殺戮に飢えた悪夢の再び
自分への疑念を晴らすべく、過去を遡りながら魔王は語る。
「この迷宮城は、敗戦前は一つの企業ビルが建っていた。表向きは『自然科学研究所』だったが、本当の顔は魔術組織『シェルシェール・ラ・メゾン』の日本支部。日本人外国人を問わず在籍し、俺も此処に身を置いていた。だが、三次世界大戦で大打撃を受けた日本や世界では、多くの魔術師が歴史の裏側として命を散らした。本部も襲撃を受けて壊滅した事により、支部も人員不足や今後の経営指針を失い、歴史の残骸と化すことになった」
裏社会では魔術師であっても、表社会では一般人――彼らは兵士として戦地へ送られ、敵兵を――同族を同種を機関銃で撃ち殺したに違いない。魔術師として生きると決めていた者達は、兵士としての『在り方を強要』され、常隣りにある『死という恐怖』に耐え忍びながら戦って死んでいった。
「だが、生き残った者達は此処を守り抜きたいと願う。俺も願った。此処は自分たちの『家』だからだ。だが、敗戦した日本は自国を護り抜く術を持たず、海外からの侵略を許した。そして、『魔術師の支部』に眼を付けた『紅龍七』はアレを投入し、抗う魔術師を次々と俺の目の前で無残に殺していった」
「貴方は死ねないのよね」
「ああ、俺は死ねない。何をしても死なない俺に、当時の『紅龍七』首領――張烏龍は俺に言った。これ以上の死者を出したくはない、お前が我らの傘下に加わり、この施設を譲り渡せば、これ以上の犠牲は誓って出さない、と」
「それで、その要求を呑んだのね?」
魔王にとって断腸の決断だったはずだ。『家と家族』を天秤に掛けられ、選択を迫られてのだから。魔王は人間が延命できるように自分で三次世界大戦を引き起こさせたとなれば、沙羅が想像も出来ないくらいに苦しく辛かったはずだ。それでも人間を信じていると言える魔王はお人好しを通り越して『現実逃避』ではないだろうか。自分の行いを正当化させて言い聞かせねば精神が持たない――人間の時代は終わらない、彼等も昔のように豊かな感性を育みながら時代をより良きものにしてくれる。そうでなければ、自分の起こした戦争とはなんだったのかと。
『未来』を救うために『現在』を崩した魔王――声質には表れないが、その瞳にはしっかりと『後悔』『悲しみ』『絶望』――数えきれない負の感情が無感情となって主張していた。
「まだ、変えられるわよ」
「なに?」
「人類はまだ腐り切っていないってこと。私の住むアパートにね、理想や熱意を抱いて就いた職が、その実情は全く自分の理想と反していても、自分だけでもその『理想』の在り方として職務を果たそうとしている人たちがね、住んでいるの」
今までルーガンやその周囲としか接してこなかったから見えなかった部分。魔王が助けたいと願う人たちの――取り戻したい『人間性』というのは、こういう人達の事ではないのか。どんなに苦しくても自分の在り方を貫こうとする強さ。現代の誘惑に屈して自分らしさを捨てる弱者とは違う。それが本来の人間という種ではないのか――沙羅は柄にもなく人間のなんたるかを思考していた。
「そうか。キミの周囲には、そんな輝かしい人達がいるんだな。あの腐敗した時代を経てもまだ――」
魔王は言葉を切り、ベルトから拳銃を引き抜く。
「しばらくは、コイツに頼る。キミは魔力の生成に集中してほしい」
「それは何発撃てるの?」
「十二発と、ストックが十発」
「私達の攻撃回数は三十ってとこか。無駄撃ちしないでよね」
小さく首肯した魔王は、音を立てずに扉まで移動して耳をそっと澄ませた。
「『アレ』のお出ましだ」
「――ッ」
身が凍る思いだった。魔力を温存しておきたい状況での『アレ』の出現は、意地悪い神が嘲笑うように配したようなタイミング。『鋼鉄の殺戮師団』は群れで行動する兵士。彼らの装甲に拳銃が通じるはずもなく、決定的な一打を与えるには魔術による破壊が好ましい。そうなると、貴重な七回を使用しなければならない。命には代えられないが、できれば一回、もしくは二回で片を付けねば後に苦しい思いをする。
「そもそも、私達に気付いているの?」
「さぁな、そこまでは分からない。だが、確実に俺たちに近づいて来ている」
四年前――初めて『鋼鉄の殺戮師団』を相手にした時は、魔力も底を尽いてギリギリ倒せた相手。あの時の緊張と記憶が呼び起こされる。自然と呼吸は浅く早くなり、口内の水分は乾いて不快だった。一度倒している相手だと、自己暗示をかけて精神の安定を試みるが意味をなさなかった――小さい舌打ちをすると、魔王が一瞥した。言葉ではなく視線で訴えかけるやり方を察する――音を立てるなと言いたいのだろう。
「マンマが来てるって!」
「わぁい、マンマだ。マンマ、食べたいなぁ」
「マンマの指先の血管から全身の血をチューチューってしたい」
怖気と寒気が同時に沙羅の背筋を走り抜けた。急激に冷えていく体感温度――左手の震えは指に引っ掛けた糸を通じて鈴を鳴らす。失態に気付いた沙羅は、右手で鈴を強く握りしめるが既に遅かった。異常なる機械兵士たちの、老人と幼子の合わさったような声は途切れている。不気味な静寂はネットリとした発汗を生む。
扉から距離を取った魔王は、床畳に耳を押し当てた。彼らが扉以外から来る事を知っての判断――沙羅もそれは経験から知っていた。相手の考えを否定する奇襲を仕掛けてくる彼等に油断をしてはならない。微々たる体重移動でも正確な位置を把握してくる。もしかしたら心臓の鼓動さえも足の裏を伝って地面に情報として流れ出ているのかもしれない。彼らの超感覚がどれほどの規模なのか正確な値は分からないが、可能な限り身動きを殺して沙羅は気構えた。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は25日の0時を予定しております。




