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稲神姉妹のひと時

 本家を離れた妹と祖母は『探求者の(シェルシェール・ラ・)メゾン』に滞在して数日が経過した。


 安定した陽気な気候が続き桜の蕾は次第に大きくなっていき、希羅は依然と変わらず沙羅の後ろを付いて回った。


「別に後ろを歩かなくても、隣を歩けばいいじゃない」

「ですが姉様は、今や『探求者の家』の統括者でございます」

「はぁ、あんただって稲神家の『当主』でしょ。稲神家という枠組みで見たら、私より上の立場じゃない。いや、そもそも家族だし。後ろ歩かれると話し辛いのよね」


 希羅は乏しい表情に珍しく眉間に皺を寄せて何かを考えている。


「わかりました。姉様、お隣失礼いたします」

「別に失礼じゃないけどね。桜も再来週には満開になりそうね」

「ええ、そうですね。都会で見る満開の桜は、やはり普段見慣れたものとは異なる感動を得られるのでしょうね」

「そりゃあ、凄いわよ! とっても感動することは約束してあげる。出店も地元の小さな祭りの比じゃないし、集まる人たちだって多様で面白い奴が多いわ」

「楽しみです」


 姉妹水入らずの会話に邪魔者が投石されて波紋が広がる。


「羨ましいなァ、おい。私は家族から縁を切られて以来、親や妹に会えなかったぞ。まあ、あの時は会う気もなかったんだがなァ、クク」

「ちょっと、聖羅。今は希羅と話してるんだからあっちに行っててよ」

「連れない事を言ってくれるなよ。私だって稲神の人間だ、少しは会話に混ぜてくれても良いじゃないか。なァ、希羅?」

「え、えっと、はい」


 急に話を振られて何と答えればよいのか戸惑い、流れるままに頷いてしまった。


「ほら、聞いたか。希羅は私が混ざってもいいみたいだぞ」

「うぐぐ」


 何かを言い返して追い払いえるk十場を模索するが、自分の道を無理やりにでも歩む聖羅を退ける言葉なんて思いつきもしない。


 だが、そこに――。


「聖羅、止めなさい。沙羅さんは久しぶりに会った希羅さんと話したい話題が山積みなのですよ」


 白いワンピースを着た銀髪の女性――アレッタ・フォルトバインが仲裁に入った。


 希羅はかしこまって深く頭を下げると、アレッタはおかしそうに微笑んで顔を上げさせた。そのまま顔を聖羅に向けてくどくどと責め立てた。


「そこまで言うか、お前は。お前のその耳を塞ぎたくなるほどの膨大な罵倒の言葉は何処の引き出しにしまってあるのか疑問を抱くぞ」

「幼い頃にあった人々や本から吸収しました。それより、行きますよ。これから、永理さんと買い物に行く約束をしていたのを忘れていませんよね?」

「ああ、そういえばそうだったな。クク、忘れていたよ」


 アレッタは聖羅の手首を掴んで沙羅たちから引きはがし、小さく頭を下げてそのまま邪魔者を連れ去ってくれた。


 内心で感謝の言葉を告げて希羅と石段を下っていく。


 二車線道路を挟んだ先にある不忍池。その外周にはもうぽつぽつと桜が咲いていた。白い花弁が可愛らしく、希羅は感嘆の声をもらして見上げていた。


 沙羅は感謝した――こうして心穏やかな時間を家族と過ごせる幸せを。


 四組織による市民支援は功を成してきていた。


 職の無い者には職を与え、荒川沿いにある監獄のお菓子工場は『無明先見党』の見直しが入り、一日の労働時間を八時間とし、週休二日の有給制度を導入させた。


 全ては日本国首相の鳴宮渚の働きぶりのおかげだ。


 警察機関も荒巻を筆頭に組織改変が行われた。


 犯罪率の多い区域には警察の配置人数を増やし、どうしても足りない場所には同じく組織改革が行われた『紅龍七』や『無明先見党』から人員を割いてもらっている。


 かっこいい警察官に子供達は憧れを持ってくれるように、日々の悪事を見逃す者かと情熱的に警邏を続けている。


 健全な繁華街を作りあげた『初夜に耽る子猫の吐息』は、日本国独立を支援する為に、他国に対して有利な情報を流し始めていた。


 かつては日本国崩落を目指した者達が結託し、日本を支援しているという感動的な結託に胸が温かくなる。


「姉様、その、あれに乗ってみたいのですが」

「――げっ! あ、あれに乗るの?」


 希羅が興味を惹かれたのは桜だけではなく、不忍池に浮かぶアヒルのボートだ。


 あれは恥ずかしい。あんなものに乗っている所を部下たちに見られたり、ましてや聖羅に見られたくはなかった。


「乗ってきて、いいわよ」

「その、動かし方が分かりませんので、姉様も一緒に」

「え、いや、それは」

「姉様ごめんなさい。止めておきます」


 無表情ながら悲しまれると姉としての立場が奮い立つ。


「分かったわよ! ええ、一緒に乗るわよ! 好きなだけ楽しむのよ」

「姉様!」


 無表情だが心から喜んでいる妹の姿を見れたのだから、恥ずかしいという気持ちなんて馬鹿馬鹿しいと放り投げた。


 妹の願いくらい叶えられずに何が姉様か。


 昔から希羅には甘いのは自覚していたが、今もそれは治っていないことが自分でおかしかった。


 姉妹で息を合わせてペダルを漕ぎ、行け周りには多くの見物人で溢れていた。


 『探求者の家』が勢ぞろいして、池の中央でアヒルボートを漕ぐ終いを微笑ましく見守っていた。中には買い物に行くと言っていた永理、アレッタ、そしてニヤニyハとしている聖羅の姿もある。


「統括者命令を出すわ! 残るボートに乗り込みなさい。あんたちも運動不足なんだから、足を鍛えなさいよっ!」


 沙羅の言葉に即時反応した者達はボートを奪い合う為に魔術式や魔術をぶっぱなして、池の中に次々と沈んでいく。


 勝ち残った者達が池に浮かぶ弱者をボートで押し退けて、奇声を上げながら楽しんでいた。


「あいつら、あんなキャラだったっけ?」


 もっと大人しい性格だと思っていた者も、今は嬉々として隣に浮かぶボートに特攻をして遊んでいた。


 本来の遊び方からかけ離れてはいるが、彼等が楽しんでいるのからそれでいいかと諦めた。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回が最終話となります。

最終話の投稿日は6月4日の22時を予定しております!

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