友という上辺だけの在り方
休日のショッピングモールは人々の喧騒で賑わっている。
「沙羅さん、頬に生クリームが付いていますよ。私が取りますね」
「え――ちょ、ちょっと! そういうのはいいから! 子供じゃないんだし、自分で拭けるわよ」
ティッシュで沙羅の頬を拭こうとする瑠依から、ティッシュだけを奪って付着したクリームを拭きとる。少し残念そうな瑠依に小さな溜息をこぼす。一週間前に『殺し合い』をした仲の少女と、どうして休日を友人のようにショッピングモールで過ごさなければいけないのか――昔からの親しい間柄のように友人面で接してくる彼女に『違和感』さえ抱いていた。
一歩譲って一緒に行動するのは構わない。自分が所属する『繁栄には美酒と口づけを』の『総帥命令』だからだ。だが、どうして友人のように語り合い、クレープを一緒に食べなくてはいけないのか。その一点だけが沙羅にわずかな苛立ちを覚えさせていた。
「一つだけいい。いつまでこうして、友達ごっこしてればいいわけ?」
「友達……ごっこ」
いっぱいに開かれた眼――驚愕な事実を突きつけられてショックを受けている様子。むしろ、どうしてショックを受けるのか問い詰めたいくらいだった。口元をわなわなと震わせて涙を静かに流し、肩を震わせて嗚咽を漏らす瑠依――周囲は何事かと遠巻きに視線を集めている。これではまるで自分が泣かせたみたいで居心地が悪い。
泣かせたのは事実かもしれないが、此方にも納得のいかない点が多々あるのも事実。
「あー、もう! ごめん、私が悪かったって。私たちは友達。ズッ友とかいうのだから、はい! もう泣かない」
「ほ、本当に本当ですか!? 私達は、その、ずぅ友ですか!」
「ズッ友ね。うん、まあ、うん」
「嬉しいです! 急に泣き出してしまってごめんなさい。そうですよね、沙羅さんからしたら、いきなり殺されかけた相手と親しくなるのは抵抗がありましたよね」
殺されかけた相手という部分にムッとした。その言い方では自分が負けたみたいな表現だと指摘しようかと思ったが、一々面倒なので無理やりに飲み干す。
互いに手持無沙汰状態で殺し合いが中断して五分くらいした頃だった。沙羅と瑠依の通信端末に着信が入り――殺し合いの中止を言い渡された。互いに所属する組織のボスからの直々の命令。
沙羅の所属する『繁栄には美酒と口づけを』と、瑠依の所属する『無明先見党』が水面下で手を結んだのだ。
『第三次世界大戦』で大敗した日本国は、諸外国にとって極上の蜜を垂れ流す大樹。
貪りつくす場所しかない丸裸の国家に次々と外国人が流れ込み――勝手に『薬物売買』や『人身売買』と到底容認できない生業を始め、今では『殺人』『誘拐』『放火』『凌辱』と数を上げればキリがない程の犯罪大国にまで発展した。この国が誇っていた『科学』『医療』『農作物』を始めとした技術が徐々に取り上げられ、それら全ての特許を外国に奪われてしまった。
国民の頼みである国家最高権力を持つ内閣府は、他国に対して頭が上がらず、自国民を蔑ろにして毎日を豪遊三昧。外国勢力の体のいい傀儡として君臨していた。
そんな腐敗しきった国家最後の剣であり楯である存在。明治の頃より日本国を影から支え、愛国精神の富んだ国家極秘精鋭部隊組織――『無明先見党』。
国家反逆を見つけ次第問答無用での殺害を常識と掲げる、古き時代の護り刀と呼ばれる集団。この時代に『専守防衛』という、後手に回る思想を掲げていてはいつか手遅れになる。国家再興を胸に『無明先見党』は、国家の深き影より修羅の形相にて表社会に姿を現した。それが瑠依の所属する組織。
あれから一週間――突然の自宅電話への着信は瑠依からだった。緊張したような固く震える声音で、昼から一緒に出掛けないかという内容を十五分の長電話で沙羅に伝えた。率直に伝えれば三分も掛からない内容を十五分かけて。一度所属組織のボスに確認の一報を入れて許可が下りた。
そして現在に至る。
「沙羅さんは、その、どうして海外勢力に与するんですか? 何か深い理由でも――」
「特にないわ、そんなもの。乞食だった私を拾ったのが内の総帥だったってだけ。まっ、給料も良いし、衣食住に困ることはないから働いている。それ以外に理由はないわよ」
『稲神家』は魔術師の家系――それも歴史が長く、今代で二十八代と歴史を誇る一族。沙羅は三姉妹の次女として生まれた。姉妹でここまでかと言うくらいに性格はバラバラで、魔術師としての教養を積まされるだけの退屈な毎日を強要させられていた。
破天荒で性格に難ありの長女――才能はあったが、やりたい事があると家を飛び出し各地を旅している。
寡黙で性格に難ありの妹――厳しい親の期待に無事応えて家督を相続。現在は祖母と共に山奥の本家でひっそりと過ごしている。
そして、全てが平均程度にしか出来ない自分――才能に恵まれた妹や姉と比べる事さえおこがましい程の凡人。故に稲神の家は早期に見切りをつけ、当時十一歳だった沙羅を微々たる金銭と共に、まるで疫病神のように家から放逐した。
それからの沙羅の人生は、困難極まる波乱万丈活劇そのもの。
これから先の生き方すら知らずに卑しい物乞い生活。貧富の格差が明確な時代での物乞いはそう珍しいものでは無かった。ただ、競争率が激しく、新参者は淘汰される殺伐とした狭き世界の『弱肉強食』という絶対の理。沙羅は大都市に辿り着いた新参者――人が集まる場所で物乞いをする事を古株から禁じられ、裏路地でひっそりと物を乞う毎日。
「大変だったんですね。それでも沙羅さんは、立派だと思い――」
「そういうのはいいや」
「えっ?」
「同情でしょ、それって。私、嫌いなの。自分が弱く見られてるようで。だから、もう止め。こんな話をした私が言うのもアレだけどね。私の事も話したんだから、そろそろ瑠依の事も話してよ。私ばかりじゃ不公平、でしょ?」
残ったクレープを一口に頬張り胃に流し込む。
瑠依が口を押えて可笑しそうに笑うので怪訝な顔をすると、瑠依が人差し指で自分の鼻頭を指さして理解した。沙羅は耳まで真っ赤に染め上げ、ティッシュで乱暴に鼻に付着した生クリームを拭き取る。『同情は止めて』とクールに決めて直ぐにこれでは決まりが悪い。頬が自然と膨らみそっぽへと顔を逸らす。
「ふふ、裏社会で名高い沙羅さんも、今はとっても可愛いらしい女の子なんですね」
「うっ、うるさい! そんな事より、瑠依の事! ハイ、話す!」
恥ずかしさで、捲し立てるような早口で瑠依に催促する。
「はい、私は――ッ!!」
言い掛けて止まる。
瑠依とほぼ同時にテーブル下に身を滑り込ませ、周囲を見渡す――平穏な休日の光景。不釣り合いな銃声がしたのは間もなくのことだった。
こんばんは、上月です(*'▽')
このまま四話も一時間後に投稿します!