使役悪魔での潜入
九龍城を連想させる巨大密集建造物。
四方を何キロにも伸ばし、自分の富や権力を象徴するかのような城塞――これこそが『紅龍七』の本拠地。そのあまりにもゴテゴテとした様を、少し離れた上空――巨大な鳥の化け物の背に掴まりながら眺めていた。
「『悪魔』なんて本当にいたんだ」
「ああ、俺と契約して、かれこれ百十年くらい、か」
悪魔とは人間世界の裏側に生きる存在――強大な力を有し、人語を話す者は格が高い。契約によって彼らの力を借りる代わりに、相応の対価を支払わねばならない。対価は悪魔と人間の話し合いで折り合いを付ける。
巨鳥は高度を七百メートル程で維持する。酸素も薄まり気温もだいぶ下がるが、魔王の『魔術式』――魔力に熱と空気の役割を付加させたことにより、肌寒さを感じるだけに抑えられる。沙羅は昔から魔術式が扱えず、改めて魔術式の利便性を見知ると、今からでも鍛錬を積み直そうかと考えさせられる。
「SFとファンタジーが混沌に混ざり合ってる世界ね」
「時代の流れは科学を繁栄させ、魔術を衰退させた。人は利便性を求めるがあまりに、『人間性』や本来生まれ持っている自然への純粋な『探求欲』を忘れていく」
「あんたの時代はどうだったのよ」
「ネットやゲームという娯楽技術が進歩し、多くの人々が憑かれたように、携帯端末を常に弄り『育児放棄』や『ながら事故』等の社会現象が問題視されていた。俺が一番不気味に思ったのは、電車内で誰もが手元の小さな携帯端末画面に釘付けになり、忙しそうに指を這わせている光景は、俺の眼には狂気にしか映らなかった」
「悲しい時代ね。利便と娯楽による人間性の欠如――でも、今の時代は抑圧と恐怖によって人間性が殺されている。よくもまぁ、そんな腐った人間の為に戦争を起こさせたものね」
「俺は人間を、信じている」
「そう、まぁ、いいけどね。そろそろ真上に差し掛かるけど、本当に行くの?」
沙羅は確認と同時に魔力を全身に流し込む。魔王は頷いて、鳥の耳元で何やらを囁いた。
「ねぇ、この鳥に屋上まで運んでもらえないの?」
「大きな鳥が近づけば、迎撃される」
鳥はその巨体に見合わぬ可愛らしい――甘えるような鳴き声を発した。魔王はそんな巨鳥の頭を撫でる。停滞する鳥の背から真下を覗き込み――九龍城然とした建造物の平べったい屋上が広がっているのを確認。魔王と沙羅は視線で合図を送り合い――飛び下りる。髪とスカートが激しくなびかせながら、魔王の腕をしっかりと掴み寄る。
頭上で嫉妬のような視線を受けたきがしたが、頭上に居るのは一匹の鳥――嫉妬されるような覚えはなく、全意識を着地の一点に定める。
「魔力を真下に向けて放出して天井を破壊して乗り込む。着地と同時に、キミには鈴を、鳴らして欲しい」
侵入経路は魔王。安全確保は沙羅。それぞれの役割は事前に話しあっていたので――風切り音で掻き消される声量で詠唱を済ませていた。だが、沙羅の解体魔術は自分を除く効果範囲内にある物質の無差別解体――その対象は魔王も含まれている。
魔王の魔力は屋根を抉って大きな穴をあけた――建物内から慌てふためく複数の声。うまく魔力噴射で落下速度を殺し、舞い降りるように地面へと着地――何事かと固まる『紅龍七』の構成員は、二人の侵入者に対して拳銃を発砲する。
「――読めてるわよッ!」
二発の銃弾が沙羅の流れる髪を抜け――一瞬の遅れに冷や汗さえも押し留めて、残りの銃弾諸共、魔法陣内部に存在する複雑構成体を細かく部位毎に解体してみせた。臓腑と血の生臭さが立ち込める、建築に建築を加えて構成された迷宮城。内部構造を把握していない沙羅は魔王を一瞥。
「どうして、あなたは解体されていないのかしらね」
「説明が難しい。今はそういうものだと、思ってほしい」
「釈然としないけど、まぁいいわ。それで、これからどこへ向かえばいいの?」
「問題ない。俺の頭の中に地図は描き出されている」
魔王はコートの裾を翻して通路を駆け抜ける――タイミングが遅れた沙羅は、背後の警戒に気を付けながら、置いて行かれないように駆け出す――体力に自信のない沙羅の限界は近く、魔王は気遣うように速度を僅かばかり落とした。
「悪いわね、私に合わせてもらっちゃって」
「付き合ってもらっているのは俺の方だ。体力の限界が来たら、遠慮する必要はない。奴の部屋までまだ距離はある」
「分かったわ。でも、まだ大丈夫」
狭い通路の左右には曇りガラス窓や扉、天上に吊るされた洗濯物などが延々と伸びている。開けた空間に出ても四方には同じような通路が続いていて、魔王とはぐれでもしたらと考えるとゾッとした。他組織に侵攻されても容易には陥落させることはできない魔城。『紅龍七』は攻撃面と防衛面を両立させていた。
「こんな細い通路で奴らと出くわしたら最悪ね」
「機銃の掃射にはもってこいの場所だ。キミは背後にだけ、警戒を敷いていてほしい」
沙羅は二つ返事で了承した。どうして彼がこの内部に詳しいのかは知らない。だが、彼には彼の、自分には自分の明確な理由があってこの場にいる。自分一人ではほぼ確実に王座へとたどり着くことはできない。今は魔王に従って背後からの襲撃にだけ気を向けておく。意外にも静かな建物内――耳を澄ましても、物音や人の息遣いさえも聞こえない。
「この区域は空き家が続いている。必要最低限の見張りで事足りる。ここの内部構造を知らないものが侵入しても、道に迷うだけだ」
「なるほどね。で、問題の首領は何処ら辺にいるのよ」
「地下だ」
「――は?」
気が遠くなる思いだった。この建物はそれなりに――目測ではあったが、三百メートルはあった。屋上から侵入した沙羅たちは少なくても、それだけの高さを下らなければならない。魔王はボソッと小声で漏らした。
「だから下水道を――」
「うるさいっ!」
沙羅の怒声が虚しく通路に反響した。
こんばんは、上月です(*'▽')
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