早朝のゴミ拾いと自然な笑顔
早朝に沙羅は目を覚ました。
まだ朝日も昇っていない時間。数時間前まで隣人たちとおでんを食べてバカ騒ぎをしていた。久しぶりに楽しいと思える時を過ごし、酔いに気持ちが軽くなった奥田と荒巻はそのままおばあちゃん家の居間で寝かせ、沙羅とレンナだけがアパートに帰宅した。
「あそこまで酔い潰れるくらい、現実の重みが圧し掛かっていたのね」
ダッフルコートに袖を通し、台所の棚下にしまってあるゴミ袋と軍手を携帯して家を出た。夜明け前で一番気温が冷え込んでいる――モコモコしたコートを着ていても、その冷気はじんわりと身に染みてくる。
空気を肺に取り入れるだけ内部から冷やされていく。
「あっ、おばあちゃん!」
「あらあら、稲神さん。こんな朝早くからお出かけなの?」
「ううん、おばあちゃんにはお世話になってるし、その、迷惑もかけちゃったからゴミ拾いを手伝いたいなって思って」
若者の好意を素直に受け入れたおばあちゃんは、嬉しそうにシワを一層に綻ばせて頷いた。階段を急ぎ足で降りて、おばあちゃんの隣に並んで歩く。
「今日は根津神社のお掃除だったから助かっちゃうわね」
「いつも一人で?」
頷くおばあちゃんは不意に小さくゆっくりと笑った。
「無意識だと嬉しいのだけれどね、稲神さん。口調がだいぶ柔らかく、自然になっているわ」
「――あっ!」
言われて気付く――何処か甘えるように年相応な口調で話していたことに驚きはあるが、どうもこの老人を前にすると気が緩んでしまう。本当のおばあちゃんのような温かさと他人を受け入れる寛容さが、自然とそうさせているのかもしれない。
「まぁまぁ、そういう可愛らしい表情が見れたから、早起きの三文分以上の徳ができたわねぇ」
「お、おばあちゃん! からかわないでよ。別に私は、えっと、うん。何でもないわ」
「うふふ、まぁまぁ」
自分のペースが乱れる――だが悪い気はしない。変に相手に威勢を見せることも警戒することもなく自然体で話せる家族。
「お年寄りの余計なお節介かもしれないけど、稲神さん。貴女は一人じゃないのよ。辛いことがあったら、いつでも帰って来てらっしゃい。大変なのでしょう、お仕事の方が」
「うん。とても大変、ね。今まで人を使ったこと無いから、経験不足が直ぐに露呈しちゃって」
「誰にも初めてはあるの、気にしちゃいけないわ。稲神さんは立派よ、こんなに若いのに、人の上に立って、みんなを引っ張るために試行錯誤しているのだもの」
錆だらけの信号は黄色く点滅している。左右には車もその音さえ聞こえない。老人の短い歩幅に合わせて沙羅も車道を横断する。
大きな鳥居と深い木々に覆われた暗い空間。ほんのりと薄青くなってきた空のお陰で、微かに視界が確保できている程度。だが、それでもおばあちゃんは躊躇いなくこれまでより一段と気温が下がる神社の敷地内に足を踏み入れていった。
四月から五月の温かな季節にはつつじが咲き、一度だけ魔王と団子を食べながら花見をしたが、面白い会話一つなく、ただ互いに魔術師であるから交流を持っていただけで、退屈な時間を過ごした。今ならばもう少しだけ楽しい花見にできるかもしれないが、他人を楽しませることには絶望的な魔王では、やはり退屈してしまうかもしれない。
「おばあちゃん、来年につつじが咲いたら、家族でお花見しない?」
「いい考えよ、稲神さん。そうしたら、豪勢なお弁当もつくらなくっちゃ」
「その前に、私に料理とか教えて欲しいんだけど。私もお弁当とか作ってみたい」
「もちろんよ。男の人の胃袋を掴むのが、恋の成功率をあげるのよ」
「べっ、別にそんなんじゃないから! 私はただ、お世話になってる人達に感謝してお返しが出来たらって思っただけ!」
「そういう事にしておきましょうかね」
この人にはかなわないと苦笑した。
「さぁさぁ、始めましょう。ゴミ拾いが終わったら、うちで温かい朝ご飯を作るわ」
「頑張ります!」
おばあちゃんの手料理がまた食べられるなら気合が入ってしまう。
本当の孫のように慈しみに富んだ瞳で、ゴミ拾いに精を出す食い気が強い沙羅へと向けていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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