のこされたモノ
「私がここに来た理由は自分でもわかっていますよね?」
小泉部長は、怠惰の罪人(山田)が居る奥のベットルームにずかずかと入り込むと、腕を組んだままトーンを落とし、この期に及んでもベットの上でうつ伏せのまま上司にも顔をあわせようともせず、パンティとブラをギュッっと握りしめたまま離さない変態(山田)に向かいそう冷酷に言い放つと、「私が来た理由は3つ」、と指を、1ぽんずつ折りながらベットの上の変態の断罪をはじめた。
「まず一つ目は、無断欠勤の件」
閻魔が罪人に罪状を言い渡すと山田はカラダをピクリと震わせた。
「コレは社会人としてやってはいけないこと、さらには会社に対する背信行為です。
――そして、あなたはその事が判って居るのですか?」
「………っ!」
部長の言葉に変態男(山田)はギクッっとし、もちろん反論する余地もなく、青くなった顔を引きつらせると、そのままパンティを顔におしあててだまってしまう。
そりゃそうだ、この変態は無断欠勤続出の上、自分の上司が目の前に居るにもかかわらず、ゆうなのパンティとブラをギュッっと握りしめたままベットの上でうつ伏せのままでも顔をあわせようもしないなんて、情状酌量の余地すらもない。
――完全超悪。
悪逆非道でまったく情状酌量の余地が一部もない、コイツの行為は社会人としてそんな悪行を地でいくような光景だろうな……。
「貴様……連絡すらしていなかったのか? 普通、連絡くらいはするものだぞ………」
「これは社会人以前に、人間失格ね……、このクズッ、ゴミ、カスっ!」
「さすがに、わたしもこれはかばい切れないわ……、どう言う事情でも上司に連絡の手段なんて幾らでもあるわけですから……」
オレがそう思うように、変態をかこんでいるあゆむと遥も同じ意見なのだろう、ウデをくみながら半ば呆れている同僚のあゆむ、汚いようなもの見る目で変態にガシガシと言葉の制裁をいれながらを盛大にディスルる遥、それどころか、変態の事情を知っていて同情的だったノアですら、ウデをくんだまま冷めた目で変態をみながらかばおうとしない。
そりゃそうだよな。この状況じゃ、この変態をどんな聖人でもさすがにかばえないよな……。
よくみれば、フェイトさんもクールビューティーな顔を赤らめながら引きつらせ、変態にするどい視線をおくっていた。
「……」
そうなると当然、変態男は、そんなオレたちの冷たい視線に耐えきれるはずもなく、今度はパンティを顔におしあてたままフトンを被り、フトンまんじゅうのようになってベットの上で「ううっ……」とすすり泣き始めている。
「みんなもう、パパをゆるしてあげて……」
だが、そんな四面楚歌のような惨状の中、娘のゆいだけははそういって手を広げ、フルボッコに責められる父親の山田の前に孤軍奮闘たちふさがった。
幼い娘が父親の盾になるという、なんという不条理でみにくい光景だろう。
「……………」
だけど、自分よりも明らかに幼い娘にかばわれた変態は、この期におよんでも未だにパンティとブラを握りしめたまま、フトン団子のままピクリとも動こうとしない。
自分よりも明らかに幼い娘に庇われても、何も動こうとしないないなんてコイツは一体どういう神経をしているのだろうか。
――もっとも、女物の下着を握りしめる変態だから、さもありなん、なんだろうだけど、こんな天使にされたオレでも変態に対する義憤がふつふつと湧き上がってくる。
湧き上がってくる義憤が、この変態を布団から引きずり出して一発でも制裁を食らわせないといけない、と訴えてくる。
「おまえ、いいかげんにしろよな!」
遥さんじゃないけど、変態にずかずか近寄り、フトン団子に思わずケリをいれようとすると――。
「もうパパをいじめないで」
ゆいちゃんはオレのスカートの裾をひっぱり、涙ながらに制止すると、涙いっぱいのうるんだ瞳でオレをじっと見つめながら、
「パパは本当はそんな人じゃないの……。
だけど、ママがひどい事をされて居なくなっちゃったからそんなになっているだけなの……。 パパがかってに休んだことは、パパの代わりにわたしがあやまるから、もうゆるしてあげてください」
ゆいは言い終わると深々とおじぎをしたあと、涙をためた目でじっとオレと部長の事を交互に見ていた。
しかし、幼女にあやまられた揚げ句、そんな目をされても、この変態男(山田)のやった事が解決するわけじゃないのだけどね……。
だけど彼女が必死で父をかばう姿はまるで天使のように尊く見えた。
「ゆいちゃん、これはアナタがどうこう言ってよい問題ではないの」
そんな天使に、部長は腰をかがめ、やさしく頭をなでながら諭すように話しはじめた。
「私も、アナタのパパが愛する人をアイツに奪われて、苦しんで自暴自棄になってしまうのも理解しています」
部長はそういうと、メガネをキラリと光らせ、「ですが」、と短く言葉をくぎり、変態のフトン団子をじっとみつめながら言葉をつづけた。
「其れとこれはべつです。
――自分でやった事は自分で始末をしないといけないのが、いい年をした大人というものです」
自分のしでかした後始末は、自分で始末しろという小泉部長。
コレはだれが聞いても至極まっとうな意見だろう、変態が自分でやらかした無断欠勤の後始末は自分が上司に土下座してあやまるなり、泣いて謝るなりしておさめるのが世間一般のすじだだろうしね。
それを幼い娘が代わり上司にあやまるなんて、そんな親がドコにいるかと言いたい。
――そういえば、ここに居るか……。
「でも、ゆいはパパが責められて、くるしんでいるのはイヤだよ……。
パパに元気になってほしいだけなの、だからこの人をゆるしてあげて」
でも、幼女には閻魔の正論が解らないのだろうか? それとも父を庇いたい一心なのだろうか? ゆいちゃんは涙をため、頭をふかぶかと下げると今度は部長の服のすそにしがみついて、
「パパを許してあげてください、お願いだからパパをみすてないで。 わたしがちゃんと後で言って聞かせるから」
と、必死に部長の話に食い下がると、閻魔はゆいの年よりはるかに大人びた、まるで保護者のような言動に彼女の表情が一層厳しくなる
「やはり、そういう事ですか……」
部長はそういうと、しゃがみこんで なにも言い返せない変態をかばうように立ちふさがるゆいちゃんの目を正面から見て言葉を続けた。
「あなたは自分の事をなにも判って居ないようですね。 本当ならこんなところに居てはいけない娘なのよ」
「……」
部長の言葉に、ゆいは何か思うことがあるのか表情をとめ、まじめ表情をするなか、部長は「その表情、やはりアナタは自分でも何となく自分自身の事が判ってるようですね」というと、深く頷き更につづけた。
「ゆいちゃん。 自分でもわかってるように、アナタはすごい力を持ってるの。
――でも、貴方のもっている力は、まるでガラス細工のように繊細で壊れやすく、もし扱い方を間違えて壊れてしまえば、すべてを傷つける刃のようになる危ういものなの。 」
――この娘がすごい力をもっているだって?
それって、どういう言ういみだよ?
「――わたしは、そんなのじゃないよ……」
ゆいちゃんが子供に似合わない真面目な表情をするなか、オレと遥、それどころか いつもお手伝いに来ていて、この娘の事をよく判っているノアさえも何事かとクビをコクンとかしげていた。
だが、あゆむは、部長とゆいの二人のやり取りから何となく判っていたのだろう、さほど驚く様子もみせず、ウデをくみながら、ゆいを一瞥しながら平然と口を開いた。
「その娘は、やはり「ギフテッド」ですか」
「小梨さん、あなたのいう通り、この子はおそらく母親と同じ「ギフテッド」でしょう。 言葉の習得が早く、並外れた記憶力と理解力、応用力は「ギフテッド」の一つの特徴ですから」
部長はゆいちゃんのことを「ギフテッド」と言った。
ギフテッドって何ぞやそりゃ?
「あゆむ、ところでギフテッドって何なの?」
おれがクビをかしげながらあゆむに尋ねると、あゆむは頭痛がするように自分のアタマをかるく抑えなから、
「きょうこ、お前はそんな事も知らないのか、このアホウが……。」、と盛大にダメ出しをしながらも、オレのアタマを指でかるく叩きながら、あゆむは「ギフテッド」、の事を説明してくれた。
「ギフテッドとは、同世代の子どもよりも先天的に高い能力を持っている人々をさし、知的能力、特定の学問、芸術性、創造性、言語能力、リーダーシップなど、多岐にわたる分野で優れた才能を発揮できる可能性がある子供の事をいうんだ」
あゆむの説明から行くと、「ギフテッド」と、いうのは所謂「天才」という感じかな?
もっとも、完全無才能のオレから行くと、まったく無縁な世界なものだけどね。
「あゆむ、話をまとめるとギフテッドというのは、よくいう天才の事なの?」
「きょうこにしては、今日は理解が早いな。 ギフテッド=天才、概ねその認識で大丈夫だ」
説明し終えたあゆむの隣で、小泉部長はチラリと自分の背後に視線をむけると、
「どんなに素晴らしい天才でも、ゆがんでしまえば人に害をなすだけです」と冷たい言霊をはき、
ゆいをじっとみつめ、目を細めながら話し始めた。
「この娘のように、今は無垢な宝石のようにかがやく素晴らしい知性は、多くの人々に素晴らしい幸せをもたらすでしょう」
部長はそう言い終わると、「ですが」、と強い口調で区切るとトーンを落とし、「金剛石のようにかがやく素晴らしい知性が闇に堕ちれば、その知でどれだけ多くの不幸を生み出すのかはかり知れません」、と強い口調でしめくくった。
どんな素晴らしい天才でも、ゆがんでしまえば人に害をなすだけだと、正論をいう部長。
この子の母の優菜も、天使にされる前は一流の進学校、一流大学、一流企業と順調に人生のコマを進めれる程のエリートだったそうだ。
だけど、家庭環境のせいで歪んでしまい、多くの女性を毒牙にかけた挙句の果てに、乱暴した女性を冬の屋外に放置し、凍死させるという人間を人間と思わないような血も涙もない事件を起こしている。
もし、この娘も歪んでしまえば、それこそ 母親以上の大罪を起こすかもしれない。
さらに、この子は目の前で母親であるゆうなが犯されて殺される現場を見せられるという壮絶な体験をしている。
そんな悲惨な体験をしたこの娘が、貧困の上、十分な親の愛をうけられずに このままこんな最低最悪の場所でくらしつづけたらどうなるか?
そんな事は判り切っている。
この娘が、ほんのささいな事で自分が居る世界に絶望した揚げ句、ダークサイドに堕ちて優秀な頭脳で男たちを手玉に取り、伝説の狐の妖怪のように災いを振りまくようになるだけだ。
そして多くの不幸を振りまくようになるのだろう。
「………」
このままでは、この娘にそんな絶望の未来しかないのは部長も判って居るのだろう。
彼女は無言のままキラリとメガネを光らせると、感情がまったくこもらない凍り付きそうな声色で、前の前に居る幼女に正論を突きつけ始めた。
「ゆいちゃん、幼い娘が子供のアナタが親の代わりに家事一般をやるような、こんな酷い環境は普通ではありません。 子どものあなたは良好な環境の所で保護して貰うべきです」
「……」
正論をいう部長。
たしかにそうだ。 ゆいちゃんはここのような最悪の家庭環境の場所より、施設のような所に居る方が、家事に追われず子供らしくのびのびと過ごせるのは間違いないだろう。
――でも、本人がただ一人の肉親であるパパと離れるようになる、血も涙もない非情な選択でもあるのだけど。
「――それって、わたしがここにいられなくなるの?」
ゆいは自分の未来がうすうす判って居るのか、目になみだをいっぱいにため、すがるような視線で部長を見つめながら言葉を吐き出したが、断罪の閻魔はピクリとも表情をかえずに、「そうです」、とみじかく言葉を区切ると、
「アナタにとって最善の対応をとるため、しかるべき部署に連絡し、養護施設に入ってもらう事になるでしょう。
そして、ここの家庭環境に改善がみられなければ、あなたの親権をこの男からはく奪の上、こちらでふさわしいと選ばれた里親の下で、今後は こどもらしく健全に育てられる事になります」
部長が冷酷な事実を言い終わった後、部屋の中は沈黙が支配した。
オレ、あゆむ、ノア、遥の4人は、驚きのあまり、言葉が出せなくなっていたからだ。
――眼を閉じてジッと考え込むフェイトさんを除いて。
ただきこえるのは、この期に及んでもベットの上でフトン団子となって隠れて出てこない山田が震えることで起きる、ベットのギシギシという小さなきしみだけ。
「……そんなのは、いやだよ……」
そんな永遠ともおもえる沈黙をやぶったのは、ゆいだった。
彼女はそういうと、フトン団子にすがりつき、涙声でポツリ、ポツリと言葉を吐き出しはじめてゆく。
「わたしはここがいい、パパと離れたくない……。 ――わたしは、あんな人みたいにならないから、ここにずっと暮らしたい……」
フトンにすがりついた ゆいの言葉がだんだん大きくなり、嗚咽になってゆく。
「家の事がどんなにタイヘンでも、そんなところに行きたくない。 ずっとパパといっしょの方がいい……」
どんなに今の家事がタイヘンでも、何をはかりにかけても、ずっとパパと居たい、離れたくない。
それが、泣きじゃくっている、この娘の紛れもない本心だった。
「――パパ、助けてよ……」
ゆいの魂からの言葉に、フトン団子の震えがさらにおおきくなる。
だが、未だに変態は動こうとしない。
ただ布団まんじゅうのままガタガタ震えるだけだった。
「これは、もう限界に近いかもしれないわね。」
オレが声の方を振り向くと、クールビューティな表情の中に冷ややかな怒りの表情をにじませたフェイトは、変態とゆいの二人の様子をみつめ、悲しみを声色に乗せながら更につづけた。
「ゆいちゃん。 あなたは、部長が言うようにここじゃなくて施設に居た方がよいわ」
「そんな……。パパと居たいのに……」
「――こんな時に動けない情けない男がパパじゃ、パパ失格よ。 アナタがいくら頑張っても、このままじゃ いずれパパ共々親子二人で共倒れになるのが目に見えているわ。 その前に、ゆいちゃん、自分だけでも助かる方法を考えた方がよいわよ」
フェイトさんが言うのは確かに正論。
子供をそだてられないような親から、子供をひきなして施設に保護して子供だけでも助けるというのは、福祉施設に相談にいったら返ってくるような世間的には正しい解決方法だろう。
けど、その選択は、ゆいの気持ちを無視した温かみもなにもない機械的な解決法だ。 ある意味アイツと同じような血も涙もない冷酷な判断かもしれない。
もしかしたら、ハエの目的は仲の良い親子をひき裂き、ゆいのような子供を増やして、血も涙もない冷酷な人間を増やして、世界に不幸を振りまくことかもしれない。
そうだとしたら、アイツは今の山田とゆいちゃんの状況を見て、思い通りになったとほくそ笑んでいるだろう。
――自分のようなダークサイドの仲間が増えた、と。
そうなったら、ゆうなが命をかけてこの娘を護った意味は何だったんだよ?
彼女の遺志を、まったくの無意味な事だった、なんて事にはしたくなかった。
「アンタには、まだ残された大切な人がまだ沢山いるんでしょ?
――それが目の前の不幸に視野をふさがれて、目の前に大切な人がいるのに見えないのかよ?」
オレは、フトンを揺すりながら、必死でふとん饅頭の山田に話しかける。
本心だった。
ここには、山田を心配して集まった上司や同僚の面々、そして、何より目の前に自分の娘が居るのに。
「……まだ残された大切な人……!?」
ふとんの震えが止まった。
オレは畳みかけるように更に言葉をついでゆく。
「そうだよ、目の前に居る泣いている自分の娘が見えないのかよ?
親だったらどんな時でも子供を見ていてやれよ。
――泣いていたら優しく抱きしめてやるのが親じゃないの?」
自分の母親は、見ていないようで、オレの事をどんな時でもよく見ていたしね。 そして、泣いていたらいつもギュッっと抱きしめてくれていた。
それが、親というものだと子供ながら、そう思っていたから。
「――あんたがこのままだと、本当にすべてなくな……」
「――イヤだ!!」
オレが言い終わる前、言葉はゾウの雄たけびのような野太い絶叫にかき消された。
人間がこんな声を出せるとは思えない、怒り、希望、様々な感情が入り混じった叫びだった。
「ゆいは自分の子。 自分が守る。 あの人の残り香は、だれにも渡さない……」
次の瞬間、イモ男は布団を吹き飛ばすと、パンティとブラを床になげすて、代わりに、泣きじゃくるゆいをきつく抱きしめていた。
「――パパ……」
ゆいのほうも、パパにしがみつき、大粒の涙を流し始めた。
彼女は、あどけない年齢相応の笑顔を浮かべた屈託のない笑顔をうかべ、大粒の涙をながしている。
きっと、これが彼女の本当の姿のだったのだろう。 ゆいちゃんの年頃なら、親に思いっきり甘えたいような年頃だしね。
きっと、大好きなパパに抱きしめてもらって、彼女の緊張のイトが切れたのかもしれない。
でも、本来なら子供らしくノビノビとするのが本来の姿なんだろうけどね、何にしても良い方向に行き始めたのかもしれない。
――でも、小泉部長は、変態の態度にまだ納得していないのかもしれない。
冷ややかな視線で変態をみているもの。
まだ、変態の処遇は決まっていないようだ。