美しさを増す花に散る優しさ
結晶化した草花の楽園が二人を取り囲んだ。
今の柊はどうかは知らないが、アレッタはかつての美しく咲いた花の楽園を思い出した。結晶化という手が施されたが、この光景はアレッタにとって、確かにあの時のあの場所だった。
だが、アレッタは勝機への道を見定めていた。
柊は諦めに苦笑している。
「柊先生、これでお終いですね」
「ああ、そうだね。うん、強くなったものだよ、本当に」
柊の身体からはこの世に存在しない花が無数に咲かせていた。これらは結晶化されておらず、その花弁が美しくなるごとに、柊のただでさえ細い体がさらにやせ細っていく。
「余計な物を吸収して咲く花です」
「なるほど、ね。なるほど、僕が正気を取り戻せたのも」
「はい、柊先生の中に巣食っている憎悪を含めた悪性因子を吸わせました」
「僕は馬鹿だなぁ。ごめんね、アレッタ。あれは本心じゃないよ。ただ、何かに怒りをぶつけたくて仕方ない――感情で抑え込めなかったんだ。僕は嬉しいよ、アレッタが師匠を乗り越えたんだから」
子供の様に無邪気に笑う彼に、アレッタの胸は締め付けられる。
最愛の彼が帰って来てくれた。それなのに、彼を殺そうとしている。柊から咲く花は、もう自分の意思では止められない。宿主の栄養分を全て吸い尽くすまで成長を止める事をしない暴食の花。
色々な花を配合させ、『成長』を促してようやく咲かす事が出来た幻想花。成長を阻む者ことごとくを排除する為にアレッタが作りあげた花の一つ。
薄桃色の花弁は次第に赤みが増していき、柊の肌は青白くなっていく。もう、彼は長くはない。話したいことを話すには今しかない。彼を失って告げられなかった想いや、今まで自分は頑張ってきた事など。会話の種は尽きないはずなのに、頭の中は真っ白になって、目の前で衰えていく彼に向ける言葉が出てこない。
「あは、は。覚えているかな、アレッタが初めてシェルシェール・ラ・メゾンに加入した時を」
覚えている。
すごく緊張して、対人恐怖症状を振り切って、鼻血を垂らして倒れてしまった恥ずかしい記憶。
「あの時の事を思い出すと、可笑しくって」
「今、する話ですか? もっと、もっと他にありませんか?」
「他にかぁ、そうだ――ああ、視界が霞む。最期かな、これが」
柊は苦痛の顔を笑顔で覆い隠し、アレッタに――最愛の弟子に告げた。
「よく頑張ったね。流石は僕の可愛いアレッタだ」
「――ッ!!」
柊の命はそこで吸い尽くされた。
彼に巣食っていた花も花弁が落ちて朽ち果てた。
「柊先生、ありがとうございました」
アレッタは彼の亡骸に深く頭を下げる。彼の身体は風化して美術回廊の何処かへと飛んで行った。
本当にもう二度と会うことのない――僅かな時間の奇跡は、アレッタに活力を与えていた。これからも先、自分は老いる事も死ぬ事も無い。それでも前へ進み、後世の魔術師の為に何かできるはずだ、と道に光が灯る。
「私は終わりましたよ。稲神沙羅さんも、ちょうど終わった所のようですね。後は、津ケ原親子の問題。きっと彼も、ルアを呼び戻してくれるはずです」
アレッタの視線の先には魔術式と魔術をぶつけ合う、表情の乏しい親子喧嘩をに向けられていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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