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桜の下で鳴る鈴の音

 満開の桜の約束。


 上野公園全体に並ぶ屋台――美味しそうな油の跳ねる音と、ソースの食欲をそそる匂いが、園内に響いて満ちていた。


 屋台の全てが無料で提供され、遠慮なんて野暮だと奇声を上げた男たちが列を作る。


 この時間を楽しむ彼等を眺めて呆れる沙羅に、ルーガンは缶ビールという普段は飲まない飲料を煽り流した。


「まあ、いいんじゃないかな。彼等が楽しそうで、労い、なんだろう?」

「そのつもりだけど、まさか、あんなに屋台で、子供みたいにしゃぐとは思っていなかっただけ」


 人種や組織の垣根が無い花見の集い。


 沙羅の座る御座も人種は様々だ。


「ねぇ、お酒が切れてるわよぉ。もっと、持ってきてちょうだいなぁ」


 頬を朱色に染めて大胆に胸元をひけらかすマグダレーナに、守護天使に相応しい容姿をした少年達は、分担して酒やらつまみの補充に向かった。


 可愛らしい容姿をした少年にお酌をされるのも悪くはない。沙羅はまだ未成年なので、お茶やらジュースを注いでもらった。


「まさか、こうやって敵対していた奴等と、花見をするとは思わなかったヨ」


 長髪をオールバックにした糸目の張が、一同を見渡して言った。


「確かに、少なくともお主と酒を飲む未来なぞ、誰が描けようか」


 日本国守護を担っていた鳴宮渚は、日本の犯罪率上昇の大本を担った張へと視線を投げた。


「これも、沙羅殿がきっかけを作ってくれたおかげかな。最初は対『紅龍七』だったはずが、対『異形』の『紅龍七』を含めた同盟関係になったんだからね」

「何が起こるか分かったものじゃないわね」


 桜が春風になびいて枝から離れた。


 ユラユラと花弁を回転させながら落ちてきて、沙羅のお好み焼きの上に飾り付けられた。


「これからも同盟は持続させるんでしょ?」


 一同は沙羅の言葉に頷き、苦笑した。


「同盟関係であることを思い出させるような事件は、二度と起きて欲しくはないなぁ」

「そうねぇ、もうこれからはゆったりと過ごしたいわぁ」

「そうダ! 『無明先見党』。今かは俺と殺し合いをしよう。この間の借りを返したいんダ」

「止めておけ、主では私を屠ることはできぬよ」

「そう言われると、燃えてくるんだよネ! あはは、さあ、さあ」


 一方的にしつこい張に沙羅が割って入った。


「止めなさいよ。今日は花見よ。この楽しい馬鹿騒ぎを真っ赤に染めるんじゃないわよ」

「えぇ、強い奴と戦うのは戦士の花だろウ? そう思わないカ? ルーガン・ジャックワード」

「戦士は戦士でもキミと僕では異なる戦場だからね。キミは命のやり取りをする戦場。僕は金のやり取りをする戦場。僕は企業戦士だから、殺し合い云々には賛同はできないよ。まあ、交渉のし甲斐がある奴相手だと、戦士としては燃えるけどね」


 沙羅は魔術師なので分からない事にする。


 しばらくぼんやりと桜を見上げていると、大きな影が差した。


「沙羅、隣いいか?」


 この御座は各組織の代表が座る席だが、誰もが彼を迎え入れた。


 靴を抜いて沙羅の隣に腰を下ろし、共に桜へ顔を向ける。耳に入る喧騒は人の死に際の絶叫ではない。誰もが今を楽しんでいる。時々聞こえる嘔吐している耳障りな音を拾うが、それはなるべく意識しないで聞き流す。


「人の敷地で吐くとは、あれは、『無明先見党』の者だな。沙羅も良く知っている人物のようだ」

「視界に入れたくはないわ。馬鹿煩そうな女の嘔吐は、誰が始末するのかしら?」


 沙羅は視線を渚へと向けて、意地悪な笑みを浮かべてやった。


「自分の不始末は自分でつけさせる。この美しい園内を汚した事を深く詫びよう」


 渚は正座したまま深く腰を折った。


 さすがにそこまでの対応を求めていなかったので、逆に沙羅が申し訳なくなってしまった。


「別に構わないわよ。客人にそんなことはさせられないわ。こっちで始末するから気にしないで」

「すまないの。稲神殿」


 向こうの方で大太刀を振り回している酒乱のバカ女は放っておこう。沙羅は瑠依の姿を探していると、一か所の人だかりの中心にかろうじて彼女の姿を見る事が出来た。


「あれ、何やってるの?」

「ああ、波多江瑠依が男性にお酌して回っていて、彼女に惚れた男達が群れているだけだ」

「なるほど、瑠依はいいものをもってるものね。コルセットスカートとブラウスなんて、しょうもない男が好きそうじゃない? 永理は違うの?」

「俺は、活発で表裏のない太陽を思わせる女性が好みだ。少々子供っぽい所があればなおいい」


 永理が抱く理想の女性への心当たりは一人だけだ。


「素直にお母さんが大好きだって言いなさいよ。このマザコン」

「違う。俺は、マザコンじゃない。ただ、好みの女性が母親と一致しただけだ」

「へぇ、ふぅん。そう」

「本当だ。俺はマザコンじゃない」


 永理をこうやって弄るのも楽しいかもしれない。


 沙羅は一度大きく深呼吸をして瞳を閉じる。


「やってやったわよ。私が私として在るべき道を、作ってやったわ」


 今の自分はだいぶ変わった。


 もし利己主義に生きていたら、どんな道を歩んでいたのだろうか。 


 左手首に赤紐を通して結ばれた鈴が『シャリンシャリン』と風に揺られて鳴った。

こんばんは、上月です(*'▽')



今回で『鈴鳴りの解体魔術』は終幕です。

もし仮に、稲神沙羅が利己主義に生きていたら……。

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