名乗りたい母の姓
魔術師達との顔合わせは、問題なく終わらせることが出来た。
問題は拠点となる場所の確保だ。魔王が拠点探しに日夜動いているが、沙羅が提示した条件に当て嵌まる物件はそうそう見つからない。
「襲撃に備えて見晴らしの良い場所。大規模人数を収容できる広さ。魔術師達が静かに探求欲を満たせる環境、か。なかなかに難しい」
都心部とは言え閑散とした上野――静かを通りすぎて不気味なほど静まり返っている。貧しき者達が肩を寄せ合わせてコソコソと生活する区域。第三の条件は満たしているが、問題は残り二つの条件。
「大きな建物ほど、先の大戦で廃墟と化している」
上野一帯を何度も歩き回り、ふくらはぎに鈍い痛みを感じた時と同時に、上野公園内にある元美術館前に辿り着いた。
「ここくらいか」
二日前に魔術師達との顔合わせの場として使った施設。今は誰の手も入っておらず、時々、寝泊まりで使う程度。高所にあり、周囲も開けているので見通しは良い。美術館だけあって、館内の広さも申し分ない。
誰かが管理しているわけでもないので、公的な手続きは必要としない。後はこの場にガスや電気を引かなくてはならないが、それは委託業者にでもやってもらおうと、沙羅に連絡を入れる。
「ちょっと、魔王。今何時だと思っているのよ」
言われて腕時計に視線を落とす――深夜の二時半を過ぎたところだった。ふくらはぎも痛むはずだと少し自分に呆れた――七時間も歩きっぱなしだったことに今初めて気づく。
端末越しの沙羅の声質は酷く眠そうで、少々棘のある苛立ちを孕んでいた。
「聞いてるの? ねぇ」
「ああ、聞いている。拠点が決まった。上野公園内の美術館にする。キミの提示した条件を満たす場所が他にはなかった」
「そ、そう。ありがとう。まさか、今までずっと探し回ってたわけ?」
「そうだ。拠点は早く見つけておいた方がいい。遠路はるばる足を運んだ魔術師達に失礼だ」
通話をしながら植え込みの石垣に腰を下ろす。周囲の闇に溶け込む黒衣を着込んだ魔王は、ふと空に視線を向ける――月明りが静かに地上を照らしている。流れる時代で不変の在り方を貫く月は自分の在り方と重なった。
「それで、正式に拠点として使えるのはいつぐらいからなの?」
「そうだな。電気やガスを引かなければならない。委託業者次第だ」
「待てないわね。いいわ、それは私が手配しておくから、貴方はゆっくり休んでなさいよ。そもそも貴方はいつも何処で寝泊まりしているの?」
「決まった場所では寝ていない」
正確に言えば月が見える場所。屋根があっても必ず月明かりが自分を包み込んでくれる場所で寝泊まりしていた。沙羅の眠気は声を通して窺えたので、詳しい話はまた後日ということで通話を切った。
再び静寂が舞い戻る――虫の音が背後から聞こえた。荒廃した時代であっても、シッカリと命を感じられる。それだけで、自分の犯した行為は無駄ではなかったと安堵できる。
「寂しい、な」
不意にこぼれた本心に驚いた――時代に取り残された自分を置いて、誰もが先に逝っていく。出会いと別れ、そしてこれから先も同じ人生を歩んでいく。死を否定した対価が他人との別離。愛する者も愛してくれた者も、平等に自分を置いて死んでいく。稲神沙羅も例外ではない。命あるものは例外なく朽ちる――自分を除いて。
「あいつは、死ねたのだろうか」
過去に出会った不老不死者――稲神聖羅。歴代最強の魔術師と評される狂人は、今もこの世を彷徨い生きているのだろうか。だとしたら彼女は、どのような心境で生きているのか。
終わりなき生――本当に人類が望んだ理想だったのかと疑問を抱く。この身体の時間は完全に停止している。病気にも掛かることも無い、誰もが欲した究極の不老不死の会得。
「母さん、父さん。俺は、貴方達と死後の世界で会うことは出来ないのか?」
若くして亡くなった母。魔術師として高みを目指した父――二人と過ごした短くも色濃い幸せの時間。魔王が生きていく中で、記憶の忘却に溶かしてはならない思い出。
母の葬儀が幼い魔王に『死』という恐怖を与えた――人はこうも簡単に、唐突に死んでしまう。死は大切な人との別れならば、死を拒絶すればもうこんな悲しい思いをしないで済む。幼い自分に根強く芽吹いた魔術理論――死を遠ざければ別れは訪れない。命が灯り続けた先にこそ世界真理を見出せるかもしれない。だが、会得した不老不死もやはり、大切な人との別れをもたらした。
母はどうして若くして亡くならなければならなかったのか。一度だけ父にその疑問をぶつけ――あの子は、命を賭して守りたいものがあった。あの子はその選択を悔いてはいない。父は淡々とそう答えた。その時の父の言葉への疑問は、今でも解けずにいた。
「どうして、母さんが死ななければならなかった! 死んでも悔いはない選択とはなんだッ!」
幼い頃の記憶の母は、賑やかで抜けている所があったが、とても真っ直ぐで眩しかった。夜になると、ベッドで月を眺めながら一緒に寝た――母の温もり、母の声、母の愛情が、孤独に生きる魔王の心を酷く締め付けた。
感情の爆発は定期的にやってくる。抗いようのない現実に嘆く子供のように、胸中に蠢く悲しみと悔しさを混ぜ合わせた感情を吐きだす。
「俺は、俺は、母さんを否定した生き方をしている。もし、母さんに出会う事が出来たら、俺はもう一度母さんの姓を名乗りたい――『津ケ原』の姓を」
こんばんは、上月です(*'▽')
今回の話でピンときた方はいるでしょうか。
『世界真理と魔術式』の主人公、津ケ原透理と魔術師としての師匠ルア・ウィレイカシスの間に出来た子供です。
ストックが無くなってしまいそうなので、一週間ほど投稿を休止します。
予定では14日くらいに投稿できればなぁと思っております。




