魔王の魔術――永久なる魂の聖櫃
焦るなと言い聞かせれば、その分だけ気持ちは急いてしまう。
『紅龍七』の本拠地内部――狭い一室に閉じこもる沙羅と魔王は『鋼鉄の殺戮師団』の強襲に備えていた。奴ら相手に壁など意味を成さない――床下や天井さえも襲撃ポイントとなる。獲物に恐怖と緊張を与えて楽しんでいるかのような――子供が蟻の巣に、花火を突き刺して喜ぶような『嗜虐的趣向』。肉体や能力の『進化』に比例して、精神年齢が『退化』してしまった哀れで残虐な殺戮者。
「沙羅、飛び退け!」
「えっ――」
気を張りすぎていて、魔王の指示に後れを取る――畳が盛り上がって破裂した。床から伸びる、肘から先の大鎌が沙羅の内太ももを切り裂く――脳を電気が走ったような感覚と激痛が沙羅の身体を強張らせ、次撃に備えられていない危機に魔王が動いた。
赤色に染まる銀色の刃――歓喜の涙を流しているかのように沙羅の血を啜っていく。少女の柔肉をもう一度味わおうと刃を返し、苦痛の表情で固まる沙羅の股へ切り上げた瞬間――魔王の右手が沙羅の腹部を押し退かせ、床畳に沙羅が力なく転がった。
「――クソッ!」
魔王の細腕――橈骨と尺骨の隙間を貫く、曲線を描く大鎌の刃。老いることも死ぬ事も忘れた身であっても、『痛み』までは忘れ去ることは出来なかった。このまま前腕を真っ二つに裂かれる前に、歯を食いしばって力任せに引き抜く――一泊遅れて鎌が床畳を一直線に切り裂いた。
「マンマ、いっぱい血が出た。僕、嬉しいよぉ」
「俺は、お前たちの母でもなければ、エサでもない」
何処かで聞いたような――言ったようなセリフだ。彼らの言う『マンマ』とは一体どちらのマンマを指しているのか。太ももから止めどなく流れるネットリとした熱い血を、ぼんやりと赤茶色の瞳が映している。刃に『毒』が塗り込めてあったのか、身体が痺れて指一本動かす事が出来ない――同時に痛覚も鈍感になっているのが不幸中の幸いだった。
視界に映し出される光景が回転し、声や音もエコーが掛ったように引き延ばされていく。黒いコートを翻して狭い部屋を動き回る魔王の姿に、沙羅は掌から鈴を転がし鳴らす。詠唱を済ませていないので、当然ではあるが魔術が発現することは無い。詠唱を済ませていても、毒の効力で集中力を欠いている状態では結局は発現しない。何をどう考えて、僅かに痙攣のような微振動で鈴を転がしたのか――沙羅の『無意識』は何を求めていたのか。自我が希薄になる瞬間にこそ人間の真我が色濃く主張する――遠い昔に祖母が口酸っぱく言い聞かせてきた教えが脳裏で霧のように湧いて出た。口煩い祖母が言った魔術師が辿り着くべき深奥――魔術の先に在る神秘――『秘術』は魔術師の秘奥義だと聞かされていた。歴代稲神の家系で秘術に至った存在――現代までの魔術史を見ても『人の身』で秘術を会得した者は、たったの三人だという――歴代最強最悪の魔術師『稲神聖羅』。稲神聖羅の弟子である『ルア・ウィレイカシス』。シェルシェール・ラ・メゾン統括者『アレッタ・フォルトバイン』の三名。
幼い頃に読んだ魔術史という書物に記されていた、百数十年前の栄えた時代に生きた人物達。
「直ぐに助ける。待っていろ」
狭い室内で吐き出される機関銃と大鎌の二段構え――魔王は冷静に銃口と肩の動きに注視して、それらを最小限の動きで避けていく。魔王は急いていた――自分の身ではなく、今も出血し続ける沙羅の状態を。気がかりなのは、目の前で隙の無い攻撃を繰り返す機械兵士の仲間は何処に潜んでいるのか。狭い場所に全員で攻め入っても、互いに阻害し合うだけだと判断しての事なのだろう。纏めて屠りたい魔王の思惑を読み取っているかのように、魔術を行使させる暇さえ与えない。
「その弾倉は何発撃てる?」
「おしえなぁぁぁぁぁぁい。あは、あはは、マンマッ! マンマァッ!」
会話が僅かばかりでも成り立った事に驚いたが、その感情を表情にすること無く回避に徹する。狙いすまして機会を窺う魔王の瞳孔は細まった――。
「死は遠のけ、生を歓待する。時代の先にある、世界を見届けるだけの時間を切望する。誰もが俺を置いて行ってしまっても構わない。彼らの時代は俺の中で生き続けるのだから――生き続ける意味の対価」
真っ黒い正四角形体を放り投げる――『魔術媒体』は『魔力と魔術理論』を反映させ、魔術を展開させる。継ぎ目もない正四角形体は切り開かれ六面の花が咲く――『効果範囲内』を薄青い幕が広がり覆っていく。『鋼鉄の殺戮師団』も機械化によって『生きている』とは言い難いが、動いている以上は命ある者として、魔王の『魔術』の審判を受ける。
「――マンマ!?」
一瞬の痙攣は機械の故障によるものか、その場で白目を剥いて崩れ落ちた。機械の重厚な音が目の前と上階、下階、右隣の壁奥から同質の音が響いた。全四機の生――活動に終幕が振り下ろされた。
「魔力消費が激しい、か。そんなことより」
維持するにも精神と魔力を疲弊する魔術を打ち切って、沙羅の下に駆け寄る――呼吸は浅く、瞳も散瞳している。決して良い状況ではないが、最善の手を尽くすべく行動に移す。
時間の経過や外の状況さえも忘れるほどに集中していた。ようやく応急手当も終わり、むず痒い顔をコートで拭うと、びっしょりと汗が染み込んでいた。脈拍や呼吸も落ち着いた沙羅に安堵の息を吐く。
「人の気配は、無いか。あの部隊が、俺たちの情報を報せていないとは、考えにくい。直ぐにでも、この場を離れた方がいいが」
小さな寝息を立てている沙羅の頬が赤く染まっている。脂汗で顔に赤茶色の髪がベットリと張り付いていた。
「発熱している。無理に起こして動かすのも良くはない。だが」
魔王は洗面所に立って錆び付いた蛇口から水を吐き出させる。ハンカチを冷たい水で浸し、沙羅の汗ばんだ顔を拭う――気持ちよかったのか、小さく喉を甘く鳴らした。
こんばんは、上月です(*'▽')
相手の魂を自分の魂として『永久的に死』との乖離を成す魔術理論。
何故、そこまでして死を遠ざけようとするのか。魔王の過去に何があったのかは、追々語られます。
次回の投稿は25日の12時と26日の0時を予定しております!




