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日常へと……

 なんて事か。


 これは奇跡だ。魔法や魔術といった神秘では引き起こせない、とても素晴らしく、とても幻想的な、一時の夢想でもこの再会が津ケ原透理にとって最大の奇跡だった。


 今先程まで何をしていたのか。


 大切な息子に罵詈雑言を浴びせ、自分がお腹を痛めて産んだ最愛の夫との子供を傷付けた。後悔と自責の念が透理の胸中を渦巻き、きっとそれはルアも同様で、表情の片隅には深い懺悔の色が滲んでいた。


「母さん、父さん。俺はまた、こうして会えたことが嬉しい」


 ああ、なんて優しい子なんだろうか。


 今いる自分が仮初であっても、こうして息子からの正直な言葉に心を打たれ、温かな感情が胸中に渦巻く念を融和して薄めていく。


「ボクは――お母さんはもっと嬉しいんだよ!」

「私はそれ以上だ」

「なにおぅ、ボクの方がもっともっと嬉しいんだ! これくらいだっ!」


 透理は両手を大きく広げて喜びを表現する。


「ふっ」

「ふふ」


 そんな小さくて愛らしい透理の姿に、とうとうルアと永理が吹き出した。


 そう、これは彼の――アダム・ノスト・イヴリゲンが本来、成したかった人々に夢と希望を見出してもらうための魔術――『超越夢想の魔術』。


 もう、彼は存在しない。


 家族で殺し合わせる悪夢を突きつけたアダムに透理は怒りを覚えたが、今もその感情は感謝にすり替わっていた。


 あとどれくらい夢を見続けていられるのだろうか。


 透理とルアは自身の魂が少しずつ薄れていくのを知覚していた。残り少ない時間をもっと味わいたいと願ってしまうのは致し方ないことだが、誰にもどうしようも出来ない。


 ルアの無限書架に収められた三位一体の魔導書――現在過去未来を司る時間停止を以てしてもその流れをせき止める事は出来ないだろう。だからこそルアは試さなかったし、透理も同様に提案をしなかった。


「あはは、どうしてだよぅ。もっと、色々話さなきゃいけない事があるはずなのにね。何を話せばいいのか、ボクわからないよ」


 下唇を悔しそうに噛みしめる透理を永理が抱きしめた。


「なら、俺の話を聞いてほしい。俺が母さんを否定した魔術理論で、これまで何をしてきたのか。何を見て、何を感じ、なにをしたいと思ったのかを、二人に聞いてほしいんだ」

「聞かせてくれ、永理」

「うん、聞かせて。いっぱいいっぱい長い時間を旅したお話を」


 永理も何処から何を話そうか、いざ話すとなると整理が付かない。両親とも長くは一緒に

居られない事くらい分かっている。二人はアダムの魔術によって呼び起こされた夢の一欠けらなのだから。


 遠く離れたところでアレッタ・フォルトバインが、稲神聖羅が、稲神沙羅が家族の輪を温かく見守っていてくれている。


 世界真理という歴史を額縁に飾る美術回廊で、自分が歩んできた『正道』を重要なところだけをかいつまんで話し始める。


 津ケ原永理の人生。


 数々の出会いの中で、友人と呼べる者達と決別し、恋人だった少女を己の手で殺め、それでも『正道』だと歩み続けた孤独な不老不死の物語。決して明るく楽しい道のりではなかったかもしれないが、永理にとっては他人と触れ合う一瞬一瞬が孤独に生きる心の支えとなっていた。


 これから先も自分は死なない。


 二足の草鞋を履いて『正道』を歩み続ける。人類と魔術の繁栄はきっと必ず成し遂げられると信じて。


「よく、今日まで頑張って歩き続けたな」

「偉いぞ、永理。流石はボクとルアの息子だよね!」

「キミはそればっかりだな。昔と変わらない。もっと他の褒め方を覚えたらどうだ?」

「いいんだもん! これが、ボクなりの最大の褒め方なんだから」


 この夫婦は本当にお似合いだ。


「ああ、俺も母さんと父さんの息子で良かった」


 千葉の下の方に位置する館里市にある、小高い丘に囲まれた森の中に佇む屋敷での生活を三人は思い返していた。


 執行会――ライナ・ビアドール。飢えた狼――ウォル・アンクリオット・ディーラデイル。魔法使い――荻春樹。超越執刀の魔術師――稲神聖羅。無限書架の魔術師――ルア・ウィレイカシス。絆の魔術師――津ケ原透理。十三世界の悪魔たち。異界の悪魔王。


 そして、天才と特異な二人の魔術師を親に持つ津ケ原永理。


 世界だって相手にできる仲間たちと騒いだ日々。


 百数年も経過した今でも鮮明に思い出せる。


 本来であれば敵対する者同士だった彼等が、津ケ原透理という少女によって繋がり、個人的な付き合いを長く続けるに至った不変の関係性。


 津ケ原永理はこの想い出と、両親の温かさを胸に堂々と胸を張って生きていける。常に自分に付き纏っていた罪悪の念はもう無い。


「そろそろ、みたいだな。俺は、これからも歩き続けるから、どうか見守っていて欲しい」


 身体が透過してきた二人を見ると、やはり寂しいと思い、まだ一緒に居たいと言う甘えが溢れ出す。


「あったりまえだろ! 永理をイジメる奴が現れたら、ボクとルアがまた駆けつけて、ソイツをやっつけてやるんだから。ねぇ、ルア」

「ああ、そうだな。だが、そんな事になる可能性も低いだろう。お前には多くの仲間ができたんだからな。当時、私達にも肩を並べて戦ってくれる仲間がいたように」

「これからは、アレッタさんや、聖羅も一緒に居てくれると思うし、困ったら色々と相談するんだよ。あの二人はすっごく物知りだし、アレッタさんなんて、こんな頭の悪いボクに一度だけ試験で満点を取らせた人だからね」

「聖羅はともかく、アレッタ・フォルトバインはお前も知っている通り、成長を志す者に対して惜しみない協力を示してくれる」


 消えていく両親に対して、最後に一言。


「ありがとう」


 透理とルアは互いに一度顔を見合わせて微笑み、今度こそ安らかな眠りについた。もう誰にも安息を邪魔されることもない。


 短い時間での再会だったが、これから先を生きるには十分以上の活力エネルギーを貰った。


 全てが終わったのだ。


 異形による被害は甚大だ。だが、今を生きる人間の――利己主義ならば過程は異なれど、きっと立ち上がって日常を歩み始めてくれるはず。


 人間性の芽吹きはその後からでも遅くはない。


「感動の再開だったなァ、永理。お前はよく頑張ったよ」


 聖羅がタイミングを見計らって声を掛けた。


「帰ろう、現実世界に。俺達にはまだ、やらねばならない事がたくさんある」

「そうね、まったく。本当に課題は山積みよ。聖羅、あんたにもしっかりと手伝ってもらうわよ」

「クク、お前が真に立派になるまでは、私がお前の面倒を見てやるよ。アレッタ、お前は永理を頼むぞ?」

「ええ、私が次代の芽吹きに貢献できるのでしたら、惜しみなく協力させていただきます。よろしくお願いしますね、津ケ原永理さん、稲神沙羅さん」


 シェルシェール・ラ・メゾンも強大な組織に成長していく。


 魔術師としての道を歩ませ保証する組織に。


 聖羅が領域を一声で消失させると真っ白な空間に包まれ、意識は自分内面の奥深い場所に沈んでいった。

こんばんは、上月です(*'▽')



130話で完結しますので、もう少しお付き合いください。

次回の投稿は28日の22時を予定しております!

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