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残されたもの 最善の答え≠理想の答え。

 北村は去った。

 先ほどの自分たちの一件で、少ないながらもファミレスに居た客たちもトラブルを嫌ってみんな逃げ出したのか、夜の店内に居るのはテーブルをかこむオレとあゆむ、遥とノア、そしてフェイトの5人だけになっていた。

 ちなみに、席についてる自分たちにも会話はない。

 ハエの手がかりがもう既にない、という重たい事実に みんなじっとテーブルの天板をみつめ暗い表情のまま口を開こうとしない。

 ーー街の夜景を遠い視線でじっとみつめ、考え込むフェイトさんを除いて。

 この人が何を考えているのか頭の悪いオレには判らない。 けど、何時ものパターンから行くと きっと優秀なアタマで次の一手を考えているのだろう。


 おかげで、店の中は不気味なほど静まり返り、たまに聞こえるのは店の外に走る車の音くらい。

 不気味とも言えるくらいの静けさだった。


 「……負けたくない……」


 そんな静かな店内、ささやくような声をオレのビンカンな耳がとらえた。

 オレが声の方をふり向くと、声の主はノア。

 彼女はうついたまま、マリア様のように優しい表情をうかべ、いつくしむようにスカートのうえからを手でお腹を押さえていた。

 オレには、そんなノアの姿はとても神々しく、まるで彼女の姿が聖母のように思えた。


 「杏ちゃん、心配させてごめんなさい」


 ノアはオレが心配そうに見ているのに気がついたのか、自分の方へと向きなおり、かるくほほ笑む。

 そして、彼女はメガネを光らせ、いつも通り、ううん、いつも以上に明るい表情を浮かべて、更に言葉をつづけた。


 「自分はもう平気よ。 だから、もう心配しないで」


 ノアは強気な口調で、もう大丈夫、と言った。


 「ノア……」


 ――けれど、オレが端の席に座る彼女の足元を見ると、スカートの裾からみえる脚は生まれたての子鹿のようにちいさくぷるぷる震えていた。

 ノアは自分は平気といっているけど、これは違う。タダの強がりだ。 

 誰が見てもわかる やせ我慢という感じだろう。

 普通の人間なら、アイツにノアと兄との一件のような古傷をえぐられるような事を言われたら、泣き出し崩れ落ちてしまうだろう。 ヘタをしたら心が壊れてしまうかもしれない。


 けど、この人(ノア)は、いつも自分の本当の気持ちを理性で押しとどめ、泣きもせず、気丈にふるまっているのだ。

 けれど、本当は、こんなつらい時は、きっと泣き叫びたいのかもしれない。

 でも、苛酷な人生を生きるために、理性で本心を押し殺し、だれにも弱音を出せないのだろう。

 ――泣いても、だれも助けてくれないから。

 きっと、これが彼女の短いけどハードモードだった人生の生きるスベなのだ。


 理不尽だらけ、ううん、理不尽しかない世界をなんとか生き抜くために、いつも強がって生きてきた娘――それが、ノアと言う人間だろう。

 オレは、いつも彼女の側で見ているから良くわかる。

 そして、彼女の重い真実を聞いた今なら、さらに良く分かるようになった気がした。

 ーーこの人は、強いように見えるけど、本当は強くない普通の娘、そんなどこにでもいるタダの娘が生きるために人の何倍もがんばって、何時も気丈にふるまい無理をしているだけだったんだ、と。


 「……」


 オレがさらに声をかけようとすると、ノアはメガネを光らせ、「大丈夫、よ……」、と気丈にふるまった。

 でも、言葉を震えながら紡ぎだしているから、だれが見てもすぐにわかる痛々しいウソだった。


 「……」

 「……」


 あゆむと遥も彼女にかける言葉が見つからないのか、二人とも大きく息をすいこんだまま真面目な表情で沈黙をたもっている。

 ノアに話しかけても、オレの時みたいに さらりとごまかされてしまうのは判っているだろうからね。

 あゆむと遥の二人とも、彼女にかける言葉を考えているのだろうけど、こんな時にノアに向かって、どんな言葉をかければ良いんだろう……。

 そもそも、そんな時のなぐさめの言葉なんて、彼女の心にひびきはしないだろう。

 ――どんな美辞麗句でも、所詮は他人事だからね。

 ノアと同じような境遇の娘なら もしかしたらだけど、自分には無理だと思う。

 オレもハードモードの人生だったけど、ノアに比べると負けるもの。 そんなオレが何を言っても 言葉はむなしく響くのは判り切っているからね。


 何時もノアには世話になってきたのに、こんな時に何も出来ない自分にいやになる。


 「泉さん」


 永遠に続くと思われた、深海のような重い空気の中、突然 澄んだ声が響いた。

 声の主はフェイトだった。

 彼女は優しい声色、優しい表情でそういいながら席からたちあがると、すっとノアの前に歩を進め、ぼう然とした彼女を横から やさしいしぐさで抱きしめる。 

 そして、フェイトはノアの耳元で優しい声色で言霊をつむぎだした。


 「あなたは、もう無理しなくていいの。 少しくらいワガママを言って自分が望む選択を選べば良いのよ」

 「自分は、無理なんてしていません……」


 ノアは声を震わせ、気丈に答えた。

 けれど、フェイトは銀髪をゆらしながら、しずかにかぶりをふり、ノアの背中をやさしくさすりながら、

 「ウソはだめよ」、と短く言うと、さらに続けた。


 「あなたは、アナタの中に宿る その子のママになりたいのよね?」

 「……」

 「――だったら、あなたの中に宿っている新たな息吹のためにも、自分が本当にやりたい、その選択をえらんであげなさい」


 「…………」


 フェイトの厳しい言葉にノアは目を泳がせながら、表情をとめる。


 「……」

 「……」

 「……」


 オレとあゆむと遥の3人は、無言のうちに顔を見合わせた。

 ーーノアが妊娠しているという、まさかの事態に。


 「フェイト……、そんな重要な事を黙っていて、お前は一体何を考えてる?

 ――お前は、ノアに何をさせるつもりなんだ?」

 

 あゆむの言葉を震わせる険しい言葉に、フェイトは目を細め小さく微笑む。

 

 「小梨さん、今回は失礼を承知で、私の独断で泉さんの件は アナタには黙っておいたの」

 「何だと?」

 「――もし、彼女の妊娠の事を知ったら、合理的な考えのアナタは この娘にどんな言葉をかけて、彼女にどんな残酷な選択をさせるか だいたい予想はついたから、あえて伝えなかったのよ」


 「それは……」


 フェイトの冷徹な言葉に、あゆむは言葉を詰まらせて目を泳がす。

 普通に考えたら、学生で妊娠して、しかもその子が既に居ない自分の実の兄の子供だったら、口がさけても産めとはいえないよな。


 ――そんな時は、やることは決まっている……。

 

 ノアみたいに頭の良い娘が一人暮らしをしているなら、なおさらだろう。

 生活の事、学業の事、いろんな問題がてんこ盛りなのは分かり切っているからね。

 そんな状態で親子二人で暮らして行けというのは酷な話だ。

 うちもそんな感じだったから、シングルマザーの大変さは良く分かる。

 ノアのように、もっと若いなら生活、それ以前に子供を生むだけでも更に大変だろうしね。


 そこまで現実が分かって居るなら、ノアがお腹の子を生むという選択はハナから除外して考えるだろうし。

 頭の良いあゆむもきっと同じことを考えて、ノアに現実的なアドバイスをするだろうし、あゆむじゃなくても百人が百人同じ事を言うだろう。

 ――それが、世間一般の常識的な回答だから。


 そんなことを考えているとフェイトは、愁いをおびた表情で、

 「小梨さん、アナタが彼女にさせようとした選択は、世間一般では優等生のような正しい選択よ」と言うと、「でも」と強い口調で言葉を区切り、

 「それはこの娘の気持ちを置き去りにした、機械的な血も涙もない選択」

 銀髪の女神フェイトはそう言うと、夜の街の夜景をじっとみつめ、

 「私は、たとえ後で間違った選択だったと判ったとしても、今、生まれているどんなともしびも消させたくは無い」、

と、強い言葉に強い視線であゆむに向かってはっきり言い切り、さらに言葉をつづけた。


 「私は、以前、カスパール病院に忍び込んで、患者のカルテを調べさせて貰ったことがあったわ」


 フェイトは柔和な表情に、ほんの少しだけ厳しさを混じらせ、うでの中にいるノアをみつめながら更に言葉を続けた。


 「そして、偶然知ったの。

 あなた(ノア)が、あの時の子供を身ごもっていること。 そして、時間を稼ぐため成長因子調節薬で子供の成長を止めている事。

 ――そして、最後にその薬もだんだん効かなくなって来て、産むか産まないかの決断の時が迫ってる事にね」


 「……」


 フェイトはそう言うと、今まで隠していた自分の全てを知られ、ぼうぜんとするノアを正面から、まるで宝物でもあつかうように優しく抱きしめる。 

 そして、女神(フェイト)はノアの耳元に優しい声色で言霊をつむぎだした。


 「あなたはどうにかしてその子を産みたいのよね? 

 ――そうじゃなきゃ成長因子調節薬で子供の成長を止めて時間を稼ぐなんて事はしないもの」


 「……自分も産めるなら、この子を産んであげたいわよ!」


 フェイトの核心を突く言葉にノアの目に涙が溢れる。

 「でも、……私はまだ、どうやっても学生よ。 どうしたら良いのよ!?」

 そして、彼女の心の声がだんだんと大きくなり、叫び声になっていった。

 彼女の口から魂の言霊がこぼれ落ちる。


 「子供を産んだら、ううん、その前にこれからお腹が大きくなってきたらバイトで働けなくなって、自分はどうやって生きていけばよいのよ!? 

 ――普通に考えたら、あの選択をするしかないじゃない!」


 やがてそれは嗚咽となり、彼女の口から本音が飛び出していく。


 「もう、アレ以外に どうすれば良いのよ!?

 ――何か良い方法があるなら、教えてよ……。

 ーーおねがいだから、だれか私を助けてよ……」


 涙を浮かべたノアの口からこぼれる彼女の本心。

 兄との忘れ形見であるお腹の子供を産みたいけど、理性ではそんな選択はあり得ない。 それが彼女の本心だろう。

 ふと遥の方を見ると、なにか彼女のトラの尾を踏んだのか、体を震わせながら目を細め顔をひきつらせながら、不機嫌を隠し切れないでいた。


 「泉さん、迷っているなら、その子を産んであげて」

 「……」

 「これは、ママのセンパイとしてのアドバイスよ。 私は娘を見るたび この子に会えて良かったと思うもの。 もし、 今、アナタが考えている選択をしたら、きっとコレからずっと後悔することになると思うわ」


 遥が何かを言う前に、優しい表情のフェイトは顔をこわばらせ震えるノアを抱きしめたまま優しい声でそういうと、更に言霊を続けた。

 

 「アナタがどう思って思っているのか判らないけど、産んでしまえば、案外、後はどうにでもなるのよ、自分がそうだったから」

 「……そうなの?」

 「そうよ、私もアナタとほとんど変わらない感じだったわ。けど、自分は周りの人たちに助けられて生きていけたのよ。

 ――あなたも困った時は、まわりに頼れば良いのよ。 助けてくれる人はきっといるから」


 「――そうなの?」

 

 ノアはフェイトの言葉に表情を止める。

 

 「少なくとも、ここに一人居るわ」

 「……」

 「私は何が有ってもアナタの味方。 私が泉さんの生活費の事、学校の事くらいは自分が責任を持ってなんとかしてみせるから、アナタは何も心配しないで良いの」

 「…………」

 「だから泉さん、アナタが本当にしたい選択を選んであげて」

 

 銀髪の女神(フェイト)はそう言うと、ノアの背中を優しくさする。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!

 ありがとうフェイトさん」


 フェイトの言葉に、ノアはせきを切ったように彼女の胸に顔をうずめ、嗚咽する。

 彼女が見せる初めての弱さ。

 けれども、それがノアの本当の姿だと初めて分かった。

 きっと、ノアにはずっと前から、産むという答えは出ていたのだろう。


 けど、子供を産むという答えに至る過程が、勇気が無くて埋まらなかっただけなのかもしれない。

 それをフェイトさんの一押しで、ノアは過程を飛ばして産むという結論にたどり着けたのだろう。

 フェイトさんはそれが判っていて、ノアを抱きしめて、説得したのだろう。


 彼女の背中をポンと おしてあげたくて。


 其処までわかっていて、ノアの最善手を選んだフェイトさん。

 いつもながら、この人(フェイトさん)は底が知れないな。

 それだけじゃない、この人は、ノアの生活費の事、学校の事くらいは私がなんとかしてみせると平然と言った。

 つまり、この人のバックには相当な権力と財力があると言う事だ。 そうじゃないなら、そんな無責任な事は言えないからね。

 そう考えると、一体何この人は何者なんだろ?

 ――疑問は深まるばかりだ。


 「アタシって、そんなに信用ないのかなぁ……」


 そんなことを思っていると店内に、いきなり女の声が響いた。

 オレが声の方を向くと、遥が目を細め、不機嫌を隠し切れない表情でノアをみつめ、頬をぽりぽりしながら、さらに言葉を続けていた。


 「泉さん、アタシはあなたのお腹の子供の事とか、何も聞いていないけど……」


 「……ごめんなさい……、遥さん。

 アナタもきっと反対すると思ったし、何よりこれ以上、あなたに迷惑をかけれないから…」


 ノアの遥への謝罪の言葉。

 だが、遥は、「ゆるさない」、と言って いたずらっぽくノアの頭を軽く指ではじいた。


 「泉さん、アナタのそんな遠慮がアタシには何よりの迷惑なの。 自分はどんな時でも依頼者あなたの味方よ」

 「えっ?」

 「だ~か~ら、思いっきりアタシを頼って。 アンタの生活とか、仕事とか、金銭的な事とか、私でなんとかできる事ならなんとかしてみせるから」

 

 「……ありがとう、遥さん……。フェイトさん……。

 ーー自分にはこんなにも味方が居たんだ……」

 

 ノアはそれだけ言うと、フェイトの胸に顔をうずめながらなきつづけていた。

 

 人間は一人では生きていけない。

 そのために群れで生きているわけだし、それが人間というモノだからね

 だから、どうしようもなくなった時は、誰かにたよればよいのだ。


 それがヒトが社会で生きると言う事だからね。

 

””


 自分たちがファミレスから出て、どれだけ時間がたっただろう。

 店から出た後もフェイトの胸で泣き続けていたノアは、ようやくなきはらした顔をあげた。

 

 「すっきりした。 みんな、迷惑をかけてごめんなさい」


 ノアはそう言うと、涙でぐちゃぐちゃになった顔、だけど澄み切った表情で夜明けの真っ青なそらを見上げながら、さらに言葉をつづけた。


「フェイトさん、さっきの間に決めたことがあるんだ」

「泉さん、なになの?」

「それは、――どんな酷い世界で、不条理しかない世界でも、自分はこの世界を この子と生き抜いて、ろくでもない世界を愛し、この世界を好きになろうと思うの」


 彼女はそう言うと、澄んだ表情で、雨上がりの街の景色をじっと凝視していた。


 「ずっと前から考えていた事なんだけど、自分が世界を変えてみせる」

 「世界をかえる?」

 「そうよ、世界を変えて、自分がこの『リベンジ法』という狂ったルール(法律)を無くしてやるわ。 自分みたいな辛い思いをする人を居なくしたいから。

 ――次の時代をいきる この子のためにもね」


 ノアの決意にも似た強い言葉。


 不条理だらけの世界。

 不条理しかない世界。

 不条理しかない世界でも、その中で生きるしかない世界。


 でも、全ての不条理を受けいれるという、ノアの決意。

 彼女は、全ての不条理を受けいれ、それでも世界を好きになって、変えて見せると言っているのだ。

 ――お兄ちゃんみたいな人や自分みたいな思いをする人を居なくしたい、そして、自分の体の中にやどる次の息吹のために狂った世界を変える。


 その時、ノアがガムシャラに頑張っている理由がわかったような気がした。

 世界を変える……、つまり、今の制度を変えて天使を廃止する。

 その為には、官僚のトップにまで上って 政財官に影響力の有る人間にならなくてはいけない。

 だから今できる事、勉強を頑張り、そこへ行くために一歩でも前に進んでいたんだ。

 

 それがノアの復讐と償いの形なんだ。

 それは、途方もない、壮大なまるで中二病のような夢。

 ーーだけど、ノアの猛烈な頑張り方なら、どんな壮大な夢でも何とか実現できそうな気がしてきた。

 

 「アタシも~決めたっ!」

 

 挿絵(By みてみん)


 遥は、そう言うと澄んだ表情でノアと同じように朝の街の景色をながめていた。


 「泉さんじゃないけど、自分も世界を変えて見せる」

 

 「はるか……」


 途方もない遥の言葉に あゆむは声を震わせた。

 ――それは、本気か? 何か悪いモノでも食べたか!? もう中二はとっくの昔に過ぎてる年頃だぞ? 

 そんな胡散臭いモノをみるような表情だった。


 「私は、本気よ。 今のドロボウのままじゃ何も変えれないから、父の会社の跡を継いで、世界を変えれるような会社する。 経世済民けいせざいみんじゃないけど、ウチの会社の中から少しずつでも小さな世界を変えてゆくわよ」


 「経世済民けいせざいみんか……、世に経を通し、民をすくう、本物の経営者、お前は本物の社長になるつもりか」


 「そうよ、本物の経営者になって世界を変えてみせる」


 遥は、あゆむを強い意志がこもった視線でみつめ、


 「今まで、パパから言われた、「会社を継げ」という敷かれたレールを押し付けるアイツが嫌いで、ずっとパパから逃げてた。

 ーーけど、もう逃げない。 

  敷かれたレール上等、大切なモノを護るためには社長見習いでもなってやるわよ」

 

 遥は、胸の内の決意をあゆむに吐き出すと、あゆむはフッ、と表情を緩めた。

 ーーそれは、少し寂しいような、複雑な表情だった。


 「お前も変わったな」

 「それは、お互い様でしょ?」


 遥は、あゆむにいたずらっぽく返事を返すと、ノアをじっと見つめ、


 「泉さん、良かったらうちに来ない?」

 「えっ?」


 遥の突然の提案に、理解がおいついていかないのか、目を見開いてぼうぜんとするノア。

 そんな彼女に向かい、遥はなかば強引に話を続けてゆく。


 「うちの会社に、3食住処付きの社長見習い付け秘書として、学生の身分のままインターンでも良いから入社しない?、そういう意味よ。 

 ――そのポジションなら小さな子供が居ようと、平気なポジションだから」


 「遥さん、良いの?」


 ノアの疑問に遥は小さく笑顔を浮かべ、


 「優秀な人材は大歓迎、青田買いも上等。 優秀な人材獲得の先行投資と思えば安い物だから。 住むところはウチに住めば良いわよ、広い家だから部屋なら幾らでも空いてるし、私もアナタなら大歓迎よ」 


 「ありがとうございます。 でも、私が住んだら家族の迷惑にならないの?

 そもそも、家族の方の了解はもらわなくても大丈夫なんです?」

 

 強引に話を進める遥に、ノアはクビをかしげながら次々に質問を投げかける。

 普通考えたら、家に知り合いでも簡単に住ませられないよなぁ……。 

 モットも、この遥って人の性格なら、ありえるかもだけどね。


 そんな事を思ってると、遥は小さな笑顔を浮かべ、


 「パパとママの二人ともアナタの事は良く知っているわ。 だから、アナタならイヤとは言わない筈よ」

 「そうなの?」

 「二人ともアナタの事は、家庭教師に来ていたお兄さんの明日香さんからもよく聞いていたわ。 すごく出来た娘、だとね。

 だから、そんなアナタが家で一緒に住むっていえば、実の娘が増えるみたいに逆に大歓迎されるわ」


 「なるほど、そういう理由か……」

 

 あゆむは、遥の意図が判ったのか、目を細めながらクスクス笑い出した。


 「あゆむ、それってどういう意味なの?」


 オレがあゆむの耳元でコッソリ尋ねると、あゆむはオレの謎に小声で答えだした。


 「それは家にとって有益になりそうな、優秀な人材の早期取り込みだ」

 「人材の取り込み?」 

 「そうだ、名家の場合、将来有望な優秀な人間を、子どものころから家に住まわせてたりして家になじませ、一族に取り込むことで、その家を将来にわたって更に発展せて行って居るんだ。 人は石垣、人は城という感じでな」

 「へぇ……良く知ってるよな……」 

 「名家なら、人材の取り込みは半ば常識だ。 木戸家でも、当主が泉明日香(ノアの兄)を何とか家に取り込もうと画策していた事があったんだ」

 「へぇ……、あの木戸家でねぇ……」

 「しかし、結局、当主の目論見は問題が起きてオシャカになってしまった。

 ーーらしいからな……」

 

 そう言うと、あゆむは何かイヤな事を思い出したのか、苦虫をかみつぶしたような渋い表情で締めくくった。

 しかし、あゆむから聞く初めて聞く名家の真実。

 優秀な人物は早めにツバをつけて取り込み、人脈をひろげ一族を発展させる。 と。

 確かに、人のつながりは最大の財産だしね。 更に伏魔殿のような陰謀渦巻く上流階級なら、裏切らない家族同様な強い絆の人間は貴重だろうし。

 ーー名家は、流石というか、何というか、これは上流階級のある意味暗部だな……。

 

 しかし、こんな場合だと、ノアにとっても渡りに船なのだろうけどね。

 ある意味、実家のように色々サポートがあって過ごせる場所ができて、コレから彼女のお腹が大きくなっていっても、安全に過ごせるだろうし、これ以上良い場所は無いだろうからね。

 身重の人には、安全に過ごせる安地は何より重要だしね。


 ――こうして、長い夜はあけてゆく。

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