草花の殺意
無慈悲な結晶化が聖羅の領域を侵し始める。
芸術回廊に身勝手な真似は許さぬと、秘術の防衛反応が結晶を執刀し、削り取っていく。アレッタの草花は執刀の対象外と認知されているのか、その花弁を散らすことは無かった。
「決意が固まったのなら、見せて貰おうかな」
「ええ、生物の成長という必然の摂理。私の魔術の本領をお見せします」
「『魔術』のね。そうか、秘術かと思ったが、あくまでも魔術で僕を殺すと?」
「殺す? いいえ、違います。柊先生の歪められた在り方に、成長の兆しを促すだけです。成長するも衰退するも、柊先生が考え、選択し、歩むだけです」
「なるほどね。あくまでも僕に選択権があると」
柊はニコニコとした表情は変わらずに、小さな舌打ちを口角を僅かに歪めて鳴らした。気に食わないのだ。自分の弟子だった化け物に道を促されるのが。生前の自分であれば、両手を持ち上げて喜んでいたのかもしれない。だが、ここにいるのは憎悪という花を芽吹かせた悪意の化身。
意思を持つ草花が蛇のように回廊中に根を伸ばし、大口を開ける大蛇のように花弁は開ききる。
いつでも捕食できるのだ、と主張しているよう。
柊も執刀の妨害を受けているとはいえ、世界真理にもっとも近しい魔術師として、AAランクの称号を頂いたシェールシェール・ラ・メゾン統括者。この程度の脅威は些細な露払い程度で十分なはずだった。
だが、心がざわつく。
良くないことが起こりそうな直感が働いている。
何がどうとは説明できない。ただ、憎しみを向ける少女――女性と草花を対峙していると、心の奥底――憎しみのさらに先にあるのかもしれない何かが、強く扉を叩いている様に訴えかけてくるのだ。
柊はその訴えを結晶化させて黙らせる。心を閉ざし、表面上の感情に従い、ポケットから多色の結晶体を幾つか取り出し、宙へと放り投げた。
「悪意の粋を閉じた神秘の結晶。今こそ真価を解き明かせ」
上空には『黄』『青』『黒』『灰』『紫』の親指大のキラキラとした結晶が光を乱反射した。地面に、天上に、壁に、この空間を反射光がスポットライトのように法則性なく走る。
「より深き者ども、ですか」
各色の光は一本に収束していき、腹に響く重低な唸り声が五種。
それは異形というには整った姿をしていた。その瞳の奥には知性さえ感じられる。獣と人間が交わった五体の異形。
異形の中でも高位に位置する彼等は、かつて自分と柊と数人の魔術師と共に封じた『悪意』そのもの。野放しにしてはいけない捕食者。十三世界の悪魔に並ぶと噂されていて、実際それくらいの実力を持っていた。
過去の力不足な自分は苦戦を強いられたが、今は違う。
あの頃より確かに成長した自分が今ここにいるのだ。
あれ等と対峙するより、かつての稲神聖羅を目の当たりにしている方が、背筋に寒気と身の危険を感じる。
「彼等は成長することなく、ずっと結晶化され時間を――成長を止めていました。彼等を相手に、成長した私が敗北するとでも、思いますか?」
「さあ、どうだろうか。別にこの異形達は勝てなくてもいいんだ。僕は憎悪をぶつけると同時に、見極めたいんだ。アレッタという化け物が長い年月を、どのように探求してきたのかを、ね」
なるほど、と頷く。
つまり過去の脅威は、あくまで実力を測る為の傀儡にすぎない。遠慮するつもりはなかったが、偽物の柊に試されたことに多少なりとも感情を刺激するものがあった。
「いいでしょう。憎悪で曇ったその眼で、私を見極められるのなら、しかと見極める事です。視界に捉えられれば、の話ですが」
アレッタは静かに怒っていた。
柊と同じ顔をした――彼の尊厳を踏みにじった疑似的な死者蘇生を、アレッタは当初に灯った憤懣の念に拍車をかける。
これ以上の醜態を晒させるな。
『より深き者ども』を倒すのには苦労を要する。回帰する生命力。暴食の破壊性。何処にもいて何処にもいない俊敏性。
裏社会に生きる何十人を犠牲にして、やっと一体に手傷を追わせられる化け物が――。
「見極められましたか? 柊先生」
草の根が五色の異形に根付き、動きを殺し、完治される前に全ての生命力を啜り切った。
干乾びてくたびれた肉の塊は砂となって空気に運ばれていく。
「致し方ないね。見極められなかったよ。動体視力は人並みだ。では、僕をぶつけてみるとしよう。衝突は一度だよ。それをもって全ての解決に導く、ってのはどうかな?」
「構いませんよ。一撃で終わらせられれば、これ以上、柊先生を冒涜させなくてすみます」
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は20日の22時を予定しております!