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旧時代の誇りを手に

 一同の視線を浴びながら沙羅は、舞台の上でマイクをスタンドに戻した。


 もう二度とこういうことは御免だった――数百人と集まった人達の目の前で、これからの魔術師じぶん達の在り方と、目指す先を全員に言い聞かせた。どのような反応が返って来るかも分からない緊張――手に持つマイクは小さく震え、口内も乾ききって言葉を上手く吐き出せなかった。それでも、此処に集った同族達は沙羅の声を胸に刻みつけるように静聴していた。


 演説が終わると同時に盛大な拍手が送られて、ようやく肩の荷が下りたと安堵の息を長々と吐いた。舞台下では魔王が気を聞かせてグラスに注がれた水を手渡してきた。


「見事な演説だった」

「そりゃ、どうも。もう、こういうのは嫌よ。今後は貴方にこの役を押し付けるから」

「心得た。ひとまずは、キミの今日の仕事は終わりだ。後は好きに飲み食いしてくれて構わない」


 朝から何も食べていない事を思い出した沙羅は、喉を潤した次は胃袋を潤すべく、長机に乗せられた数々の料理へと向かう。皿に料理を盛っていく間も、他の魔術師達から代わる代わる個々での自己紹介――正直言うと面倒くさかったが、彼らの好意を無為にするのも得策ではないと、盛り付けながら簡単な挨拶を交わしていく。


 ようやく落ち着ける時間を確保し、盛りに盛った料理を校内に押し込んでいく。食べれるうちに食べておかなければ、次はいつ食事にありつけるか分かったものではない。各所から聞こえる探求理論や世界真理といった、普段では耳にすることのない内容が沙羅の耳にも届く。その声はとても楽しそうで、これからの彼らの為にも自分は足を前に進めていかねばならないと改めて実感させられた。


「空腹は、満たされたか?」

「えぇ、急いで食べてたから味なんて分からなかったけど、ね」

「そうか、残念だ。では、今度ゆっくりと手料理を堪能してくれ」

「やっぱり、この料理って」

「俺の手料理だ」

「ふぅん、誰かに教わったの?」


 魔王は一拍の間を置いて答えた。


「俺が幼い頃、母親が教えてくれた。子供を大きくしたような人だったが、料理はとても上手だった。父も、母の手料理を食べる時は自然に笑っていたと思う。俺の古い記憶で唯一、光が宿っていた時間だ」

「そう。温かい家族団欒の食卓なのね。温かそう」

「ああ、温かかった」


 稲神家の食卓風景は酷く寒々としていた――元凶は祖母の存在だった。寡黙で所作一つで怒鳴り散らす気難しく威厳に満ちた絶対者。沙羅と詞羅はその食卓事情が堅苦しかった。妹の希羅は無表情ながらも満足していたようだが、濃い味付けも無味無臭に感じてしまうほどに生きた心地がしない苦痛の時間だった。


 母はそんな冷たい時間であっても優しく微笑んでくれていた。唯一の心の拠り所は、やはり母という偉大な存在だった。


「稲神家にもこの事を伝えてある」

「――はぁっ!?」


 素っ頓狂な声に、周囲からは何事かと視線を向けられる。沙羅は何でもないとジェスチャーで皆に伝え、魔王と視線を合わせる――いったい何を考えているのか、と彼の真意を読み解くために。その感情の希薄な瞳には一切の揺らぎや困惑は窺えない。


「で、あの糞ババアと希羅はなんて?」

「両名とも不参加の意を提示した」

「まぁ、私が率いる組織に加担なんてしたくないでしょうね」


 意外にも魔王はそれを否定した。


「突き放したものではなかった。当代――いや、久実羅くみらは先代か。あの方は、信じられないがこう言っていた」


 久実羅とは沙羅たち姉妹に、魔術の教養を積ませていた祖母の名前だ。彼が言ったように久実羅が先代であるなら、家督は希羅に譲り渡して隠居でもしているのだろう。だが、魔王の言葉に違和感を覚えて眉根を潜める。


「沙羅が自分で自分の道を見つけ歩むのであれば、過去の存在である自分が出張るも無粋だと、言っておられた。あの方はどこか、安堵しておられるようにも見えた」

「あの糞ババアが? ははは、とうとうボケちゃったんじゃないの? あの人がそんな事を言うはずないわよ」

「信じるも信じないもキミ次第だ。それと、希羅からは、姉様をよろしくお願いします。と頼まれている」


 希羅に関しては予想していた通りだった。鉄面皮だが内面は家族想いの優しい妹――当代としてどのような魔術師に成長したのか、沙羅には想像も出来ないが、昔と変わり無さそうで安心した。同じ家で育った三姉妹はバラバラに己の道を歩んでいる。詞羅も今はどこで何をしているのか、いつか旅に出ると言っていた、喧嘩ばかりしていた姉――彼女もきっと魔術師として、貪欲に探求欲を満たしている事だろう。


「信じるわよ」


 それは魔王の語った祖母の内容にではなく。今も己の道を歩む姉妹の生き方を。


「資金手繰りの件だが――」

「そこは問題ないわよ。私なりのやり方で組織運営をしてみせるから」


 沙羅はポケットから黒い端末――画面にはルーガン・ジャックワードという名。沙羅は躊躇いなく通話ボタンを押して、端末を耳に当てる。


「ルーガン、私よ。もう組織は形として成り立っているわ。私と同盟組織としてではなく、個人での取引をするわよ」


 落ち着いた口調と相反する歪んだ笑顔――沙羅は何かを企んでいる。魔王は良く分からないが、覚悟をしておいたほうが良さそうだ、と小さく嘆息した。


 通話を切った沙羅は、再び小さな壇上に上がり、全員の視線を集めた。


探求者シェルシェール・ラ・の家(メゾン)は、これより四大組織の五番目に名を連ねるわ。今の時代は昔とは違う。過去の残骸と罵られた私達の神秘を、私達は奪い返すのよ――尊き探求の光を!」


 集う魔術師達から大きな歓声が上がる。


 魔王は離れたところで小さく苦笑した。


「まるで、宗教だな」

こんばんは、上月です(*'▽')



昨日投稿するつもりが、寝落ちしてしまいました。

次回は魔王視点での話となっております。


次話投稿は6日の0時を予定しております


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