背後に忍び寄る殺戮の権化
沙羅の中を靄が覆っていた。
言い知れぬ焦燥感。何がそこまで自分を焦らすのか。買い物に集中して気を紛らわそうとしても、心の奥底で抱いてしまった疑問を晴らす事は出来なかった。
「沙羅ちゃん、大丈夫ですか?」
「えっ、ああ、うん。大丈夫よ。今までの無理がここでぶり返してきたのかもね。この買い物が終わったら少し喫茶店に入って休憩しない?」
「そうですね。気づけばそろそろ三時のおやつの時間ですし」
「おやつの時間って、可愛い事を言うのね。おやつなんて食べたいときに食べればいいじゃない」
「太ってしまいますよ?」
「わ、私は太らないし! そう言えば瑠依は細いわよね。胸も大きいし、服装と合わさって破壊力があるわね」
コルセットスカートに白のブラウス姿――こういうファンタジー色の強い服装をした娘は、守ってあげたいと思わせる心理が働く。衣服を大きく膨らませる胸元――『人類の希望と一部の絶望を内包したパンドラの魔法袋』が歩くたびに揺れる。
「沙羅ちゃんだって、胸は――あ、あはは」
「瑠依、何よ。最後まで言いなさいよ。言ってみなさいよ」
「大丈夫だよ、沙羅ちゃん。きっと大きくなるよ、たぶん」
「慰めにすらなってないわよ。むしろ、見下された気分ね」
オロオロと焦りだして、何とかして機嫌を直してもらおうと言葉を模索する瑠依。その様子がおかしくて、もうちょっとイジメてあげたかったが、可哀相かなという気持ちも抱いてしまう。
「冗談よ。ははは、ほんっと瑠依って可愛いわよね。あのヒスな姉を持ってるとは思えないわ」
「お姉ちゃんは、普段は格好いいんですよ。剣術も私なんかより強いですし」
「へぇ、姉妹そろって剣術――流派みたいなのは同じなの?」
瑠依と初めて死合った夜に見た彼女の剣――仕込み杖。容姿も合わさって一見して足が不自由なお嬢様だと思った。その実力は沙羅の魔術を掻い潜り、刃を沙羅の首にまで届かせた――仕込み杖が折れてくれたお陰で、首を落とさずに済んだが、どうして解体振動が通じなかったのかという疑問が残っている。
「私は首を落とす一撃必殺の剣術で、お姉ちゃんは心臓を突く一撃必殺の剣術を使います。お姉ちゃんの突きは、私でも見切れないくらい速いんですよ。相手に余計な苦痛を味合わせたくはなくて、それで渚様に日々の剣術指南を受けているんです」
「姉の剣技を教えちゃっていいの? もし、私が敵に回ったら対策されちゃうわよ」
「大丈夫です。沙羅ちゃんはお友達ですから」
お友達だから大丈夫という自信がよくわからなかった。何がどう転んで状況が覆るか分からない。四組織同盟を結んだからといって、互いに共有できない裏だって潜めているはずだ。
「急所狙いの剣術ね――って、ちょっと待って! 渚に剣術指南を受けてるって言った? あの人って、剣術出来るの!?」
「え、はい。とっても強いんですよ。私も聞いた話なんですけど、『紅龍七』の殺人兵士数十体を瞬殺されたとか」
言葉も出なかった――沙羅でさえ苦戦させられる超感覚を備えた兵士を瞬殺する技量。あの姫将軍は軍師的な役割だろうと認識していたが、部下の統率も取れて実力もあるとなると、各組織の中で『最重要危険人物』は彼女ではないだろうか。明治の頃から日本国守護を影より担っていた極秘部隊。血気盛んな愛国精神に富んだ武人を指揮するくらいだ。上に立つ者が『知』だけでは部下は納得しない。『武』『智』共に有してこそ武闘派集団を纏め上げる事が出来る。
「あんた達がいれば、私達がいなくても『紅龍七』なんて潰せるんじゃない?」
「私達から手を出して、日本国民に大きな被害が出ることを、渚様は良しとしていないんです。仕掛ける時を見極め、犠牲を抑えて最大の戦果を得る――渚様が私達に命じた唯一の掟なんです」
「当然の考えね。愚直な部下は使いやすいけど、それが統率者だと組織は直ぐに壊滅するわ。私も見習いたいところね」
「沙羅ちゃんは、凄いと思います。お世辞とかじゃなくて、本心でそう思ってるんです。組織を築き上げて、部下の命を背負って指示を出さなくてはいけないんですから。私はたぶん、潰れてしまいます。弱いですから、お姉ちゃんとは違って」
困ったように笑う瑠依――その表情はどこか辛そうだった。自分に自信が無い。人の命を背負う重圧は相当のものだ。『紅龍七』の襲撃を許した沙羅は、その恐怖を身をもって知っている。冷静な思考と判断を下せず、気が気でなくなる心のざわつき。もう一度たりとも体験はしたくない。人生経験も浅い二十歳にもならない自分が出来ることは、もっと周囲の知恵と力を借りる事だ。統率者としてはまだまだ未熟だが、それはこれからの経験が埋めて行ってくれる。責任も沙羅一人には背負わせないと言ってくれた仲間たち――家族の温かさが、沙羅に伸し掛かる人命という重荷を軽くしていた。
「自分に自信が無いんでしょ?」
「うん。私の発言が誰かを傷付けてしまうんじゃないかって、それがとても怖くて」
「瑠依はもうすこし姉を見習って、あの高慢なヒス姉は瑠依を見習うべきね。あの姉は確かにうるさくて馬鹿っぽいけど勢いがある。部下に勢い付ける事はできるでしょうね。でも瑠依は誰にでも優しいじゃない。姉が部下を引っ張るなら、あなたは部下の背中をそっと押してあげる。それでいいじゃない。自分は姉に劣っているって考えるんじゃなくて、姉が出来ない事を自分がしてあげる。役割分担って奴よ。瑠依は挫けそうな部下に、優しい一言でも掛けてあげればいいの。こんな可愛い娘に励まされたら、男って単純だから立ち直るでしょ?」
「か、可愛い!? わ、私は別に」
「まさか自覚ない? そんなお人形みたいに小さい顔と服装して、それで自覚ないの!? こっちが驚きよ。粗雑な私に保障されても信憑性はあにかもしれないけど、本当に可愛いわよ」
「沙羅ちゃんだって可愛いです! 可愛い沙羅ちゃんが可愛いって思ってくれるなら、私はそれを信じます。それと、頑張ってみます。みんなの背中を押す役割を」
本当に可愛かった――顔を真っ赤に染めつつも、必死な表情で意を決する瑠依。実直な彼女の姿勢を口にはしないが、沙羅にとっては素晴らしい彼女の長所だと思っている。
「あはは、こんな場所で出会うなんて奇遇だねェ。ちょっと、僕も会話にいれてくれよォ」
喧騒豊かなサンシャイン通り――そのネットリとして掴み所のない霞のような感情が宿った声音。沙羅の心拍が上昇する。こんな場所に居るはずはない。ゆっくりと振り返る――糸目をした長髪オールバックの青年が真後ろでにこやかに、友人にするように軽く手を上げていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
ショッピングを楽しんでいる少女二人の背後に忍び寄った影――張紅露。
沙羅に近付いた彼の目的とは!?
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