明かされた真実
フェイトさんは、自分たちの前から風のように去って行った。
おかげでオレとあゆむの二人は朝の公園に取り残され、その場に残ったのはオレとあゆむの二人、そして少し離れた場所に居るノアと遥の4人……、
――だけでは無かった。
そいつは、普通に歩いてきた。
公園の入り口からまっすぐこちらへ。
「おはようございます、小梨さん」
あゆむに向かいシニカルな笑みをうかべながらあいさつをし、そのままこちらに近寄ってきたのは黒っぽいビジネススーツを着た中年の女性。
年のころ40代、中肉中背のどこにでもいそうな女性だった。
ただ一つ彼女の不自然な所といえば、どう見ても彼女と不釣り合いな100均で売っていそうな安物のブローチを付けている所くらいだろうけど、そこをのぞけばスーパーでもどこにでも居そうなごくごく普通のおばさん、という雰囲気の人物、町のコンビニで出会ったらそのままスルーしてしまうような女性だ。
「小泉部長……、どうして此処に?」
けど、この女性がスーパーなんかに居るただのおばさんじゃないのは、あゆむの態度からすぐに分かった。
あゆむは彼女を見るなり目を白黒させて口を開き、それ以上の言葉は出せずにパクパクと金魚のようになっているもの。
あゆむの顔から一切の血の気が引いていた。
冷や汗をだらだらと流し、ギュっと握った手がブルブルと震えている。
「あゆむ?」
これは……あゆむの この表情には見覚えがある。
コレはマジでヤバい時の表情だ。
今までのやり取りから察するに、この人があゆむの上司で、更には見られてはいけない光景を見られた、そんな状況かもしれないな。
丁度、ヤクザとサツが現金のやり取りする汚職の現場を上司に見られる感じで、マジでヤバい懲戒免職もあり得る、そんな感じの現場なのだろう。
まあ、そりゃ……、監視役のあゆむがお目付け対象のオレといちゃついている光景を上司に見られたら、そんな顔にもなるよな……。
「小梨さん。 お楽しみのところをすいませんが、今日、私が此処に来た理由は自分でも判りますね?」
女性は厳しい口調でそう言うと、あゆむの表情が更に厳しくなる。
「……私が担当している娘の件ですか?」
あゆむの声は震えていた。
カレが言う『あゆむが担当のする娘』って、たぶんオレの事を言っているのだと思うけど、無言でなりゆきをみまもる。
オレが何か言ってもヤブヘビになるのが落ちだろうしね。
「ええ、その通りです。 自分でも判っているなら宜しい」
女性はそれだけ言うと、あゆむとオレ、それぞれに視線を送る。
この人に敵意は無いのは判る。
――けど、視線だけですごい圧を感じさせる、まるで裁判所の裁判官のような威厳の塊のような女性だった。
「……」
彼女のプレッシャーを前にして、さすがのあゆむも顔が真っ青になる。
自分も気が付けば、あゆむの二の腕にギュっとしがみついていた。
こんなヤバそうな人を目の前にしたら、ダレでもそうなるよな……。
――でも、あゆむもオレといちゃ付いている位なら無いならソコまでまでビビらなくても良いのに、カレの体は今までないくらい大きく震えてるのが分かった。
じゃあ、この人が掴んでいるコトって、一体何なんだろ?
そんな事を思っていると、彼女はあゆむの目を鋭い視線でじっとみつめ、
「今日ここに来たのは、あなたと此処にいる荒川京子さんの関係を知るため。
フェイトから受けた報告が本当かどうか、この目で見るために来ました」
そう言い終わると、体をふるわせタジタジになる あゆむをまじまじと見ていたが、
やがて、自嘲気味に「フッ」と笑みをうかべながら、一歩オレの方へと進めた。
「京子さんの口から、アナタと観察者である小梨歩、二人の関係を話していただけませんか?」
「自分と、あゆむとの関係?」
「ええ、そうです。 二人の関係を ありのまま話して頂けませんか?
小梨さんの方から聞くより、アナタから聞く方が真相が聞けそうですから」
目の前の女性に二人の関係を聞かれ、オレは首をこくんと傾けた。
ーーあゆむとの関係?
思い浮かぶのは、オレとあゆむとの何気ない日常の光景。
朝は朝で、オレとあゆむが一つのベットで寝ていたら、いつの間にかカレが先に起きて二人の朝飯を作ってくれていて、そのあと寝坊したオレが、「……ごめんあゆむ……」と言いながら、寝ぼけマナコの返事を返し、
そして、そのまま下着姿でキッチンまで這い出して、半ば眠りながらむしゃりとパンに目玉焼きをのせたものをかじりつく……。
そして、先に食べ終わったあゆむは、朝ごはんを食べるオレを満足そうにジッと見つめ、日課のようにそのあと何かに理由をつけて、着替えを手伝うって口実でオレのブラをつけるついでにバストを揉みやがるんだっけ……。
否っ。
昨日は、それだけじゃなかった……。
前日、ドレス姿で連れていかれたパーティでオレがやらかした時なんか、次の日あゆむは「コレは、昨日のお仕置きだ」と言いながら、キスをしながら片方の手でバストを揉みながら、もう片方の手はショーツの中まで指を入れて来やがったんだった。
考えたら、殆どクラスの連中が見ているレディースコミックに出てくる彼氏のような感じだよな。
でも、そんなことをするコイツの事を嫌いになれない。
むしろカレの事を考えると、今でも自分のお腹の下のほうがじ~んとうずき、何故か彼を思うだけでショーツがジットリスゴイことになってきてるのが自分でも分かる。
――オレとあゆむ、二人はそんな関係じゃない、なりたくてもなれないハズなのに……。
「二人で一緒に、あゆむの部屋で普通に暮らしてるだけだよ……。 着替えとか手伝ってくれることはあるけど、べ、べつに変な関係じゃないから……。
――そうだよね、あゆむ?」
「……ああ、そうだ……」
オレが顔をまっかにしながらあゆむの顔をみつめ、声をうわずらせながらこたえると、彼女は二人のやりとりから、おれのあゆむの関係を察したのか、成程、と頷きながら半ばあきれ顔のような感じで表情をゆるめた。
「京子さんの表情とやりとりから、あなたとこの男の関係が大変良くわかりました。 フェイトの報告の通りで、以前、私が心配していた事は考えすぎだったようですね」
小泉部長は、ワザとらしく頭をおさえながら、手のすき間からタカのような鋭い視線であゆむをジッとみつめた。
「もっとも、別の心配も出てきたかもしれませんが、とりあえず二人の件はこの娘の表情に免じてしばらく保留とすることにしましょう。
――アナタがやってしまった本来では許されない事も、お互いの合意の上ならなにも問題ありませんから。
そこを部外者である私が、それをとやかく言うのは筋違いという物です」
「部長、ありがとうございます」
あゆむは、そう言うと深々と頭をさげる。
「でも、小梨さん」
小泉部長は、そう強い口調で言葉を区切り、強い視線であゆむをおさえつめると、さらにつづけてゆく。
「クギを刺しておきますが、もし、あなたがこの娘に関して超えては行けない一線をこえるなら、その時、私は貴方を見のがす訳には行かなくなりますよ。
よく覚えておきなさい」
「……判りました」
あゆむは声を震わせながら、上司に腰をくの時に曲がるくらいに再度深々と頭をさげる。
オレには彼女の言う意味が分からない。
――あゆむがやってしまった本来は許されない事……、それって一体なになんだろ……。
それに、オレとあゆむの超えては行けない一線って一体なに? 天使であるオレにはすべての権利が奪われていて、やった方は何をされても罪にはならないハズ。 例え、あゆむがオレをレイプして殺しても罪に問われない。
なのに、オレとあゆむ、二人が超えてはいけない一線って何があるんだろ?
「もっとも、アナタも随分大人になったようですし、私はその心配は無いと踏んでいますが、
――もし、あなたがこの娘に対して超えてはいけない一線を超えた時は、私も覚悟を決めます」
「………わかりました。 肝に銘じておきます」
小泉部長が険しい表情でトーンを落とし念押しすると、あゆむはうつむいたまま呟くように返事を返す。
オレには、この人が言う「覚悟」、の詳しい意味は分からない。
――けど、きっとこの人の今までの地位、名誉、そんなものを投げだして相手と刺し違えても構わない、そんな事を感じさせる雰囲気だった。
――見ず知らずのオレのために言えるような、そんな言葉では無いのに。
「小泉さん」
「荒川さん、どうしたのですか?」
オレが尋ねると、小泉さんは柔和な表情で返事をかえしてきた。
声音は、どちらかというと他人というより、まるで肉親に出会ったかのような嬉しさが滲み出ていた。
「どうして、アナタはボクのためにソコまでしてくれるの?」
「あなたを見ていると、かつての息子を見ているような感じがするから……、
――かもしれませんね……」
小泉部長は、悲しそうな表情でポツリそう言うと、少し遠くの丘の一点をジッとみつめ、
「自分は司法の一角を担う身なので犯罪者には同情も容赦もしない……、ただ、被害者の無念を考え、法に従い、社会秩序を維持するため犯罪者に粛々と罰を与えるだけです」
彼女は、抑揚をつけず、無機質にそう言うと、ムネにつけたブローチをジッとみつめながら、悲しそうにつづけた、
「――けど、家族は違う」
「違う?」
「司法に身を置く私でも肉親には、どうしても、私情を挟んでしまうものです」
「……」
「あの子は私の間違った教育で歪んでしまい、許されない大きな罪を犯し、天使にされ、最後には自分の犯した罪を執行人によって償わされた」
「…」
「――もう、あの子は昇天して、この世界には居ない。
私も、そこは頭では判って居る筈なのですが、どうしても感情で割り切れない部分があって、あの子とそっくりな貴方の肩を持ちたくなるのかもしれませんね……」
この人の息子も天使だったんだ……。
だから、天使であるオレをみて、かつての自分の息子を見るような感じで手を貸してくれるのかな?
なんとなく感情としてはわかる気がする、 人間だもの。
「……ありがとうございます、小泉さん」
オレは、彼女に深々と頭をさげる。
「いいえ、貴方は気にしないでください。
――全て私の自己満足のためですから」
彼女はゆっくりかぶりをふると、公園の端をみつめながら、さらに言葉をつづけた。
「彼女たちの方も、そろそろ終わったようですね」
そちらの方をみると、公園の端の方からノアと遥がふたり仲良く、手を振りながらコチラに向かってきていた。
――しかも、何故か手にはスーパーの膨らんだ買い物袋つきで。
一体なににするんだろ?
オレが、そんなことを思っていると、
「私はそろそろ、次に行かせて頂きます。
――うちの部署は問題児だらけですので……」
小泉部長は頭を抱えながら、ため息まじりにそういうと、オレたちの前から足早に去って行った。