魔王と紅龍七の関係
耳元を弾けたコンクリの破片が掠る。
壁角を秒ごとに削り穿っていく弾丸――角から伸びる通路の奥では、理解不能な早口言葉が交わされていく――異なる声質から予測できる人数は八名。もう少し多めで考えていた方がいいだろうと、指に引っ掛けた赤糸と鈴を通路から覗かせて揺らす――『シャリンシャリン』沙羅の魔術が、鈴の音から発生した解体振動が並みとなって周囲に広がっていく。離れた場所から鉄のような重量ある物体が床に散らばる音に交じって、水風船を叩きつけたような音が連続して沙羅の耳に届く。
今の沙羅の実力では厚さ三十センチ以上ある物質は解体できず、それが功を成すこともあった。身を守る壁までも解体してしまえば銃弾の嵐に全身を晒すことになる。魔術も連続して際限なく使えるものでもない。
「後続はなし、と――魔王、あんたも応戦しなさいよ! さっきから私ばっかり、消耗してるじゃない」
「すまない。俺の魔術をあいつ等に使うわけにはいかない」
「説明の義務くらいはあると思わないの?」
沙羅の指摘に魔王は視線を泳がせた――『躊躇いや困惑』の色を宿した動作を見逃さなかった。命を危険に晒している以上は、事情の確固たる理由を知っておかねばならない。魔術理論や温存しておきたい理由を知らなければ、沙羅自身も上手く立ち回れず、彼を当てにできないからだ。
魔王は独り言のように呟いた。
「俺の魔術理論は、魂を『永久的に隔離』することで、時代の先に在る世界真理を識ること。俺が不老不死に至った理論。そして、この箱が――」
「魂を隔離する聖櫃ってわけ?」
「そうだ。使用するには膨大な魔力を必要とし、俺の魔力だけでは一日一回の使用が限界だ。だから俺は、この中の魂を魔力に変換して、一日に二回の使用を可能としている。一回分の魔術行使に必要な魂は鮮度にもよるが、平均して五百は必要だ。この城内だけに、それほどの生物がいるとは考えられない」
組織的な総軍であれば五百以上はいてもおかしくはないが、街への巡回等で出払っている分や、彼の魔術範囲を考えれば一回の魔術で五百もの魂を集めるのは現実的ではない。
「ちなみに、その正四角形体には幾つの魂がストックされてるのよ」
「三百十一だ」
「全然足りないじゃない!」
「だから、今回はキミに付いて来てもらったんだ」
「もし私が、この依頼を蹴ったらどうするつもりだったの?」
「キミは必ず来ると踏んでいた。ルーガン氏の――キミの古巣が襲われたんだ。キミの性格は真面目だ。自分が不在になった瞬間を狙った『紅龍七』のやり方に不快感や苛立ちを抱いたはずだ。そして、何も連絡を寄こさないルーガン氏にも。沙羅、キミはこう考えたはずだ――姑息な手段を用いる『紅龍七』と、ルーガン氏に自分の在り方を――実力を再認させて一泡吹かせてやろう、と」
まるで内面深くまで見透かされているかのような正確な指摘。淡々と沙羅の内面を抉り出していく魔王を睨み黙らせる。初めから魔王の算段に則って行動していたかと思うと面白くない。なんとかして見返してやりたいと思考を巡らせる――無意味な行動は沙羅の流儀に反する。沙羅程度が悪巧みをパズルのように組み立てても、魔王には子供だましくらいにしか効果は発揮しないと諦める。無駄な労力を費やすより今は、現状を無事に帰還する方法へと巡らせた方が意義はある。
「言っておくけど、私も魔術を無限に使えるわけじゃないんだから、出来る限りの戦闘は避けたいのよねぇ」
「だいたいで構わない。あとどれくらい使える」
「そうねぇ、良くて七回くらいじゃないかしら」
ここまで来るのに沙羅は鈴を二回鳴らした。残り七回という数字は、一回の魔力使用量を予測して計算で弾き出した回数。現時点で二人の魔術は合計しても八回しか行使できない。沙羅には魔術以外の攻撃手段を持たない――魔力が底を尽きれば体力のない年相応の少女へと弱体化する。
魔王は脳内の地図を思い返し、比較的兵士の配置が薄い場所を模索する。見渡す景色全てが同じような構造――十メートル置きに階段が設けられていて、階段の踊り場からさらに通路や階段が大樹の枝のように分かれている。そんな複雑怪奇な建築構造を把握している魔王に疑念が生じる――どうして彼は、この組織施設の内部構造に精通しているのか。
「足音だ、隠れてやり過ごそう」
自分たちから最も近い扉から三つ隣の木製簡易扉を魔王は引き開け、沙羅を部屋に押し込んだ。後ろ手に占める魔王は扉に背を預けて足音との距離を測り、数人分の足音が遠ざかったのを確認して安堵の息を吐く。
「どういう事。どうして、あなたはこの施設内構造に詳しく、あえて一番近い部屋じゃなくこの部屋を選んだのよ」
疑念は一層に濃くなるにつれて魔王への不信感も募っていく。この場で彼の口から真実を聞かねば、彼に抱いた疑いは晴れない。沙羅の瞳――避難するような色が滲みだしている事を魔王は悟り、部屋の狭い三畳ほどの居間に座って向かい合う。
「キミが俺に抱く疑いはもっともだ。だが、信じて欲しい。キミを騙しているつもりはない。純粋に彼に釘を刺したいだけだ」
「えぇ、そう願いたいものね。裏で『紅龍七』とつるんでいて、魔術を使い切った私をここのボスに差し出すなんて計画じゃないことを祈るわ」
「説明義務を果たそう」
魔王は淡々とした口調で語り始めた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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