沙羅は強張る筋肉から徐々に無駄な力を抜いていく。
瑠依もまさかという表情をしていた。このような場所で敵対する組織のボスが、護衛もつけずに話しかけてくると誰が想定できるか。相手の予想を裏切る化け物は、少女二人の反応を楽しむように口角を持ち上げている。
「『紅龍七』。あなたが、あなたのせいで――ッ!?」
瑠依が仕込み杖の白刃を覗かせた瞬間――『シャン』という音と共に一陣の風が、沙羅と瑠依を抜けていった。
「これ、は」
抜き切った仕込み杖――その柄から先には本来在るべき刃が無かった。この一撃で首を落とすつもりだった。沙羅には抜刀の流れを視認する事が出来なかった。常人では知覚することのできない瞬速の領域にまで昇華させた技。
刃は何処にいったのか。瑠依の驚愕に見開かれた眼は鞘に落した。
「刀身を断った、のですか?」
「そうだヨ、中々に速い居合だったネ。でも残念でしタ。僕には届かなかったねェ。技は良くても、なまくら刀じゃ僕は切れなイ」
鞘の中には刀身がすっぽりと収まっていた。どうやって抜刀する瑠依の刀を根元から断ったのか。少なくても張は指先一つ動かしてはいない。
『紅龍七』の本拠地で体験した超人的動きと、距離感を無視した斬撃。今回もその技を使ったとして、鉄を綺麗に断った得物は――沙羅は張を注視してある箇所に視線を止めた――それは張の右手人差し指。わずかだが、指先から血が滲みだしていた。何か鋭利な刃物で切ったような浅い切り口。
「ウフ、お見事だネ。景品は何もないけど、褒めてあげるヨ。僕に薄皮一枚程度の怪我をさせた瑠依君と、得物を切断した種を見つけた沙羅君にネ。でも、僕は話がしたいだけなんだヨ。本当だヨ? 信じていいヨ」
「信じられるわけないでしょ? 敵対組織のボスが一人でこんな所に何の用よ」
「キツイ性格の女の子は嫌われちゃウ。ああ、でも、彼は好きなんじゃないかなァ。強い女の子とかサ」
ニコニコと微笑みながら、どうでもいい話をする張に苛立ってきた。沙羅は左手首に巻き付けた紐を人差し指と中指で挟み込み、いつでも紐を解ける用意を済ませた。本当はこのまま解いた流れで、解体魔術の奇襲に移ったほうが良かったのかもしれない。だが、こちらは戦力でいえば沙羅一人だ。刀を失った瑠依や無関係な人達の命まで奪ってしまう。
『無意味』な死は控えていたが、自分が生き長らえる為の犠牲なら躊躇いなく切り捨てる。いまこの場で動かなかったが為に勝機を逃した。過去の自分との決別とまでは言わないが、生き方を――在り方を変えたのだ。自分が生きる為に友人を――誰かを巻き込むわけにはいかないと。
「ヘェ、意外だネ。単純な猪みたいに食いついてくると思ったけド、学習したんだネ。これはこれは強敵だァ。ウフフ、狩りは楽しくなくっちゃいけないよネ。もし、この場で鈴を鳴らしたら、僕はお前も含めて此処にいる全員を殺していたヨ。偉いねェ」
沙羅の頭に手を伸ばそうとする張の手を払う。
「気安く異性に触るんじゃないわよ! 狩りがしたいなら、私があんたを狩ってやるわよ。ええ、それはもう残酷に、細胞の一つ一つを解体してやるわ」
「アァ、濡れそうだヨ。いいねェ、獅子の眼をしてル。そういえば思い出したヨ。数十年前、お前と似たような眼をしテ、僕の身体を切り刻んで捨てていった奴ヲ。お陰で僕ハ、こんな素晴らしい身体を手に入れたけド。生きていたらお礼がしたいナ」
「はぁ? なに言ってるのよ、あんた」
「ウフフ、なんでもなぁいヨ。内緒の話サ。瑠依君も、ソイツのナイフみたいに鋭利な意思と得物を持つんだネ。そうすれば、僕の事を殺せるかもしれなイ」
張は楽しく酔いしれたカタコトの口調で笑う。周囲はそんな奇怪に笑う男へと不審な視線を向けて、関わり合いになりたくはないと去っていく。誰も警察に通報しようとしなければ、絡まれている少女二人を助けようともしない。自分は自分の事で手いっぱいだと過ぎ去っていく人の群れ。
「だぁれも助けてはくれないんだネ。日本人も冷たくなった時代ダ。悲しいねネ。数十年前の戦争が全てを壊したんダ。僕等は戦争が無くてもアレを使って世界序列を覆そうとしたけどネ」
「それで、それで何人の――何千何万以上の命を踏みにじったんですかッ!」
「覚えてないヨ、そんな小さい有象無象? の命なんてサ。日本の言葉は難しいネ。ウフフ」
瑠依の拳は震えていた。恐怖からのものではない、明確な怒りが瑠依を猛らせている。沙羅は妙に落ち着いている自分にちょっとだけ辟易しつつも割って入った。
「用はそれだけ? なら消えて。私は大切な友達と休暇を過ごしているの。うら若き乙女の空間に中年が割り込む余地はないわ。ああ、そうだ。私も言い忘れてたんだった。次、私の家族を騙し討ちで傷付けたら、本気で殺す。覚えておきなさい」
「シエシエ、覚えておくヨ。じゃあ、僕は帰るから、キミ達も帰り道には気を付けるんだネ。騙し討ちと奇襲は『紅龍七』の常套手段だかラ」
陽気な雰囲気を始終崩さず、張は手を振って人込みに紛れて消えた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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