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稲神沙羅の在り方

 都心全域を一望できる『東京タワー』から、ネオン光を灯す街並みを見下ろしていた。


 『白』『黄』『橙』『赤』『桃』『青』『紫』――色とりどりの光が夜闇に浮かび上がり、『欲望』に湿気った風が沙羅と魔王の頬を撫で抜けていく。人の底知れぬ欲が渦巻く臭いが鼻に突き――変わりゆく日本で唯一変わらぬ臭いだと、魔王は懐かしむように呟いた。


「私に凡俗というレッテルを貼った『稲神家』に――私を脅かす『社会』に、私は宣戦布告をする」

「それが、キミの選択ならば、俺は止めない。いや、止められない。止められるはずもない。今のキミからは、『決意』を見出した。そんな覚悟を決めた者を、誰が止められるか」


 沙羅は『一枚の紙切れ』をビリビリに細かく破り捨てた――魔王が沙羅に渡した一枚の紙は数十枚の破片となって夜の都市を流れゆく。


 時代は大きく始動する。


 新しい時代の幕開けだと――沙羅は小さく微笑んだ。今まで見せたことのない、あどけない年相応の笑顔。迷いはなく、自分が歩み到達すべき『極地』を見極めた。


「『繁栄には美酒と口づけを』『無明先見党』『初夜に耽る子猫の吐息』『紅龍七』なんて、私には関係ない。私は『自由』を手に入れる。誰かに従って得た安穏とした日常じゃない。私が私らしく、『無意味』を排除した人生を」

「ああ、それでいい。それでこそ、稲神の『在り方』だ」

「稲神の在り方? 違うわ、訂正しておくけど、私の『在り方』、よ」


 沙羅は選んだ――大都市に蔓延る不穏因子の一掃を。自分を守る為に『世界の真理』を探究してやろう。生まれた時から沙羅を悩ます『無意味』を解体して、真の生を実感するために。


「良い眼をしている。あの紙切れが、キミの人生に、良き働きを見せてくれた」

「あの紙切れが、じゃなくて。貴方の働きよ、魔王」

「俺が動くときは、連絡をしてほしい」


 魔王はそう言って背を向け、一人先に東京タワーを降りて行った。一人残された沙羅は、もう少しだけ気分の良い自分に酔っていたかったので、もうしばらく街を見下ろしている事にした。風に揺れた鈴の音――聞きなれた涼やかな音が風に乗る。


「あんな紙切れで、私の意志がこうも様変わりするなんてね。魔王も面白いことしてくれるじゃない」


 一枚の紙には達筆で短く『お前は稲神に縛られるな、お前らしく生きてくれればいい』とだけ書かれていた。その字体を見て直ぐにそれが誰が記したものか至った。


「あのクソババアも、孫娘に気を掛けてくれるという事なのかしら」


 一見して祖母からの手紙は、家を放逐した本人が罪悪に駆られた内容にもみえなくもない。だが、沙羅の祖母はそんな他人に気兼ねするような性分ではなかった。魔術師らしく常に自分を貫き通す人だったからだ。祖母の真意は分からないが、自分の人生を歩めと言われている様に思え――自分の中に重くのしかかっていた『束縛』のようなものが外れたように気持ちが軽くなった。


 稲神家への宣戦布告――それは自分に凡俗というレッテルを貼った事への見返し。


 社会への宣戦布告――真に自分が自由に伸び伸びと生を謳歌する為に、不穏因子の一掃。


「待ってなさい、クソ生意気な姉と妹。この都市を私の物にして、ひれ伏させてやるから」


 沙羅は魔術を力として――自由の象徴として――大都市の薄汚れた闇の底を探求すべく世界真理を求める決意をする。


 自分には無縁と思っていた『世界真理の探究』。大都市の闇の先にこそ真なる自由を得られるという『意味付け』をした。何事にも意味が無ければ無価値である。価値があるからこその美しさを見出すと沙羅は信じていた。生まれてから十一年の苦行――魔術師としての強制された教養。身体に生傷が絶えない修行と見下される家庭環境は、自分の居場所が狭まっていく息苦しさ。放逐されてある意味では楽だと思った。もう痛い思いをしなくて済む、もう肩身が狭い思いをしなくて済むと。


「別に、寂しくなかったわ……」


 都心部の外――まばらな明りのさらに先――日中には山々が見える方角を凝視する。無意識に自分の生まれ育った方角に視線を向けていて、そのことに気付いた沙羅は大きく頭を振るう。


「言われなくても、私は私らしく生きてやるわよ」


 瞳を閉じれば鮮明に思い返せる幼少期の生活。沙羅は溜息を盛大に吐き出し喝を入れなおす。自分は歩み昇り続ける――この大都市で自分の平穏と自由を取り戻すために。

こんばんは、上月です(*'▽')


次回は沙羅の幼少期の話です。

次話投稿は14日の0時を予定しておりますので、是非とも読んでいってください。


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