熱々のおでん
休日のショッピングを堪能して帰宅した。
玄関のポストに手紙が差し込まれていて、封を開けるとレンナからの呼び出しだった。
「帰宅したら至急おばあちゃん家って、もし私が帰宅するのが夜遅くだったらどうするつもりだったのよ」
そんなことを愚痴りながら登ってきた階段を降りて、温かな明りを漏らしている隣の一軒家に向かった。インターフォンを鳴らすと、既に出来上がっている荒巻が、酒臭い言葉と笑顔で迎え入れた。
「あら、稲神さん。お久しぶりね。若いって大変そうねぇ」
コタツに身を寄せ合って各自で酒を飲んでいる大人たち――その中で唯一酔いを見せないおばあちゃんが、温かく包み込んでしまうような笑顔を沙羅に向けて手招いた。卓上のおでんは一切手を付けられていなかった。自分が来るまで誰一人として食事にありつけないでいた。その代わりに酒を胃に流し込んで温まっていたのだろう。
沙羅はなんて言っていいのか言葉が上手く見つけられなかった。だから、おばあちゃんの隣でコタツの熱で、冷え切った身体を温めほぐした。
「おかえりなさい。稲神さん」
「ただいま。おばあちゃん」
気恥ずかしかったが、口が意識とは別に勝手に喋りだした。驚きはなかった。これは沙羅が心の奥底で願った家族の関係性なのだから――『稲神家』にいた頃は、こんな普通のやり取りさえ冷え切っていた。家族としての在り方を『理想』として抱くだけで、現実の家族は修行寺のように規律や修行の日々。食事時も誰も何も喋らずに生きる為の糧としての食事。
ルーガンに飼われていた時もここまでは人間味のある食卓ではなかった。お気に入りの使える駒――愛犬にエサを与えるような――主従関係というそれ以上でも以下でもない在り方。
魔王との食事は味気ない。彼には常に人類の延命という使命感と、何か底知れぬ罪悪が付き纏っている。自分も人の事を言えないが、不愛想で口数も少ない彼と食事をしていても、正直に言えば楽しさは感じられなかった。
『探求者の家』としての食事はどうだろうか。まだ彼等と家族の輪として食卓を囲んだことは無いので、何とも言えない。家族のような組織を目指してはいるが、この日常に在る家族と同じ方向性での家族にはなりえない。
「稲神さぁん! 僕は、僕はなんて駄目な弁護士なんだ! あははは、泣いちゃいますよね。誰一人として正義の弁護ができないんですから!」
「奥田は頑張ってるだろう。正義の機関である警察なんて、目の前の悪も取り締まれない海外の犬に成り下がったんだからなァ! 腐ってる世の中で自分だけは違うって思っていたんだがなぁ」
奥田と荒巻は何やら酒に飲まれてしまっている――悪い方へ悪い方へと思考が巡り回っていた。現実と理想の正義の大きなギャップに、不条理だと声を上げたいのだ。それがこの場でなら許される。
おばあちゃんは、そんな大人二人の涙や鼻水を垂れ流す姿を見て、コクリコクリと頷きながら、新しいお酒を勧めていた。
「ほらほら、大の中年二人がみっともないから泣かない。おばあちゃん、私も発泡酒もらえる? 沙羅は何飲む?」
「え、私はまだ未成年だから、ジュースとかお茶があれば」
「飲んじゃえば? お酒。とっても気持ちよくなれるよ。嫌な事も忘れられるしね。この二人のように悪酔いしなければ、の話だけど」
「遠慮しておくわ。でも、二十歳になったら飲んでみようと思う。その時は飲み方を教えてくれると嬉しい、かな」
「よしよし、お姉さんがお酒の正しい飲み方を教えてあげるとしましょうかね。その時まで元気でいなさいよ」
そこでおばあちゃんが手を打ち注目を集めた。
「そろそろお腹も空いたでしょう? 全員揃った事ですし、おゆうはんにしましょう」
「待ってました! 冬にはやっぱり酒とおでんだよね」
「当然だ。たまに屋台おでんを食うが、具材の出どころが不明で箸が進まない。だが、おばあちゃんのおでんなら安心して食える」
「おばあちゃんは、何を作っても美味しくなっちゃうんだから不思議よね。まるで、魔法ね」
各々からおばあちゃんを称える声があがる。
家族全員での『いただきます』。
熱々のおでんが冷えた胃袋を憎たらしい程に刺激――箸と口が休まる間もなく、次々と大根やたまご、はんぺんを頬張っていく。薄すぎず濃すぎないかつお出汁が具材にしみこんでいる。熱さに涙が浮かぶ。周りの大人たちのどんちゃん騒ぎが耳心地いい。
「私も、守りたい」
沙羅は赤くなった鼻を啜り、ごく自然な――年相応の笑顔を浮かべた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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