家族の触れ合い
二つの異なる用途に特化した神秘が混じり合う。
津ケ原永理の魔術媒体は砕けてしまった。それ故に魔術を使う事は出来ず、稲神聖羅の展開した領域によって傷は塞がり、魔力は永久的に供給される。
魂を奪う魔術が使えないのであれば、戦闘神秘である魔術式に頼る他ない。炎、水、風といった世間一般で認識されている魔法に近い力で父に抗う。
「母さんは眠ったよ」
「さて、どうかな。アレは簡単に眠りに着く子じゃない。次に眠るのはお前だ、永理」
ルアの周囲には数百冊以上の書物が浮かび、現状最適な物語を顕現させては魔術式を呑み込み、永理を追い詰めていく。
圧倒的な実力差に対抗策を講じる隙も無い。
ルアは感情の読み取れない無表情で息子の動きを、その視線だけで追って行く。何が出来るのか。何を見せてくれるのか。自分の憎悪を塗り替える奇跡を見せてくれるのならばよし、さもなければ自分の手で憎悪に従って息子を殺すだけだ。
「透理を裏切ったお前を、私は許せそうにない。お前は自分の生に何を見出した? 何か誇れるものがある人生だったか?」
「誇れる人生、か。俺は今の俺を誇っている。これから先、魔術師を引っ張っていく統括者の相棒として、生きていられる。俺の力が彼女の為に役立てられるのなら、これ以上に嬉しいことは無い」
「彼女。稲神のあの少女か。聖羅によく似ている。少々精神的には脆そうではあるが、なるほど、確かに稲神の魔術師であれば神輿としては十分だろう」
「父さん、彼女は神輿じゃない。統括者だ」
「人類の繁栄と魔術師の繁栄、二足のわらじを履いて、津ケ原の正道を歩めるのか?」
「歩むつもりだ。ただ、その正道も幅が広くなりそうだが」
永理は珍しく表情という表情で笑ってみせた。
迷いなく先を見据えて歩もうとする者の笑顔だった。ルアは息子の姿勢を眼にして、自分の内部に巣食う何か――『憎悪』が払拭されていく感覚を確かに味わった。
なるほど。やはりこの子は透理の子供だ、と。表情が硬い親子ではあるが、浄化されつつあるルアも、かつての思い出を呼び起こして微笑んだ。
そんな時だった――。
「また三人で顔合わせが出来るなんて、これ以上の喜びはないよ!」
永理の背後――過去に聞き慣れ、先程も聞いた声の主――津ケ原透理が、屈託なく子供の様に――高校生くらいの姿で口を大きく開けて笑っていた。
何故どうして。屠ったはずの母がここにいるのか。そもそも、どうして殺気を感じないのか。永理から笑顔が消えて戸惑いに難しい顔を作った。
「こらぁ! 駄目じゃないか、そんな不愛想な顔しちゃ。せっかくのルアにのイケメンが台無しだぞ」
「待ってくれ、どうして母さんがここにいるんだ?」
「ふふん、お母さんが教えてあげようじゃあないか。えっとね、えっと、聖羅の魔術が、えっとぉ、ルアぁ~」
息子に良い所を見せようと、懸命に言葉と理論を模索するが上手く説明できるどころか、自分もよくわかっていない答えに辿り着く。結果が無限書架の知識を内包する師匠に助けを乞う。
「はぁ、キミは相変わらずだな。透理、キミは以前も聖羅の領域内で亡くなったご両親と会っただろう? ようは、前回とまったく同じ事が起きている、と考えて良いだろう。聖羅の執刀魔術は世界の薄皮一枚一枚を丁寧に剥がして、中核を切り裂いて識る魔術だ。ここまでは、問題はないな?」
「うん、ここまではなんとか。永理も大丈夫だよね?」
「俺もなんとなくだが」
二人の知識がまだついてきていることに、ルアは頷き続ける。
「ここで重要なのは、世界を切り裂くという常識外な探求理論だ。聖羅はこの領域内でかなりの執刀を行使し、その際に、この世とあの世の境界までも切り開いてしまったのかもしれない」
「でもさぁ、それだったらもっと多くの死者が雪崩れ込んでこない?」
「透理の魔術理論が働いたのかもしれないな。『絆』の魔術――生者と死者の隔たりさえも跳躍した、と考えるのが妥当だろうな」
「ボクの魔術?」
無限書架に収められた本にも書かれていない奇跡を、ルアは一番可能性が高い理論を導きだした。
透理は自分に理由があると言われても、あまり実感が無いらしく、首を傾げてはウンウンと唸っている。そんな母の姿を見て、永理は先程の母はやはり偽物で、過去の輝かしい日常に浸る事が出来た。
こんばんは、上月です(*'▽')
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