日本であり、日本にあらず
駅を抜ければ異界然とした異質な街並み。
新宿と見比べても負けず劣らずの大都市――高層ビル群が立ち並び、駅前のロータリーには『反日独立国』という文字が駅壁にびっしりと崩れた日本語で書かれている。日本でありながら、日本を否定した街――耳に届く会話に一切の日本語が含まれていない。至る場所にはゴミ袋が散乱し、カラスたちが啄んだせいで中身が路上に撒き散らかされていた。不衛生極まる地区に沙羅は顔をしかめる。
「ほんっと、ここって変わらないわよね。昔はどうだったのよ、世界大戦前の渋谷って」
「多くの日本人外国人で賑わっていた。街並みももっと綺麗で、お洒落だったと記憶している」
「んで、このまま真っ直ぐに敵本陣に乗り込む?」
「無意味に人を殺したくはない。裏道を使う」
そう言って魔王の視線を追った沙羅は顔を真っ赤にする――彼の視線は路上脇の『マンホール』を捉えていた。地上からの潜入ではなく、下水流れる悪臭漂う地下。嫌悪をする沙羅に一言。
「風呂に入れば――」
「問題ありよ!」
小首を傾げる魔王に沙羅は激情する。一回風呂に入った所で体に染みついた臭いというのはなかなか落ちてくれない。この世の悪臭を凝縮させた地下道を通るくらいなら、正面切って行く方がマシだと抗議するも首を静かに横に振るわれた。
「だが、余計な犠牲が――」
「私の精神が犠牲になってるわよ!」
声量大きい沙羅に、周囲から怪訝と排他的な敵意に満ちた視線をぶつけられる。苛立ちに吠える沙羅は舌打ちをして振り返って睨み返す――こそこそ睨むくらいなら命賭して掛かってこいと視線に乗せて。年若い少女に睨まれて黙っていられる性分ではない彼らも、口々に理解不能な言語で声を荒げさせていく。
「なによ。いいわよ、掛かって来なさいよ! 纏めて解体してやるわよ!」
沙羅は手首の赤紐を緩めて、鈴を通した紐を二本指で挟む。いつでも解体魔術を行使できる状態にある。沙羅の言語を理解しているのかいないのか、語気が強い沙羅を非難するように、一層に彼等も声量が高くなる。魔王は小さな溜息を吐き、沙羅と彼等に割って入り――沙羅の手を引いて走り出す。
「目立つ真似はよせ。騒ぎを嗅ぎ付けられても、面白くはない」
「そもそも、あんたが下水道を使うなんて言わなきゃ、こんな事にはならなかったのよ」
「それも、そうだな。すまない」
素直に謝られても返答に困る沙羅は、走りながら浅い溜息を吐く。今は足を動かして彼らの視線から逃れる必要があった。どこもかしこも人の目が常にある。沙羅にとって馴染みない土地を魔王に先導されて辿り着いた――『代々木公園』内の通りにある『NHKホール』入口。体力的に貧弱な沙羅は全身で酸素を取り入れるように、肩や胸を大きく伸縮させてしゃがみ込む。ふくらはぎが限界だった。もう立っている事さえ辛い状況でも、魔王は平然と近くの自販機から飲料水二本を手にもって悠然と戻ってきた。
「飲むか?」
「あ、当たり前、でしょ!」
ひったくるように差し出された飲料水の蓋を捩じり開けて、煽るように容器を傾ける――運動によって生産された熱が一気に冷やされる心地良さを堪能した。痺れる強炭酸が活力を与えてくれる。足の痛みと熱は残るが、だいぶ呼吸も落ち着き――酸素も脳へしっかりと供給されて冷静な思考力が戻る。
「奴らの本拠地からだいぶ離れたけど、どうするわけ?」
「下水道――」
「あぁ!?」
「は、やめておく。地下の選択を失い、地上も余計な犠牲を生み出す。となれば」
魔王は静かに視線を空に向け、意を汲んだ沙羅は鼻で笑った――人間は地上で生きる生物だ。人に翼が無いのは、空を飛ぶ必要が無いから――生物は意味のない進化をしない。人間には人間の獣には獣の『在り方』を区別する為。種族の均衡を保っているからこそ生物は生存していける。仮にライオンの脳が人間並みに成長し、翼を生やして空を駆け、水中でイワシのように俊敏に泳ぐ事が可能になれば、多くの種族が絶滅してしまう事だろう。
「人は飛べないわよ」
「知っている。飛べないが、落ちることはできる」
沙羅は気の抜けた炭酸飲料のように間抜けな顔をした。想像していた回答からあまりにもかけ離れ、ほぼ実行不可能な回答の真意は何処にあるのか。冗談であればまだいいが、目の前の男がそんな気の利いた事が言えるはずもない。
「本気で言ってる?」
「ああ、俺は冗談が苦手だ。昔、俺の言った一言の冗談が、女の子を泣かせてしまった」
女の子を泣かせる冗談とはいったいどのようなものだったのか。興味が無くもないが、魔王は既に『落下』での侵入手段について語り始めた。そのあまりにも突飛な発想は流石――『世界真理』を探究する者だと苦笑を浮かべた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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