行方
「長い夜だったね」
朝早く、まだ薄暗い夜明けのすぎの公園。
オレは隣のベンチに座るあゆむに体をあずけながら、アップルパイのバーを一口かじり、ポツリとぼやいた。
「ああ、本当に長い夜だったな」
あゆむは、オレとおそろいのアップルパイを持ったまま、イケメンの顔にほんの少しだけ疲れをみせながら返事を返す。
カレがこんな姿を見せる事はめったにないけど、今回は仕方ないよね。
何せ昨日の北村の襲来から、隠されたデーターの件、ノアの妊娠の件やらまでいろんな事がいっぺんに起きたもの……。
「だが、二人の雰囲気からいくと、ノアの件は良い感じで落ち着いたようだな」
「そうだね、アレが遥、ノアの二人にとって一番のベストの選択だったのかもね」
オレとあゆむの視線の先には、ノアと遥が夜明けの公園のベンチで肩を寄せ合いながら、アップルパイをかじりつつ、飲み物片手に仲良く談笑する姿があった。
派手な娘と地味な娘。
まったく正反対の二人だけど、その息の合った仲の良い様子は、まるで本当の姉妹のようだ。
オレが、二人の話を盗み聞きした限りでは、ノアは遥の実家に住まわせてもらい、そこから今までと変わらず学校に通うというように落ち着いたらしい。
学校に通うのは、言うまでもなく、彼女のお腹が大きくなるまでだろうけど。
イメージとしては、ノアが幸村家に入って、ほとんど遥の実の妹のようなポジションで保護される感じになるのだろうか?
遥がノアが家に住む件を両親に了解を取る際、スマホ越しに両親の声が、
「遥、何、水臭い事言ってるの?、ノアちゃんが我が家に住むことを私たちが反対する訳ないでしょ? スグにノアちゃんを家に連れてきなさい」 、と、小さな喜びと、驚き、そして大きな安堵が入り混じったような声が聞こえてきたし、二人にとってもノアが家で暮らす事はマンザラでは無いようだった。
むしろ、家に子供が増えると言う事で大歓迎されているのかもしれない。
そんな訳で、ノアの件も良い感じで落ち着いたようだった。
「そうね、こっちも良い感じでケリがついて何よりね」
フェイトも、朝ごはん代わりのシリアルバーを上品にかじりながら、二人の様子をみて事態を察したのか、表情をゆるめた。
彼女の表情から行くと、この人にとってもノアの件は、結構よい感じで落ち着いたのだと思う。
「ノアが遥さんの実家で暮らすなら、彼女が身重でも何一つ心配はないでしょうしね。 私も安心してみて居られるわね。
もっとも、彼女さんの行動は完全に予想外だったわ、まさか彼女が そこまで積極的に動くとは思ってみなかったもの」
フェイトはクールにそう言うと、ノアの隣で上品にパイをかじる遥に視線を送る。
彼女の食べ方は、見た目の がさつに食い荒らしそうな雰囲気とは違って気品すら感じされる所作だ。
上品さでは、隣のノアも負けてはいないけど、彼女の場合は、優等生だから当然なんだけど。
遥さんの上品な所作は予想外だった。
「今気が付いたのだけど、遥さんと、ノアって雰囲気がよく似ているよね」
おもわずつぶやいたのは本心だった。
見た目は全然違うのに、こまかな仕草とか、雰囲気がそっくりだもの。
姉妹と言っても全然違和感がなさそうだしね。
「そうね……、やはり、よく似ているわね」
フェイトはそう言うと、フッと表情をゆるめた。
「やはり、そうだったのか……」
あゆむは、複雑な表情をうかべた。
今までノドにかかっていた小骨が胃袋にすっと落ちて、今までの謎が解けたような表情だった。
「アナタの読み通りよ。あの娘たちは、いとこ同士で血がつながっているの、だから似ていても当然よ」
「えっ!? あの二人が?」
オレはおどろきの声をあげてしまった。
フェイトさん から告げられた衝撃的な事実。
ノアと遥が、いとこ同士だったということに。
「あなたが驚くのも無理はないわ、遥の母、美羽とノアの母、美優は姉妹だから」
おどろきの表情をあげるオレを前にして、彼女はクールに説明を続けた。
「ノアの母は、駆け落ち同然で幸村家から居なくなっているの。 だから、そのあと実家から絶縁され、彼女もまったく実家に連絡も取っていなかったようね」
「なるほど、名家は家名を守ること何より大切にし、世間体を考えてトラブルになりそうなことを嫌がる。
どこの家でもよくあることだが、家の為にジャマならソイツを居なかったことにしてしまえ、それが連中の常套手段だ」
あゆむはそう言うと、忌々しいものを思い出したように、ぐにゃり表情をゆがめながら、さらに続けた。
「それに、出て行った方も、出て行った憎い実家と絶縁し、家と連絡をとる理由は有りもしないという訳か……」
「出ていくと、そう感じになるよね……」
うちも母親がそんな感じだったからなぁ……、なんとなく雰囲気がわかるよ。
おふくろは、自分の実家の事とか何も連絡してなかったしね。 たぶんそんな感じなのだろう。
でも、さすがあゆむ、いろんなことに良く知っている。
しかし、それだけ名家の事に詳しいと言う事は、あゆむの実家もそんな感じだったのかな?
もっとも、カレは自分の家の事を何も話さないから、オレは其処に関して何も知らないのだけどね。
「さすが小梨さん、あなたの想像通りよ、だから、遥もノアの二人がいとこ同士と言う事を知らなくて当然ね」
フェイトは澄んだ紫のひとみで遥とノアの二人をみつめながら、「だけど」と言葉を区切り、さらに続けた。
「遥の母、美羽は妹の事は子供が居る程度くらいは調べていたみたいね。 だけど当主という立場上、表立ってノアになにも手助け出来なかったようだけど、何もしらない遥がノアを家に迎え入れる様な場合なら、遠慮なく可愛がっていた妹の子供を助けれる。
ーーそんな感じかしら?」
フェイトはそうクールに締めくくった。
なるほどね。
妹の子供たちには罪はない、けれど、美羽は、幸村家当主という立場上、絶縁した娘のその子たちがピンチでも、こちらから表立って手助けするわけにもいかない。
そんな感じのなか、何も知らない遥が、ピンチのノアを家に迎え入れる様にした。
この場合なら、当主のメンツもなにもなして、妹の子供を家に入れれることが出来る。
美羽にとって、気がかりだった妹の子供がひとつ屋根の下で家族の一員となり一安心、ノアの方も安全な居場所が確保できて一安心。
そんな感じお互いハッピーな感じで決着したのだろう。
まとまるところに上手くまとまった感じかな?
「ところで、あゆむ……」
オレはそう言うと、ジト目であゆむを見つめた。
ノアの方はコレで良いとして、残りの方ハエの一件に関しては、いきずまりなんだよね……。
もう手がかりが処分されて、もうたどり着けないんだし。
アイツをこのまま放置というわけにもいかないだろうし、どうするんだろ?
「ノアの一件はこれで良いとして、これからハエの方はどうするの?
調べようにも、もう手がかりはないのでしょ? 」
あゆむは、オレの言葉を聞いた瞬間、目を細め「フッ」と、鼻で笑う。
そして、辺りを鋭い視線で見渡したあと、自分たちしか居ない事を確認すると、小声で説明を続けた。
「きょうこ、あの件は……まだ終わってない」
「終わっていない!?
ーーまさか、……」
オレは、あゆむの言葉におどろきの声をあげる……。
ーー事は無かった。
「ーー!!」
あゆむは、声を上げようとするオレのリップを自分のクチビルで塞ぎやがった。
つまり、オレはあゆむに、いきなりキスされたわけだ。
こんな場合だと、傍から見れば一番自然な口の塞ぎ方だろうけど、こんな場所で堂々とされると流石に恥ずかしいかもしれない。
ギャラリーがフェイトさんしか居ないとは言え、恥ずかしさに顔が赤くなるのが判る。
いきなりキスをされ、次の言葉が出ないとはこの事だろう。
「……」
フェイトさんに至っては、半ば呆れた表情でオレとあゆむの二人を無言でみつめていた。
彼女の視線がチクチクとささるのが判る。
「小梨さん……。あなたたちの仲が良いいは判るけど、そう言うことはプライベートな場所でやって欲しいわね」
呆れ顔のフェイトはそう言うと、「ーーでも」、と短く言葉をくぎり、何時ものクールビューティなマジメな表情に戻ると、
「アナタの想像通り、私がアイツが来たのを知っていて、アナタにも言わなかったわ。
あえて、アイツにあえて話を聞かせたわ」
話を終えた、フェイトは整った顔に不敵な笑みをうかべる。
「やはり、そういう事か……」
オレとのキスを終えたあゆむは、うなずきながらも邪悪に表情をゆがめた。
「あゆむ、それはどういう事なの!?」
「きょうこ、それはあえて情報を相手に流して、思うように敵を動かすという事だ、敵をだますには味方からという訳だ。
コレだけ鋭いお前が、ファミレスで北村が近くに来たことを気が付かない訳はないからな。
つまり、そう言うことだな、フェイト?」
あゆむの鋭い洞察力にフェイトは小さくほほ笑み、うなずいた。
「流石ね。
アナタの予想通り、アイツにまだ資料が残っている可能性が高いことを知られたくなかったから、 盗み聞きしていた北村には、あえて半ば偽情報を掴ませたのよ」
「なるほど、アイツに既に廃棄物は処分されたと言う情報をきかせれば、もう探さないわけだな」
「そういう事よ。 今頃、アイツはもう自分の事が探られる心配ないと安心して、完全に油断してるでしょうね、その油断が命取りなのに」
あゆむの質問にフェイトは美貌に口角をわずかにゆがめ、クールに答えた。
「あまり知られていないけど、処理業者の犬養の所は業界の間では、『そば屋の出前』と有名な所よ」
「フェイトさん、『そば屋の出前』、ってなになの?」
「そば屋の出前」って、一体なになんだろ?
初めて聞くことなのだけど。
「きょうこちゃん、「そば屋の出前」とは、仕事の進捗が遅延していることに対して、状況確認や苦情を受けた際に、まだ済んでいなくて「いまやっています」などと虚偽の返答をしてその場を取り繕うことを言うのよ」
成程、まだ済んでいなくて「いまやっています」などと虚偽の返答をしてその場を取り繕う事を「そば屋の出前」と言うんだ……。
ーーそうなると、つまり犬養の所で処分されたと事務員が言ったのは、きっとリップサービス。
まだ処分されていない可能性が高い、そんな感じかな?
「フェイト。 そうなると処理業者の所には、まだ物が残っている可能性は高いんだな?」
「そうよ、小梨さん。 データに残っていた処理伝票のように、廃棄物が数か月まえに処分されたなら、いまだ倉庫の奥にモノは残っている可能性としては極めて高いわね」、と、あゆむの問いにフェイトはしずかにうなずき、その理由を話し出した。
「あの処分業者の倉庫には数年分の廃棄物が山積みに放置され、処分元からゴミのゆくえをたずねられたら、そのゴミから大急ぎで処分をすると言う、とんでもないチャランポランな仕事をする業者なのよ。 私は、それで以前、ひどい目にあったから良く知ってるわ。
ーー事務員の対応をきくかぎり、さもありなん なんだけど、今回は、アイツらの いい加減な仕事のおかげで助かったわ」
フェイトはそう言うと、クールビューティな顔に小さな笑みを浮かべ、更に言葉を継いだ。
「きっと今頃、処分業者は遥の問い合わせに驚いて、尋ねられたゴミを処分するため、倉庫の奥にたまった膨大なゴミの山から大急ぎで病院の廃棄物を引っ張り出し始めて居る頃よ」
「フェイト、お前はそれを押さえるつもりか?」
あゆむの問いにフェイトは、慌てる様子もなく「そうよ」と、軽くうなずくと、はるか遠くに見える山並みに視線をうつした。
山の中腹には古ぼけた工場のようなものが見えた、あれがきっと例の処分場なのだろう。
「さっきの間に、ボスに連絡して、数日以内に犬養の所に臨時査察して貰うように手をまわしてもらったわ。
ーーそうすれば、処分場は数か月の業務停止で廃棄物の処分は中止されるはず」
「フェイト、お前はその間に、例の物を探すつもりだな?」
「ええ、工場が休業中の間に、アイツの過去に繋がる確たる物証、北村の過去の紙カルテを探すつもりよ、紙カルテさえ見つかれば、私のアイツに対する推理が確実になるわ」
あゆむの問いに、フェイトはクールにそう言うと、かるくうなずいた。