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努力を無下にはしない姿勢

 ここ数日まともにベッドで良質な睡眠を取っていない。


 眠気も気怠さも一定の限界を超えると何も感じなくなり、全ての思考や感情といった内部機関が異常にマヒを引き起こしていた。


「はは、もうすぐで朝ね。これで自宅に八日連続で帰ってない」


 虚な赤茶の瞳で窓の外を覗く――次第に青白くなっていく空。鳥達が早朝を報せる鳴き声が微かに遠くから聞こえる。


「頭がスッカスカになった気分で、逆に心地いいわよ!」


 感情の起伏が不安定になるまで働き続けた沙羅は、部屋中に崩れ散らばる資料の群れを一望した。


「世界への探求理論を把握する為とは言っても、みんな詳しく書きすぎなのよ! なに、なんなの!? 世界に抱く謎をこうやって探求したいですって簡単に書けないの? どうして、一人の探求理論にレポート用紙五十枚も使ってんのよ! それが、百何十人分ともなれば読破して頭に叩き込んでたら、時間がかかるに決まってるじゃない!!」


 この散らばる紙面の一枚一枚に、事細かに記された『魔術理論』『魔術媒体』『世界真理への疑問』等が不慣れな日本語で記されている。日本の移住を決意した各国の魔術師達は、沙羅や『探求者の(シェルシェール・ラ・)メゾン』に忠誠と強固な繋がりを築く為に、必死になって日本の文字を習得した。彼らは日本の多様な文字を神秘だと感動し、次々とその探求欲をもって貪欲に吸収していった。


「沙羅、今日も寝ていないのか?」

「眠れるはずないでしょ!! あんた達はいいわよね、純粋に探求欲を満たすべく探究して、お腹が空いたらご飯食べて、眠くなったら眠るんだから!」

「待って欲しい。それは違う。俺達は『紅龍七』との戦闘に備えて、魔術式や魔術の訓練を積んでいる。それに、彼らは純粋に嬉しいんだ。キミに自分たちを知ってもらえることが」

「えぇ、嬉しいでしょうよ! 加減さえ知らない彼らの情熱が、この有様よ!? 一人を知る為に細かな字で書かれたレポート五十枚!」

「だったら、重要箇所だけを読めば――」

「それが出来たら苦労はしないわよ。彼らは自分たちを知ってほしくて、不慣れな日本語でレポート五十枚分も頑張って書いたのよ。彼らの努力と想いを無下にできるはずないじゃない」

「キミは真面目だな。こんな部下想いの魔術師の下で魔術探求を出来る事が幸せだ」

「そ、そう。まぁ、いいんじゃない。私は古いやり方とか知らないし、誰にでも伸びるチャンスがあるのなら伸ばしてやりたいだけ。そのためには一人一人の人間性って奴を知っておかなくちゃいけないのよ」


 沙羅は頬を赤くする。真正面から沙羅を見据えて、そんな恥ずかしい事を言われるとは思ってもいなかった。魔王は苦笑しながら紅茶を淹れてくると部屋を出た。


 床に散らばった資料を一枚一枚拾い集めてファイリングしていく。個々に記されている情報は全て頭に叩き込んだ。誰がどのような魔術を行使して、どのような魔術式を得意とするのか。些細な情報――好きな食べ物や休日の過ごし方、好きな女性のタイプ等々。ここ連日休むことを知らない脳内で、彼らの特性を活かした適材適所の役割を振っていく。


「沙羅様、執務中失礼いたします。我々一同、沙羅様には感謝しております。一人一人のどうでもいいような情報にまで目を向けてくれている事に。ですが、その、えっと、鏡はご覧になられましたか?」

「は――鏡? 見てないわよ。シャワー室に取り付けてあった鏡もこの間の襲撃で割れちゃったし。で、鏡がどうしたのよ」

「い、いえ! 沙羅様が多忙になられたのは、我々が嬉しさ爆発させ、レポートを書きすぎたせいです。我々が言うのもおかしいですが、休暇を取ってはどうでしょうか? ここ最近、ご帰宅もされていないようですし」


 申し訳なさそうに低姿勢で沙羅の顔色を窺う――だが、その視線は沙羅を注視する事なく、視線をいったりきたりと左右に揺らしている。


 沙羅は溜息を吐いた――部下に恐縮されたいわけじゃない。自由に伸び伸びと探求に励んでもらい、戦う時には戦ってもらいたいと思っている。その沙羅の溜息一つにも部下の男は、身体をビクつかせて身を縮めていた。


「待って、今の溜息は貴方に対してのものじゃないわよ! 嬉しい申し出なんだけど、うん、とっても嬉しい。私の事を気遣って言ってくれたのよね。貴方達はいい人よ。でもね、私は一刻も早く全員の事を知りたいと思ってるし、『紅龍七』との戦闘に備えて、適材適所の役割を決めておきたいの」

「沙羅様、失礼します! こ、これが、いまの沙羅様のお顔色でごいざいます!」


 部下の男は折り畳み式の手鏡を開き、すり足で沙羅の目の前に近寄って深く頭を下げる。彼の掌にある手鏡に映る自分の容姿――顔はむくみ、眼は大きく見開かれて、瞳孔には虚色に染まり上がっている。肌もカサカサとしており青白い病人のような表情をした沙羅が、口角を品なく歪めて釣り上げていた。


「こ、これ、私なの?」

「はい! 我らが統括者、稲神沙羅様のお顔でございます」


 衝撃的だった。まさかここまで疲弊しているとは思ってもいなかったので、受けたショックも尋常ではなく立ち眩みを起こした。ホラー映画に出てくるサイコ女のような顔。大きくうな垂れると髪が顔を覆い隠す。


「――ヒィ!?」

「あ、あはは、はは。怖いわよね。ええ、分かるわ、私も今の自分を直視して衝撃的だったから。本当に悪いんだけど、やっぱ二日間だけ休暇をちょうだい。こんなんじゃ、戦闘もまともにできないわね。頭がスカスカで回らないのよ」

「是非とも! 二日と言わずに四日くらいなら、我々で持たせられます。それに、万が一には鈴木様もいますから」

「鈴木って誰よ?」

「え、鈴木様ですよ。沙羅様の右腕の」

「私の右腕は魔――ああ、鈴木ね。そうだった。思い出したわ。鈴木すずき牧夫(まきお)


 彼らの前では『魔王』と呼んではいない。誰かがいる時は、いつも呼び掛ける前に彼は沙羅の近くにいるので、魔王が『鈴木』という偽名を使っている事を忘れていた。偽名を名乗るのであればもう少し凝ってもいいのではないだろうか。もしかすると鈴木牧夫という名こそが彼の本名なのかもしれない。なにせ魔王は自分を語らない。沙羅にとって魔王は謎が多すぎる協力者なのだ。だがそんなことはどうでもいい。名前が佐藤だろうが鈴木だろうが、仲間であるのなら個人識別単位に意味は無い。彼が話したくなって話す時が来たらしっかりと聞いてあげればいいのだから。


「私がいない間は全権限を鈴木に任せるわ。何かあったら直ぐに連絡して。いい、変な遠慮とかいらないから。一瞬の躊躇いは身を滅ぼすこともあるわよ」

「はい! 連絡係にそう伝えておきます」


 男は一礼して部屋から出て行った。沙羅も身支度を整えて帰宅準備に取り掛かった所で、紅茶を淹れた魔王が戻ってきた。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は31日の0時になります。

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