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前向きに生きる道

 沈黙に流れる車内ラジオ。


 運転席でハンドルを握るルーガンと助手席の沙羅――車に乗車した際の短い挨拶をしてから互いに一言も口を開いていない。


 真っ黒なスポーツ車――風抵抗を抑える緩やかな丸みを持つ車体。これは彼が設計して作らせた唯一至高オンリーワンの一品。拘りは外装ではなく内装――ハンドル右サイドの薄く、五センチ幅のガラス板に十億の資金をつぎ込んだ。定期的にルーガンはそのガラス板の至る箇所を指先でコツコツと叩いている。


「沙羅は、生きる希望を見つけたのかな?」


 沈黙をやんわりと打ち崩したルーガンは沙羅を横目で一瞥した――窓の外へ顔を向けているので表情を読み取れなかったが、帰ってきた返事にはしっかりと個我が在った。


「ええ、私の『生き方』の意味を見出す事が希望よ。飼われているだけの小鳥じゃなくて、稲神沙羅という個の生き方の意味」

「そうか。キミを拾った時は、死にたくない、助けて欲しいと言っていたキミが、ね。稲神沙羅の在り方とは?」

「言ったでしょ、私が私らしく――」

「違うよ、沙羅。それは『結果』だ。『生き方の結果』が『自分らしく』であって、自分らしく生きる為に『自分がどう在りたい』のかを聞きたいんだ」


 『自由』に生きると言ってもその生き方は『人の数』だけある。遊んで暮らしたいという生き方があったとして――金を持っているから働かずに遊んで暮らしていくのか、働きながら休日を遊んで暮らすのか、人を恐喝や殺害して金を巻き上げて遊び暮らすのか。遊んで暮らしたいという目的地は同じでも、そう在る為の道筋はその人によって変わってくる。


 ルーガンが自分に問いたい真意を読み取り、祖母からの手紙や魔王とのやり取りで描いた在り方を述べた。


「私は私の為に魔術師として世界真理を探るわ。稲神家の在り方じゃない。無意味を排除した私らしい人生を歩むための手段として」


 魔術師とは過去の残骸――ルーガンの認知している魔術師という生業は、世界真理の探究を求める為に魔術という業を磨く探求者という程度のもの。魔術の在り方や世界真理を探る理由までは知らない。沙羅は今まで『魔術』とは、自分の身を守る為の『拳銃』と同じ在り方として強く掲げていた事をルーガンは知っていた。そんな彼女が魔術の在り方を変えた――ただ自己防衛に『殺す為』の力では無く、『意味ある生』を得る力としての魔術意義――稲神沙羅の魔術師としての新しい在り方。


「本来の意味での魔術師として、生きるんだね?」

「そうね。魔術師とは、世界真理を魔術という干渉媒体を以って探求する者を指す。つまり、今までの私は魔術を使うだけの人間だったってわけ」


 手首に赤紐で巻き付けた鈴が『シャリン』と鳴った――車の振動で揺れただけなのかもしれないが、沙羅には鈴が、本来の在り方として使ってもらえることを喜んでいるようにも聞こえた。


「私も四組織の一角に名を連ねるかもしれないわよ」

「……どういう事かな?」

「どうって、そのままの意味よ。ルーガンお得意の人を見る目で、私の本質を見抜いて答えに辿り着いてみたら?」


 二人は笑う――小さくだが、互いを隔てる緊張もなく友のように。上下関係を払拭した二人の在り方。


「それで、私とはどういった商談をしてくれるのかしら?」

「いいや、それは止めておこう。キミは、第五勢力として名乗りを上げるのなら、しばらくはキミを見守っていこうと思う。僕の組織は現在、『無明先見党』『初夜に耽る子猫の吐息』と同盟関係にある。大きな被害をしばらくは被ることは無いから、その間に僕は僕で根回しをしていくさ。いざという時に、キミの対応策も考えねばならないよ」

「そう、なら頑張りなさい。精々、私に喰われないように、ね」

「そうだね。元部下に僕の野望が崩されたなんて、社長としての面目を潰すわけにはいかない。ぶつかり合う時は全力で沙羅の膝を折って見せよう」

「ふふ、楽しみにしているわ」


 車は一件の小さな店で止まった――上野にある『不動産会社』。沙羅は今日から家が無く、ほとんどの資金をルーガンに返上することになる。故に安く物件を探せる貧民街――上野に連れて来ていた。


 ルーガンと共に沙羅は不動産会社で契約を済ませた。


「いい物件が見つかってよかったね。でも、本当にいいのかな? 沙羅に渡したお金はもうキミの物だというのに」

「構わないわよ。むしろ、無くなってくれた方が、私の生き方を模索しやすくなる」

「真面目だね。わかった。でも、仕事の報酬として渡したお金は沙羅のものだ。これは、正当な財産なのだからね」

「じゃあ、それだけはありがたく貰っておくわ」


 二人は最後に握手をした。互いの健闘を祈る意味合いでのしっかりと交わした別れ。次会った時はどのような形で会うかは分からないが、もし敵としての場合でも情は持ち込まずに、純粋に叩き潰すと約束を交わして。


 ルーガンは沙羅をその場に残して、排気音を奏でながら上野の街を後にした。その車体が見えなくなるまで見送った沙羅も、新たな人生を歩むために、新居のカギを握りしめて文京区まで歩きだした。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回の投稿は18日の0時を予定しております!

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