魔王の使い魔――マリィ・シャルル二世
組織運営に必要不可欠な、人を動かす為の熱量がここにある。
「ありがと、ルーガン。助かったわ」
「これは取引だからね。キミの今までウチで働いて築いた信頼の額だよ。じゃあ、来るべき時には――」
「えぇ、約束は守るわ。それじゃ」
『探求者の家』で一通りの行動についての目処を立ててから、『繁栄には美酒と口づけを』に足を運んだ。上野の閑散とした廃墟のような街並みを否定した在り方に誇りを持つ繁栄都市――新宿。
サーチライトが街を、空を照らし、商業ビルの多色のネオン光がキラキラと灯している。人の活気に溢れる歓楽街は、貿易業を日本国から一任されたルーガンによって一新され、海外技術を輸入し、次々と人の欲望を満たす娯楽を生み出していた。
国内外の物資という国を生かす血液の血管を牛耳っているルーガン。彼の眼を盗んで非合法な物流をしようとした者は、取引先の企業や個人もろとも忽然と姿を消すとまで噂されていた。
「噂じゃなくて、事実なんだけどね」
時刻は二十時――夕食を済ませていなかった沙羅は、空腹に手頃な店を探していた。ふと耳に入る売人達の囁き声。
「薬物の流通が滞ってて、やりにくいな」
「ああ、そうだな。まぁ仕方ねぇよ。この区域を仕切ってる、あの馬鹿デカい企業ビルの社長様が裏社会の犯罪組織を一掃したって噂だしな」
この街の裏側に潜んでいた犯罪組織を一掃した本人が此処にいる事も知らずに、彼らは自分の生業に見切りを付けようとしていた。こうやって少しずつだが、アジア最大の歓楽街は色合いを変えていく。
「ほんとにルーガンは、よくやるわね」
防衛力と国際的立場を失った日本国に、ルーガン・ジャックワードは眼を付けていた。『紅龍七』のように表立って日本国を潰すのではなく、彼らを信頼によって懐柔させ、意のままに国の権利を行使する。それが企業家としての彼の支配の仕方。
『初夜に耽る子猫の吐息』も同様に、武によっての略奪ではなく情報という信頼のおける弱みを握る事。常に自分こそが立場は上だと躾ける為の餌――それが女王としてのマグダレーナの支配の仕方。
「逆に治安が良くなってるのは、いいことなのだけど」
自分の庭は綺麗にしておかなければ、取引先に悪印象を与えてしまう。故に腐っている個所は摘出しなければならない――そのための稲神沙羅だった。
これまでの汚れ役を一身に請け負って新宿浄化活動を成し遂げた。来る日も来る日も事務所に襲撃し、都市部の闇に生きる生業を全て根絶してやった。それが、稲神沙羅という名を一部の裏社会に知らしめたのだ。
「信頼は金に繋がるのね」
資金手繰りにルーガンと取引を持ち掛けた――取引材料は魔術師という生業の情報――風化した時代に生きた彼らの史実や生き方をレポートに纏めた。当然だが、沙羅にそんな昔の魔術師の日常生活や行動指針なんて書けるはずもなく、そこは魔王の記憶を頼りに徹夜で書いてもらった。
そのレポートを読んだルーガンは大変興味を抱いたようで、冗談には見えない冗談交じりの微笑みを浮かべて、探求者の家を数十億で買収しようと持ち掛けてきた。そんな大金を積まれても首を縦に振れるはずもなく。丁重に断りをいれて、近いうちに魔王を紹介するという条件で八億の大金を譲り受けた。
「運営資金はこれで大丈夫そうね。むしろ十分すぎるんじゃないかしら? ちょっと、趣味に使っても」
「沙羅、こんな所にいたのか」
「――うわぁ! ちょ、魔王!? いきなりビックリしたじゃない! なにしてんのよ、こんな所で」
「沙羅が迎えに来てくれと言ったんだろう。忘れてしまったか?」
「ああ、そういえばそうだったわね。忘れてたわ」
魔王は小さく肩を竦めるだけで何かを言おうとはしなかった。寝不足なのか――いつもより口数が少なく顔色が蒼白だった。不老不死であるならば過労死をすることもない――そんな外道な思考を察した魔王は、小さく溜息をついた。
「レポートのせいで手が痛い。それで、俺の働きは幾らになった?」
「たんまりと、八億よ。悪いけど、今度時間があるときにルーガンに会ってもらうわ。あんたのレポートに心惹かれていたわよ」
「気は進まないが、援助してもらったのだから、致し方ないか」
魔王は早く帰って休みたいという意思表示――沙羅の腕を引き人目のつかない廃屋の角に連れ込んだ。穏やかな魔力を乗せた詠唱に合わせて、地面に赤く発光する魔法陣を描き出した。
「来い――マリィ・シャルル二世!」
魔法陣から真っ白い煙が空に向かって溢れ出し――可愛らしく甘えるような鳴き声。煙は風に乗って霧散――三メートルはありそうな、草原色の体毛をした巨鳥が姿を現した。
巨鳥のつぶらな黒い瞳は、魔王へと向けられている――『親友』『恋人』『忠臣』『家族』親しき情を一人と一匹から感じられた。悪魔との友好的な関係性は契約によって捧げる対価にも関わってくる。
「いつも、すまないな。今日もお前の背に乗せてくれ」
柔らかそうな頬で魔王に頬ずりする鳥は喉を鳴らした――肯定の意なのだろう。そのまま身を低くして、魔王と沙羅に乗るよう顔を向ける。
「おじゃまします」
この巨鳥――マリィ・シャルル二世という、へんてこな名前だと初めて知った。まさか魔王が名付けたのではないだろうか。もしそうならばその壊滅的な名付けのセンスを疑ってしまう。そんな事をぼんやりと考えていると、臓器がグッと押さえつけられる――羽を大きく広げたマリィが空高く風を切って飛び上がった。数秒もしないうちに高度は二百メートルを突破し、どんどん高度を上げていく。
夜の首都圏に灯った明りは、星の明りさえも呑み込んでしまうほどに眩しかった。だが、ほんの少しだけ綺麗だと、その光景に心を奪われた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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