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紅龍七へ向かう二人の魔術師

 新しい生活を初めて一週間が経過していた。


 快適とは言えない生活だが、そこにはちゃんと隣人との温かさがあった。人間味に触れるたびに、沙羅に言い知れぬ不安感が胸を騒がす。


「おばあちゃん、おはよう」

「あら、沙羅ちゃん。おはよう、朝早いのね」

「これから仕事に行ってくるわね」

「あらあら、大変ねぇ。今日のお夕飯はどうするの?」

「夕方には帰ってこられると思うけど」

「ふふ、作っておくわよ。遅くなりそうなら電話をちょうだいな」


 早朝の五時半――空もまだ深闇色を僅かに残す肌寒い時間。沙羅はダウンコートを羽織り、アパート前で会ったおばあちゃんに挨拶を交わして、寝静まっている住宅街に『シャリンシャリン』と小さな鈴の音を鳴らして速足で抜けていく。


 人の気配もない『根津神社』の境内には黒いロングコートの男が一人――空を見上げていた。まるで影のように存在感が希薄で、意識から直ぐにでも蒸発してしまいそうな印象を持つ――魔王が片手を上げた。


「すまない。こんな朝早くに呼び出して」

「別に構わないわよ。それで、急用だって言っていたけど?」

「ああ、実は先程、『繁栄には美酒と口づけを』が『紅龍七コウロンチー』の襲撃を受けた」

「――えっ」


 思いもよらぬ報告に沙羅の思考は停止する――だが一瞬で彼の言葉を飲み込み、まさかという疑念を抱いた声で肝心な一点を問う。


「ルーガンは、無事なの?」

「無事だ。襲撃は三時間前。本社には五十名近い私兵と、数人の警備員、清掃員が在籍していたが、彼らは惨たらしく殺された。ルーガンは、在宅していたお陰で難を逃れたようだが」

「そう」


 胸の奥底に針を指されたような痛みを感じたが、他人に弱みを見せることを良しとしない沙羅は気丈に溜息を吐く。沙羅が組織を抜けたことにより、戦力を大幅に欠いた今この時こそ踏み入る機会だった。いくら『無明先見党』や『初夜に耽る子猫の吐息』と同盟を結んでいても、両組織は東京と品川を拠点とする。渋谷の『紅龍七』が新宿の『繁栄には美酒と口づけを』に侵攻して援軍が間に合うはずもない。それも深夜であればなおの事。


 苛立ちが芽生える――取り出した携帯端末には何の着信もない。一言くらいはあってもいいだろうにと、携帯端末を無理やりポケットにねじ込む。


「組織間の均衡が崩れたわね」

「そうだ。『紅龍七』の他組織殲滅戦は、まだ四カ月の猶予があったはずだが」

「私がいなくなったから、今を好機と見たんでしょ」

「それも考えられる」

「それも、ってことは他にも何か理由があるってわけ?」

「俺には、今回の襲撃、明確な算段が見えてこない。敵対組織を潰すならば、なぜルーガンの邸宅を直接襲わない。いくら警備が厳重でも、奴らは『アレ』を保有している」

「――っ!」


 『鋼鉄の殺戮師団』。中国が三次世界大戦に投入した人類の天敵。少数の群れで行動し、『超感覚』をはじめとした人域を大きく逸脱した武装で、世界中の兵士や市民に殺戮の限りを尽くした非人道的『人機融合兵士』。それらをルーガン宅に差し向ければ、私兵や電子警備なんて赤子の腕を潰すよりも容易に殲滅しきる。だが、どうして彼らはあえて本社を襲撃したのか。その事が謎だと魔王は口にした。


「いま、ルーガンは何をしてるの?」

「そこまでは分からない。俺が知っているのは、襲撃されたという事だけだ。そこで沙羅、キミには俺と仕事をしてほしい」


 魔王の落ち着き払った口調――有無を言わせない、無意識下に強制力を働かせているような力があった。ルーガンであればこれ以上の打撃を受けるはずがないと信じて、沙羅は魔王の言葉に頷く。


「言っておくけど――」

「無意味な仕事ではない。『紅龍七』総帥――張紅露チョウ・コウロに会いに行く」

「はぁ!? ちょっと、あんた正気なの? 会ってどうするのよ。というより、どうやって会うつもりなの」

「俺は正気だ。直接会って、奴らの行いに釘をさす」


 魔王はコートのポケットから四角い箱を取り出した。真っ黒で継ぎ目がない正四角形体。沙羅は眉根を潜めて箱の使用方法に思考し――これが魔王の魔術媒体ではないかと予測を付けた。出会って二年経つが彼の魔術を一度たりとも見たことは無い。どのような魔術理論を有し、どのような媒体でもって世界を識ろうとしていたのか。少し前の沙羅にとっては、まったく興味のない他人事――『価値観や世界観』の違う魔術の在り方など、気にも留めなかったはずだ。


「それが、あんたの媒体ってわけね」

「そう。これが俺の魔術理論との反映相性の良い魔術媒体だ」

「ちなみに、どんな魔術なのよ」

「使う時が来たら、存分に見ればいい」


 沙羅と魔王――時代錯誤な魔術師二人は、早朝の青白くなる空の下で白い吐息を吐きながら千駄木駅に向かう――表参道まで出て電車を乗り換える。その間に朝食を軽く済ませて、三十分の電車旅もあっという間に終わる。渋谷で下車しようとする日本人はまずいない――過激派にでも目を付けられれば間違いなく無事では済まないからだ。だが、沙羅と魔王は周囲の視線を集めながら電車を降り立った。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は21日の0時を予定しております!

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