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集いし想いを一つに

 気持ちが逸り、十分な睡眠がとれなかった。


 日の出と共に自室を出ると、警察制服に身を包んだ篠巻と鉢合わせた。制服姿の彼は穏やかな顔で芝居がかった敬礼をして見せた。


「朝が早いね、稲神君。俺はこれから交番勤務だ。何かあったら頼って来てくれていいからな」

「はい、そうさせてもらいます。お勤め頑張ってください」


 彼等と親睦を深めたお陰か、肩肘張らずに家族のようなやり取りが常となっていた。篠巻は照れ隠すように制帽を被り直し、カツカツと足軽く階段を下って行った。そんな彼の後姿を見送り、正反対側の団子坂方面へと歩き出した。


 魔王との集合は十一時――今から五時間後。肌寒さは眠気を一瞬で冴えさせてくれる。辺りは静か――大通り方面からトラックの重厚な荷揺れの音が時折届くくらいだ。


 『千駄木』は都市主要部のように科学的恩恵は受けていない――時代に置き捨てられた閑静な地区。深夜のド派手なサーチライト光も無ければ、人々の喧騒、パチンコ店や娯楽施設の耳障りな騒音もない。緩やかな坂を上ると左側面には鴎外記念館がひっそりと静かに在る。沙羅は小説を始めとした娯楽や教養書を一切読まない。幼い頃から魔術関連の小難しい内容の書を強制的に読み込まされたせいで、活字というものに拒否反応を示すようになった。かといって、絵で物語を追って行く漫画も読む気がしなかった。


「彼らの目の前で演説の真似事をしなきゃいけないのよね」


 大勢の前で訴えかけるように――意思を共有させるように話さねばならない。今までそういった事をしたことが無いので、その場面を思い描くだけで腹部に重圧がかかる。これからの『社会』これからの自分の『在り方』を左右する重大な場だ。そのことが脳裏に嫌らしく纏わりつき睡眠が取れなかった。浅い眠りは動悸と共に意識が覚醒。いっその事、もう眠らずに起きていようと家を出た。


 重くのしかかる数時間後の不安。何度溜息をついたか分からぬうちに、大通りを歩いて不忍池に足を運んでいたことに驚いた。いつ団子坂を下ったのか。


 社会的貧民層が巣食う上野の街。早朝からドラム缶に廃紙や木をくべて暖を取っている者もいた。劣化が目立つ雑居ビルの窓は割れ、湿った腐敗臭が風に乗って沙羅の鼻腔を刺激する。反射的にえづき、喉の奥が酸っぱ辛い刺激に涙目になるが、一瞬でも自分を悩ます種が腐り落ちた事がおかしかった。もう少しで醜態を晒す――晒した自分の姿を描いて苦笑し、気分がだいぶ軽く楽になった。


「こうなったら、勢い任せよ!」


 意気込んで朝食を食べようかとも思ったが、上野にまともな飲食店は無く、早朝では素材不明の闇飯屋も赤錆シャッターを閉じている。彩も無い灰色に染まった上野の在り方。


 白い吐息を泳がせ、不忍池に浮かぶカモを視界の隅に映しながら弁天堂を横切る。砂利を踏みしめる子気味良い音。不忍池を抜け、車道の向かいに続く石段を登っていく。風に撫でられて揺れる木の葉の擦れる音――新宿で過ごしていた時には、聞くことが無かった自然の音色。


不規則な大きさの石段を登り切れば上野公園内。先に待ち合わせの場所を確認しておこうと禿げた桜の木が並ぶ通りを一人で歩く。春になれば満開の桜を咲かせ、今では上野の生きる者達が、安酒と得体のしれない料理を口にしながら騒ぎ立てる。無賃でも豊かな楽しさを謳歌することができる――持たぬ者は失うものがない。何事も悪くとらえるのではなく、一つでも希望を見出せる理由付けをすることだ。富める者から一転した生活を始めた沙羅だからこそ、その在り方を見出した。


「どうして?」


 我が目を疑った――待ち合わせの時間まで、まだ数時間あるはずだった。それなのに、ざっと五十名以上の人が集まっていた。その中の一人――黒いコートを纏う長身の男と目が合う。


「魔王、どうして!? だって、まだ時間まで――」

「だいぶ余裕はあるな。だが、彼等も念願だったんだ。その逸る想いを、俺は止められない」


 沙羅の姿を見て周囲からは歓声が上がる。小娘だと見くびるような視線はなく、各々がその瞳に宿す希望に満ちた感情。


「もう演説でもする?」

「いや、まだ全員が集まったわけじゃない。それに、ここでは目立つ。廃美術館ここに全ての用意が出来ている」


 魔王の背後に建つ立派な建造物――昔は絵画を中心に展示していた美術館。今は退廃という時代の名残をその空虚な空間に飾っている。


 沙羅を先頭に続く魔王と魔術師達。この場にいる全員が――熱に浮かされている。夢という熱。先祖達が世界真理の探究に励み、魔術師として認められていた時代に存在していた、魔術師達の拠り所。


探求者シェルシェール・の家(ラ・メゾン)

「そうだ。これから再び日の出を見るんだ。俺達、魔術師が」


 廃美術館だというのに、床には埃一つなく窓ガラスも割れていない。一日二日の清掃で成せるものではない。施設内奥の広間には長机が並び、大きな器には肉や野菜、魚やパンなどの立食パーティー様式の準備が整えられていた。


「キミの演説舞台はあそこだ」

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は4日の0時を予定しております!

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