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熱意を抱く新しい家族

 都心であることを忘れる静けさ。


 沙羅が自室で一眠りして目覚めたのは、日が暮れてからのインターフォンだった。眠気が落ち切っていない眼を擦りながら、手動ロックを外して顔を覗かせた。


「稲神さん、準備が出来てるから早く来なさいな」


 扉の外にはおばあちゃんが立っていた――妙に興奮している雰囲気で、昼間に聞いた声より楽しそうに感じた。準備とは昼間に言っていた歓迎会の事だろうと思考が回って理解し、身支度も何もないのでそのまま扉を施錠し、おばあちゃんの後に付いていく。会場はアパートではなく二軒隣の木造家屋――おばあちゃん宅。


「もう、全員集まっているよ。若い子が来るって伝えたら、みぃんな、目を輝かせちゃって、うふふ、主役は大変なのよ?」

「まぁ、頑張ってみるわよ」


 玄関に並ぶ靴は三人分――そこにおばあちゃんと沙羅を合わせて五人での歓迎会。居間に通されて沙羅を目にした男性達から歓喜の声。一瞬だけたじろぎながらも、勧められるままにテーブルを囲う大人たちに交じって腰を下ろす。


 男性二人と女性一人。一見真面目そうな前髪を分けている、三十代前半くらいの男性が警官だと直感した――他二人とは違う堅そうな雰囲気を隠しきれていない。もう一人の男性は冴えない顔つきと膨らんだ腹が特徴――ヨレたスーツに付けられた弁護士を証明するバッジが彼の生業を語っていた。弁護士の男と警察の男は互いに強く握手を交えている。最後の女性は日本人ではなかった――灰白色の髪に青緑色の瞳。左手にだけ黒手袋をして長袖のワイシャツを着ている異質な女。


「こちらは稲神沙羅さん、今日から二〇二号室に越してきた子だから、みんな仲良くするんだよ?」

「稲神沙羅です。よろしくお願いします」

「稲神沙羅? キミが――」


 前髪分けの男性が感心したようにポツリと言葉を漏らすが、直ぐに首を振るい崩した笑顔を浮かべた。


「俺は篠巻しのまきあきら。職業はおばあちゃんから聞いていると思うが警察だ。一応階級は巡査部長、よろしくな」

「僕は奥田おくだ正俊まさとし。歳は三十八の独身です。法律関係で困ったことがあれば、言ってくれれば力になるから! うん、よろしく」


 奥田は表情が柔らかく、喋る度に頬肉が『プルプル』と揺れる。篠巻も奥田も悪い人間ではないことが分かったが、残る女性の目つき――歓迎の色を宿してはいるが、その裏に潜む蛇のような『執着と捕食』がまじりあった嫌な視線が沙羅を値踏みする。


「初めまして、稲神沙羅さん。私はレンナ・ニーツェ。職業は、そうね――魔法使い、よ」

「――ッ!?」

「面白い反応ね。本当は作家。現代の荒んだ人間が求める『快楽的暴力』を主題にした物語を書いて糧を得ているわ。貴女なら、面白いネタを持っていそうね」


 レンナは小さく口角を持ち上げて目を細めて笑う。沙羅は目の前の女に多少の苦手意識を持ちつつも、愛想笑いを浮かべて相槌を打つ。


 全員の自己紹介が終わった所で、おばあちゃんが手を叩いて注目を浴びさせる。これより沙羅の歓迎会を始める開会の言葉を十五分使って喋り出す。最初の三分までは全員がおばあちゃんの話に耳を傾けていたが、途中で奥田とレンナが勝手に酒をチビチビと飲み始めた。結局最後までおばあちゃんの開会式を聞いていたのは篠巻と沙羅だけだった。


 場の盛り上げは警察官である篠巻が担当――宴会などで上司の無茶難題に答えて、そういった芸には慣れているのだろう。体育会系のノリで熱々のおでんを一飲みして見せた。涙目になりつつもみっともない所は見せまいと必死に笑顔を作っていた。所見のお堅そうな雰囲気は何処へ、一時間も一緒に居ると本当の家族のような錯覚さえ覚える。


「奥田先生、どうぞお酒よ」

「レンナさんありがとう。稲神さんは未成年? お酒が飲めるようなら」


 奥田はコップに注がれたビールを沙羅に見せつけるように揺らす。


「私はまだ未成年ですので。奥田さんって普段はどんな依頼を受けたりしてるんですか?」

「そうだね、稲神さんが思い描くようなカッコいい弁護士は、この時代にはもういないよ。昔は法廷に立って弁護とかしてたみたいだけど、日本の裁判は外国勢力の支配下に下ったからね。僕も若かった時は燃えていたもんだよ、僕が本来の裁判や在り方を取り返して見せるって。でも、無理だった。敵は強大過ぎた。一人の弁護士が声を上げても何も変わりはしない。悔しかったよ、自分が無力で。法とはなんの為にあって、弁護士は誰の為にいるのかってね」


 酒に酔った奥田がしみじみと『昔の熱意』『現在の失意』を語る――間違っていることを間違っていると言っても、強大な力の前には簡単に吹き消される灯火。警察である篠巻も現在の警察組織や存在意義を良く思っているはずがない。ここにいる全員――自分が自分らしい在り方に熱意をもっているはずだ。この場にいる『警察官』『弁護士』『作家』『大家』『魔術師』――自分が自分らしく生きる為に選択した道。だが、その『理想と現実』の相違性に歯痒く悔しい気持ちを胸に押し込めている。


「私も、本当は快楽的暴力では無くて恋愛小説が書きたかったの。でも、世間は恋愛という甘酸っぱいジャンルより、誰かが傷ついて、ドロドロに感情が掻き混ざり合う背徳的なものに惹かれている。流れゆく時代で求められるものが違ってくる。ここにいる何人かはそうでしょう? 外面的には自分の理想、されど内面は全く想像していたものと違った」


 大家のおばあちゃんを除く全員が首肯した。


「大丈夫、大丈夫。時代はちゃんとお前さんたちを見ている。きっと必ず、報われる日が来るよ。だから、絶望なんてしないで、前を向いていなさい」


 おばあちゃんは言い聞かせるように、優しく包み込むような声音で一人一人の顔を見渡す。不思議だった――このおばあちゃんの言葉は他人事――悪化していく世間で、希望さえも遠のく状況であるにも関わらず、沙羅を含めた全員の自我の根底にある相違性に小さな光を指した。まるで釈迦の説法を聞いているかのように篠巻は感極まった涙を浮かべている。奥田やレンナもしみじみと小さく笑っている。


「今日越してきた稲神さんも、何か理由があったのよね? 大丈夫。ここにいる全員が家族だから、困った事や胸に押し殺した感情を吐いてしまってもいいんだよ。無理にとは言わない、ゆっくりでいいからね。何かあったら言いなさいな」


 沙羅は幼い頃に親に対して抱いていた『甘え』が胸に迫った。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は20日の0時を予定していおります。

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