五番目の組織――シェルシェール・ラ・メゾン
新宿の街を一望できる会議室。
広々とした室内の中央――大きな円形会議机にて顔を向き合わせる四人の男女。各々がその表情は蒼白とし、失意に呑まれていた――一人を除いて。
朝日を背に席を立つ少女はゆっくりと――彼等の意識という土壌に、根強い芽を植えんとするように口を開いた。
「今の報告が『紅龍七』の保有する戦力と、彼の実力。各々が雑兵を掻き集めたところで、世界大戦で数多くの人間を屠った人機兵士と、彼らの欠点を改良した兵士の前では、何の障害にもなりはしない。だから、この場であなた達に私から案を提示するわ」
早朝からルーガンに緊急会議を開いてほしいと要請をした。自分から組織を抜け出したのだ、断られるかもしれない可能性もあったが、すんなりと承諾してくれた。襲撃を受けた『繁栄には美酒と口付けを』本拠地――戦闘行為があった事さえ疑ってしまう清潔感。清掃の行き届いた内装は沙羅を初め、事情を知っているマグダレーナと渚は呆然とした。
引き連れた護衛達は本拠地周辺と社内警備――渚が連れてきた芽衣は社内。マグダレーナに付き従う、天使を彷彿させる穏やかな顔立ちの少年――ミカエルは、周辺警護を買って出た。内部と外部の役割に分かれ、各組織の精鋭とルーガンの精鋭を纏めて現場指揮を執る。
主人と離れることに意義を強く唱えた芽衣。本来であれば敵同士の間柄、彼女の意見はもっともだが、渚がそれを静かに説き伏せた。
「その視界で捉える事の出来ぬ斬撃――異能と言ったかえ。いまいち、何が起きたかも理解しておらぬ者の言葉では、脅威がいか程のものかは計り知れぬ。だが、『鋼鉄の殺戮師団』を上回る兵士が数を揃えておるのであれば、此方の僅かの兆しも途絶えるのぅ」
「私と寝た男は、一言もそのような部隊の存在を口にはしなかったわ。という事は、張の独断で研究を進め、成功した、ということになるのかしらね」
「僕達にわざわざ忠告をしてくれた事には礼を言うよ、沙羅。だけど、どうして――いや、それは愚問だった。僕達という戦う意思がある者が在るうちに、戦力を纏めて戦うべきだということだね」
沙羅は曖昧に頷いて見せる――ルーガンは眉根を小さく潜ませ、沙羅の真意を探るような色を眼に泳がせている。
「えぇ、私が言いたいのはそういう事よ。でも、その前に言っておきたい事があるの。私は上野を拠点として、四大組織の五番目に名を連ねるわ、直ぐにでもね」
失意に沈んでいた三人の纏う雰囲気が一変していた。それは『警戒』と『困惑』を混じり合わせた視線。
「組織っていうのはね、簡単に説明すると、二人以上の共通目標を掲げる集まりを言うんだ。キミの『在り方』に共感し、何かを成そうという者がいるのかな?」
彼等には魔王の存在は一言も話してはいない。『紅龍七』の潜入には大幅な虚飾を散りばめて話した。人を見定める側に在る彼らの洞察眼を上手く躱せたかは、自信も無ければどうでもいい事だった。彼らに伝えたい題は二つ――『紅龍七』の保有戦力。沙羅の『組織』参入であった。
「沙羅はどういった理想で、同意を得られる共通目標を掲げるのかな? 未成年であるキミの言葉と理想を誰が共感し、求める?」
ルーガンの言葉にもっともだと同意を示すように黙する渚とマグダレーナ。彼らは失念していた――沙羅がどのような生業をしているのかを。その業界ではかつてどれほど力を持った『稲神《家柄》』なのかを。
「私が掲げる組織名は、そうね――」
改めて教えてあげなければならない。
「『探求者の家』、よ」
かつて百数年前に魔術組織の中で最大規模の所属魔術師を有し、最高ランクの実力を持つ者が数多く在籍した魔術師の砦。それを今、この荒廃した日本国首都に再び興そうとする沙羅。世界各地で路頭に迷う魔術師に再び意味を与えるのだ――探求という『魔術師』としての意味を。魔王には自前の連絡手段を最大限に使ってもらい、世界中の魔術師を集めて貰っている。一般の魔術師が声を掛けても、誰もその声に賛同して声を上げようとはしないだろう――だからこその『稲神』。魔術史で代々優秀な魔術師を輩出する、由緒正しい魔術師の家系の名を。
お前らしく生きろ――祖母の短い手紙を都合よく解釈して実行した結果がこれだ。組織が壊滅し、魔術師も後ろ盾を失い、渋々探求の道から背を向けた者達。そんな彼らに再び希望を与える為に組織を再興し、今では何の『意味』も持たない稲神の肩書に、再び発言力と意味を与えようとしていた。
「ふふ」
沙羅は可笑しくて小さく笑った。解体するのが自分の在り方だと思っていたが、まさか解体されたものを一つに纏め上げようとしていることに、興奮の熱が胸の奥底から沸き立ってくるのを感じていた。堪え切れぬ可笑しさと、やってやろうという熱に喉が引きつり『クク』と喉が鳴ってしまう。不自然な様子の沙羅に、三人は怪訝な視線を向けた。
「『防衛組織』『貿易組織』『売春組織』『過激組織』に『魔術組織』が加わるのよ。どう、少なくても『無明先見党』にとっては、悪い話ではないでしょう? だって、私は波多江瑠依とお友達なんだから、ね」
沙羅個人は表面的な付き合いでいいと思っていた瑠依。だが、この場でこそ表面的な役割も大きな成果を残す。渚をまずは陥落させるために、もう一言二言を繋ぐ。
「私は魔術師として、世界真理を探究したいの。静かに、ね。私がルーガンと袂を分かったのは、自分の在り方を追い求めたいから。命の危険に怯える必要も無く、私が私らしく生きる為」
「私らしく生きるとは、どのような生き方を望むのかえ?」
「平穏よ。それに、魔術師の歴史で、魔術師家系で名を馳せていたのは、ほとんどが日本人家系。つまり、今後は彼らの探求によってもたらされる恩恵があったとしたら、まずは日本にもたらされるんじゃないかしら? 魔術が掲げる『魔術理論』は人の数だけある。だから、彼らの理論の中には、人の為になるものもあっておかしくはないわ」
渚は沙羅をジッと見つめて小さく息を吐く――わずかに見せた微笑みは、童女の純真無垢な感情のように映った。
「面白い事を言う娘よの。魔術師という生業については詳しくは知らぬが、主という友人を得た瑠依が楽しそうにしているのは、我が事のように喜ばしい。私は認めよう」
渚の同意に続いてルーガンとマグダレーナも承諾した。時代錯誤な神秘である魔術の恐ろしさをルーガンは、沙羅という立証人を通して知っている。マグダレーナも何か思う事があっての事か、それとも二人が賛同したからなのか、特に異を唱えることなく沙羅の『組織』創設に首を縦に振った。
こんばんは、上月です(*'▽')
ついに沙羅は混沌とした大都市に名乗りを上げました。かつての魔術師にとって拠り所であった組織名を掲げ、魔術組織を立ち上げる。
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