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花見の約束

 人類と異形の大戦――アダムが引き起こした災厄は終わった。


 超越執刀の魔術師――稲神聖羅が敷いた秘術から帰って来ると、そこは大戦で荒廃した街並みが迎えた。


 聖羅の執刀によって歴史絵画にされた者達は、全員地に伏せていた。もちろん誰一人として死んではいない。


「終わった、わね」

「ああ、そうだな。俺はアダムには感謝している。彼の本意ではなかっただろうが、俺は母さんと父さんと再び会話でき、俺の罪悪が消えたよ」

「そっ、良かったじゃない。今までで一番、良い顔してるわよ、あんた」


 隣に立つ高身長の男をチラリと見上げて直ぐに視線を戻した。


 夕焼けに照らされた彼の顔は喜びの感情を浮き上がらせ、陰影を纏う彼に少しだけ、男らしさを感じてしまった。ドキリとしたがこれはそういったモノではない事くらい沙羅も自覚はしている。


 そう、これは――。


「人の輝きね」

「何のことだ?」

「気にしないで、独り言だから。それより、これからが大変よ。この腐った利己主義の人間社会を変えるんでしょ? それだけじゃないわ。『探求者の(シェルシェール・ラ・)メゾン』の運営管理と、魔術師達を今一度、大空の下で自由に探求させてあげなきゃいけないんだから」


 稲神沙羅にはこれからの課題が山積みだった。


 これは徹夜が何日続くか、と考えてみたりもする。また眼の下に隈を作って、誰かに恐れられたりするのは流石にごめんだ。


「おいおい、今から目の下に隈を作ろうとしてるんだァ? クク、使えるもんは使えよ」

「別にまだ隈を作る気はないわ。ただ、自分の時間がなくなりそうで、ちょっとシンミリしてただけよ」

「クク、そいつは愉快だ。アレッタは自分の時間も無く働き続けていたぞ。大切な魔術師どうほうの為にな」

「沙羅さんが真似をする必要はありませんよ。沙羅さんには沙羅さんのやり方で、私達を導いてください」

「コイツ、自分が統括者じゃなくなったからって、憑き物が落ちたようなスッキリした顔してやがる」

「していません! 私は、貴女のそういった人を小馬鹿にしたところが嫌いです」

「ほぅら、可愛いなァ、元統括者様は」


 アレッタは握りこぶしを振るわせ、聖羅をキッと睨み付けると、植物が地面の割れ目を広げて生えてくる。


 アレッタを取り囲む植物達は茎や根を地面に叩きつけて威嚇する。


「ああ、私達は下がっていたほうが良さそうね」

「賛同だ」


 沙羅と永理は至上最強の魔術師二人から距離を取る。


 植物と斬撃が周囲の建物を倒壊さていく。彼女たちの周囲に人がいなかったのが幸いだ。


「勇ある獅子ハ、強かったみたいダ。僕の認識ハ、すこぉしだけ訂正だネ」

「張、あんたはもう起き上がれるの?」

「問題はないヨ。仙人はこれくらいじゃあ死ななイ。まあ、彼ほどじゃないけどサ」

「そして、お前はどうして偃月刀を構える?」

「強い奴と戦いたいと思わなイ?」


 嬉々と糸目を薄く見開き、オールバックにした長髪が偃月刀に沿って流れる。卑しくも舌なめずりして、臨戦態勢を見せるがそれを沙羅は突っぱねた。


「無理、疲れた。そのうち相手してあげるから今は待ってなさい。もっと成長した私を倒した方が、あんたも嬉しいでしょ」

「う~ん、そうかもネ! なら、今は引いておこうかナ。じゃあ、もう用はないから僕は返るとするヨ」


 背を向けて手を振る張を沙羅は呼び止めた。


「なにかナ?」

「上野の桜が満開になった頃、一緒に花見するわよ。連絡入れるからちゃんと集まりなさいよ」

「強制的だネ。まあ、覚えていたら、ネ」


 今度こそ張は『紅龍七コウロンチー』の面々を引き連れて去って行った。


「そのお花見ってぇ、私も参加して良いものなのかしらぁ?」


 蠱惑的な香水と甘ったるい喋り方をしているのは、『初夜に耽る子猫の吐息』の女王――マグダレーネ・ベーレンドルフ。


 見眼麗しい少年達――守護天使を侍らせている。


「ええ、誘う予定だったから。五大組織の上下関係もなければ無礼講の花見だから、これは一応、部下への労いって意味合いもあるの」

「一番の理由はなにかしらぁ?」

「私が見たいの。人間が今を楽しんでいる瞬間を」


 沙羅の瞳を真っ直ぐとみつめるマグダレーナは口角を持ち上げた。


「その時は、私の守護天使や子猫達にお酌をしてあげてほしいわ」

「なら、女王様にはうちの魔術師たちにお酌をしてもらおうかしら。異性への探求にはちょうどいいわね」

「あらあら、たっぷりご奉仕してさしあげるわ」


 マグダレーナも娼婦と騎士に囲まれて自分の城へと帰っていった。


「沙羅ちゃん!」

「瑠依」

「私達の勝利だよね!」

「この現状を見て敗北だと思う?」

「ううん、思わないよ。私はね、信じてたよ。沙羅ちゃんが勝利を掴んで、勝者として立つ未来を」

「私だけの勝利じゃない。皆が居てくれたから掴み取れた勝利。私一人だったら、今はもうこの世にいないわね」

「変わったね、沙羅ちゃん」

「変わるわ。周りが私を変えたの。瑠依、あなたもその私を変えた一人よ」


 瑠依の顔はみるみる赤くなっていき、モジモジと足を擦り合わせる。


「瑠依、その動きは少々、気持ちが悪いよ。稲神殿、その花見の件でだが、『無明先見党』全員参加で祝おうぞ」

「楽しみに待っているわ。貴方達と桜を眺める日を。と、その前に遠巻きからこっち、主に私を睨みつけるアレ、なんとか躾けておいてよね。花見の席で血染め桜なんてシャレにならないから」

「ふふ、可能な限りは躾けておくとしようかの。瑠依、芽衣の事、頼んだからの」

「え、えぇ!? わ、私ですか」


 『無明先見党』党首――成宮渚は、着物を優雅に翻し、四列整列した部下を従えてこの場を去っていく。瑠依は慌ただしく愛刀を抱いてその列に割って入り、姉の芽衣は刀の切っ先を沙羅の心臓に向ける。


「楽しみね」


 読唇術といほどではないが、確かに芽衣はそう言っていた。何がどうして刀の切っ先を向けて、花見を楽しみにできるのか。


 沙羅は左手首に巻いた鈴を見せつけて。


「ええ、楽しみにしてなさい」


 と口パクで告げてやった。


 帰り際に見せたあの憤慨の表情は少し面白く、あれは中々に人を笑わせる才能の塊だと評価点をくれてやった。


 『紅龍七』『初夜に耽る子猫の吐息』『無明先見党』が去り、残るは――。


「沙羅殿、僕は役に立てなかったようだ。すまないね」

「役に立たなかった? 自分の功績を再認してから言いなさいよ。当然、ルーガンも花見に来てくれるんでしょ?」

「稲神沙羅殿に誘われたら断れないね。たとえ数億の商談が入っていてもキャンセルしてでも優先させていただくよ」

「ふぅん、私には数億以上の価値があるわけ?」

「数億どころじゃない。この世に存在する金品財宝でさえ釣り合わないよ。そんな君が僕の元を離れたんだ、あの時はショックだったけど、今はこうして一つの組織を纏める。キミ達の場合は統括者だったね。それはとても嬉しい輝きだよ」


 たしかにあのままルーガンの下で、利己主義に生きていたらどんな人生になっていたのか。まあ、きっとそれは利己主義という自己完結した人生だったのだから、まんぞくはしていたのかもしれない。ただ、今の自分が歩むにはちょっと寂しい気もする。


 今はとにかく休みたかった。


「また連絡するから。『探求者の家』所属の魔術師達は上野に帰るわよ!」


 沙羅の一言に雑談をしていた魔術師達は整列し、沙羅の為に中央の道を開けた。


 いや、別に左右に分かれて道を作ってほしかったわけじゃないのだが、せっかくなので、ちょっと王様気分を味わってみるのも悪くはないか、と『王道』を歩き出す。


 沙羅が過ぎると続々と魔術師達が後ろに続いて歩く。


 稲神聖羅、津ケ原永理、アレッタ・フォルトバイン。


 旧時代から生き、その実力も今の沙羅では遠く及ばないが、彼等と触れ合っていくうちに自分もきっと『成長』することができる。


そう信じて、沙羅は稲神じぶんの『外道』を歩き続けるのだ。

こんばんは、上月です(*'▽')



次回の投稿は30日を予定しております!

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