過去の魔術師の在り方
三次世界大戦の背景には一人の男の存在があった。
『不死なる者』『見定める者』『混沌を生む者』これらは一人の人間を示す忌み名。その一人の人間に畏怖の念を讃えて彼を――『魔王』と呼んだ。
百十数年前――世界を巻き込んだ大戦争を引き起こすきっかけとなったのが、目の前でカツカレーを美味しくなさそうに食べる男だった。
「そろそろ裏社会に蘇る頃合いかしら? それとも、表も裏も関係なく、世界という一つの舞台に舞い戻る?」
「俺は、人間だ。魔王なんて、大それた存在じゃない。俺が戦争を引き起こしたのは、人の時代を終わらせないためだ。好き好んで人の死を、見たいわけじゃない」
「そうだったわね。でも、どうして人類滅亡なんて」
魔王は視線を沙羅からカレーに移す。アルミスプーンで掬ったルーとライスの黄金比。口に運ぼうと悩んで一度、器にスプーンを休ませる。
「かつて、『魔法使い』が『世界の歪み』を世界各地に発生させ、世界の在り方を――『既存の法則』を書き換えようとしていたことは、当時の『裏社会』に生きる者ならば誰でも知っていた。当然、俺も知っていた。歪みは世界に住む生物を一掃するシステム。俺達は抗って、敗れた。だから、人類の力をぶつけさせた反発で歪みを消失させることで、全ての歪みを一掃した」
『魔法使い』なんていうのは『魔術師』含めて過去の残骸にすぎない。世界に飼われた『世界意思の代弁者』――それが魔法使い。童話に出てくるような心優しい存在ではない。人生に嘆き、抗えぬ現実に挫折した者達を、『世界意思』が便利な駒として利用していた体のいい傀儡――またの名を守護者と呼んだ。
「歴史に興味が無いから詳しくは知らないけど、それで、この現状は貴方にとって良かったと思える結果だった?」
「飢餓に苦しんでいても、全滅するよりかは、希望はある。俺はそう信じている。いや、信じたい」
純粋な男だと思った。人類全滅を回避するために、大戦争を引き起こして多くの命を散らせた。一縷の望みに縋った男の選択こそが、現代の在り方だった。貧困と飢餓が世界に蔓延し『人間性』を欠落させた人類が治める世界。全滅するよりかはマシだと強く言って聞かせる『魔王』は、いまどのような心境で世界を――救いたかった人類を見ているのだろうか。
「お前は、どうなんだ。お前も、俺の独りよがりの犠牲者だ」
「別に犠牲だなんて思っていないわよ。私は魔術の才能が無いから、結局家を追い出されてたわ。むしろこんな時代だからこそ私は、生きていけるの。実力至上主義――奪うか奪われるかの世界。お礼は言っても非難する理由はないわね」
沙羅もカレーを頬張る。普段食べている料理には劣るが、これはこれでまた美味しい。
「そうか。だが多くの人類はそうは思っていないだろう。特に、この国の人間は」
世界大戦の勃発で一番の被害を被ったのが日本国。他国の侵略を受け、『文化と精神』を踏みにじられ、犯罪大国へと姿を変えた。アジア圏の理想郷とまで言わしめ発展した国の見るも無残な姿。唯一の救いは国家再興を願い、古き時代より国家防衛を任とする『無明先見党』の存在。彼らがいなければ、今を生きる日本人と日本国に縋る希望はなかった。
「魔王、と呼ばれてはいたが、俺も一人の魔術師。死に恐怖し、遠ざける為に世界真理を探究した愚者の一人」
「不老不死を探究するだけなら本当に救いようがない馬鹿だけど、貴方は違うでしょ。貴方は辿り着いた――不老不死の領域に。人類の理想に辿り着けた者を愚者とは言わないわ。努力が実った成功者よ、貴方は」
「そう、か」
休めているスプーンを再び口に運び始め――その表情にも瞳にも色はない――枯れてしまっている。長い歴史を生きていたせいで、失うものが多かったと魔王は語った。
「貴方の時代に生きていた『稲神』はどんな奴だった?」
自分の家系の事を全く知らず、興味もなかった。だが、過去に生きていた人物が目の前にいるのであれば聞いてみてもいいかと思った。せっかくの休日なのだから、仕事を忘れて、稲神家を知るのもいいかもしれないと思ったからだ。
「この長い歴史でも稲神家は、常に魔術師の最強に坐していた。数多くある魔術師の家系の中で、特に名を馳せていたのが『稲神』『津ケ原』『世良』『フォルトバイン』だ」
「へぇ、意外と日本人家系が多いのね」
思っていたよりも日本人が上位を占めていたことに驚きはあったが、今はそんなことはどうでもいい。今は彼の発した『稲神』だけが重要だった。
「家系で言えばな。俺が初めて出会った稲神は、既に不老不死を会得していた。どうやって至ったかは不明だが、老いることなく死ぬ事もない肉体と魂を有していた。そして、人間の身で初めて世界真理に至った魔術師――稲神聖羅。魔術師の歴史でみても、群を抜いた才能と狂気を有し、他の追随を許さぬ史上最強の魔術師だ」
「聖羅。ふぅん、で、他の追随を許さないってどれくらい強かったの?」
空になったコップに水を注ぎに来た老婆に礼を述べた魔王は、口内を一度潤すために水を一口含む。過去を思い返すように窓の外に広がる海へと視線を向けた。
「比較のしようがないほどに強かった、としか」
「想像も出来ないんだけど。まぁ、で、不老不死を得た聖羅は、今は何をしているの?」
「それは、俺にも分からない。二度会ったくらいで詳しくは知らない。一度目は父の魔術任務で、二度目は母の葬儀で、だ。常に最強を追い求め、自分が死地へ足を踏み入れることさえ厭わない魔術師だったと、両親が語っていた」
当時の稲神はぶっ飛んだ人物だったらしいと納得する。最強の二文字を追い求めるが故に他者を徹底的に叩き潰す。凶悪な猛犬のように強い相手に噛みつく姿が脳裏によぎった。
「当時の魔術師はみな、魔術と世界真理の探究に精を出す、良い時代だった」
「私には分からないわね。時間と労力の無駄にしか思えない。真理に至って何になるの? 人の為にもならない、自己満足を得る自慰行為じゃない」
「かも、しれないな。だが、今と昔では時代が違う。今より感性は豊かで、穏やかだった」
「私には関係ない。私が魔術に見出す意味は力よ。他人を排除する為の力」
「それも、悪くはない。時代によって在り方は変わってくる」
同時に食べ終えた二人は黙って会計を済ませた。神奈川県の沿岸道の奥に広がる青い空と濁った海は最高のドライブ日和だった。
こんばんは、上月です(*'▽')
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